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潮汐カレンダー

まさに水路バカの部屋にうってつけの、カレンダーを見つけました!
…と言っても、私が発見したわけではなく、買ってきてもらったのですが…。昨年末、わが家にこのカレンダーが来たときは、思わず顔がほころんだものです。

FI2617954_1E.jpgご覧のとおり、毎日の月の満ち欠けを描いた図の下に、潮汐をグラフ表示したものが配されているのがミソで、さらにその下の欄には、干満時刻とそれぞれの潮位はもとより、日の出・日の入時刻、旧暦月日なども、記入されているというもの。

宵の空を思わせる紺の地色に、レモン色の月がズラリと配されたデザインは、なかなかステキで、潮汐グラフの波形は生き物の鼓動を思わせて、幻想的な雰囲気すらあります。

潮汐のグラフそのものは、すでにおなじみの、海上保安庁海洋情報部HPにある「潮汐推算」(私がいつも参考にしているのは、芝浦の潮汐曲線)で、閲覧することができるのですが、やはり印刷物で、手軽に見ることのできるメリットは、予想以上に大きいものでした。

潮汐のグラフが、一日ごとのこま切れでなく、連続した状態で眺められるのも新鮮で、月齢に応じて、干満が変動してゆく様子がよくわかり、興味深いものがありました。
旧暦とはまさに、月や海とともにあり、人々の生活のリズムも、今とはまた違ったものだったのだろうなあ…、などと、しばし昔を想って遠い目に。いや、不定時法とか、和時計などにも、すごく惹かれるタチでして…。

なお、最初のページにある「カレンダーの見方」を読むと、潮汐グラフはなんと、私がいつも見ている芝浦のもので、日の出・日の入の時刻は、東京都のものでした。
この説明には、ちょっと妙なところがあり、潮汐の部分に、「波の満ち引きのグラフ」「波の高さ」などと、お茶目な(笑)注釈がしてあります。まあ、連続した潮汐グラフを眺めると、確かに大波小波のように、見えなくもありませんが…。

もちろんこのカレンダーは、実用に供することを考えて、作られたものではないでしょうから、正確な情報は、改めて別途確認するべきではありましょう。
ともあれ、浅いところと、天井の低いところ(橋の下、ね)ばかり通る川走り者にとっては、嬉しい構成のカレンダーであり、机の前に貼ってぼんやり眺めつつ、次の航行計画を練るのにも、実に具合の良い優れものです。


月と波のカレンダー 2008
寸法:257×364
発行:graphic station
(東京国際フォーラム1F フォーラム・アート・ショップ)

河港・小見川の記録写真集

FI2617944_1E.jpg水の上の残影 印画紙に記録された小見川の水運 (ワールドムック428)
篠塚榮三 著 発行:ワールドフォトプレス社
B5判 並製カバー付 148ページ 平成15年8月発行

かなり以前の発行になるものですが、水運を主な題材とした写真集、という意味では、貴重な存在ですので、あえてご紹介します。もちろん、現在でも入手できる本です。

小見川在住の写真家・篠塚榮三氏が、戦前から数十年にわたって撮影した、下利根有数の河港街・小見川の風景を、昭和20~40年代のものを中心に選り抜いた写真集です。
千葉県香取市小見川のMapion地図

サブタイトルに、「小見川の水運」という一語を入れてあるとおり、町営渡船や水辺の情景など、河川交通に関連した写真は、豊富に掲載されてはいるものの、決してそれだけではないところが、この写真集をより、魅力的なものにしているように思います。

まず、水運関連を眺めると、利根川高瀬舟の最後の一隻、高崎丸の棹での航行風景、舷側まで通学の生徒を満載して走る、息栖~小見川渡船、阿玉川のエンマをゆくサッパ…などなど、史料として極めて貴重なショットも、少なくありません。個人的にはもう、興奮の連続(笑)で、この方面に興味のある向きには、そそる写真が満載、と言って間違いないでしょう。

別の意味で、面白く思ったのは、祇園祭りの盛大さや、花街としての側面を写したスナップもさることながら、NHKの素人のど自慢大会の会場となったり、また町営球場でのプロ野球戦も行われるなど、当時の小見川の殷賑ぶりを、うかがわせる写真でした。
昭和20~30年代の河港街が、水運による物流拠点として、いかに経済力を持っていたかを知ることができ、ある種圧巻ではありました。

よき時代の日常を、丁寧に切り取ったようなカメラアイは、地元在住カメラマンの面目躍如といったところですが、それにつけても、街の人々のスナップを見て思うのは、この時代の小見川住民の、表情の明るさと身なりのよさです。
産物の集散地、地域の中心としての誇りが、この街の人々の顔に、現れているように感じられたものです。

惜しむらくは、小見川市街を一覧できる地図のたぐいが、全く載せられていないことでしょうか。
建物や橋などの、魅力的な写真も少なくないのに、街の中心を流れる川と、それらの位置関係が把握できないのは、残念なところです。当時の小見川を描いた、絵地図が添付されていれば、利根川水運史ゆかりの地を探訪する人のためにも、役立つものになったことでしょう。

57年前の「川入門」

FI2617943_1E.jpg川 ―隅田川― 復刻版岩波写真文庫 川本三郎セレクション
発行:岩波書店
B6判 中綴 88ページ 平成19年12月19日発行

昨年末に、書店の平台をのぞいていたら、岩波写真文庫の復刻版が数点出ており、思わずそのうちの一冊、「川」というタイトルに惹かれて、手に取りました。

「川本三郎セレクション」のシールが、表紙に貼られていることからもおわかりのように、同氏が選んだ5点を復刻したものの一つで、他の4点を含めて、東京とその周辺を題材にしたものがラインナップされているあたり、昨今の江戸・東京史への、関心の高まりがうかがえます。

さてこの本、タイトルのとおり、隅田川(もちろん、上流部は荒川ですが)を題材としたものです。

甲武信岳に端を発する荒川源流から、勝鬨橋に至る河口までを写真で追ったルポルタージュを主体にしており、初版発行時の昭和25年(西暦1950年)の風物が記録されていることからも、実際それは最大の見どころなのですが、一見して興味深く思ったのは、川に関する地学的な記述に、結構なページを割いていることでした。

巻頭では、まず川のうねりの原理や湾曲部の洗掘、扇状地や三角州の生成、風化と侵食によって谷が刻まれ…といった、「川に関しさしあたって必要な知識」(本書冒頭文より)を、図版とともに説明。
巻末は歴史・地理に関することがまとめられ、江戸時代の伊奈家歴代当主による大治水工事から、現在に至るまでの、関東の河川の変遷について触れたのち、荒川の西遷事業や、牛枠(聖牛)といった、当時の水制法にまで話が及んでいます。

限られたページ数にもかかわらず、「川の入門書」と称しても全く遜色のない、密度の濃い「読ませる」構成で、57年後の目から見ても、充分読みごたえのある内容です。

この構成は、シリーズ中でも異色だったようで、復刻に当たって掲載された「写真文庫ひとくちばなし」でも、「創刊以来初めてのこと」、「『川に関しさしあたって必要な知識』を文字と図表で懇切丁寧に説明する姿勢は、写真文庫を『啓蒙的な仕事』と位置づけた創刊の志の反映と見てよいだろう」とあり、当時の制作者の意気込みと、終戦間もないころの、若々しい時代背景が感じられます。

肝心の、掲載写真のほうですが…、こちらはあまり詳しく紹介すると、見たときの感動が減りますから(笑)、土木・水運趣味的にも、充分堪能できる内容、と書くにとどめておきましょう。
特に、下流部を紹介した後半は、街場の川が、「航路」として躍動していた、その最末期の水辺の風景を、存分に味わえるスナップが満載です。

ちょっとだけ、ご紹介するなら…。昭和25年の旧岩淵水門の堂々たる姿、これは意外の感に打たれる方が、多いのではないでしょうか。
現在の姿は、決して竣工時そのままではなく、地盤沈下によって、水面上の部分がすっかり低くなり、また通船水門も、ローラーゲートに改造されるなどの変容を遂げていたことが、本書の写真で理解できることと思います。
例えるなら、まさに洪水と戦い続けた果ての、刀折れ矢尽きた老兵の姿だと言ったら、思い入れが過ぎるでしょうか…。

川蒸気本の決定版

(『物流博物館で小躍り』のつづき)
物流博物館の受付で販売しているものは、まだ種類は多くないものの、通運丸のペーパークラフトはじめ、水運趣味的には魅力的なものばかりでした。ここに紹介したもののほかにも、通運丸を描いた、錦絵の絵葉書などもあります。

ここでは特に、川蒸気関連の図録をご紹介したいと思います。図録、と呼びましたが、どちらもその範疇を超えた、濃厚な研究成果の集大成と言ってよろしく、関東の川蒸気に関心のある方に、ぜひ一読をお勧めしたい2冊です。

FI2617910_2E.jpg図説 川の上の近代 ―通運丸と関東の川蒸気船交通史―
川蒸気合同展実行委員会 編
A4判 本文194ページ 平成19年10月20日発行

江東区・中川船番所資料館、物流博物館、吉岡まちかど博物館が、3館合同で開催した特別展「川の上の近代 川蒸気船とその時代」(19年4月28日~6月17日開催)の図録で、200ページになんなんとする大冊です。

内容は、内国通運が就航させた通運丸を中心に、銚子丸など、明治以降の利根川水系を走った汽船と、それに関連することがら―各船の詳細な経歴はもとより、運行形態、船会社や河港の興亡、当時の船旅を記した個人の日記に至るまで―を、膨大な史料とともに網羅しています。

特に、写真史料の豊富さは、目を見張らせるものがありました。
外輪蒸気船のダイナミックな航行シーンから、汽船発着所の豪壮な建築、珍しいところでは、船体に取り付ける前のエンジン・外輪ユニットの写真などなど、初めて見るものも多くありました。既刊の河川交通を扱った本では、記述のみで図版が乏しく、イメージがつかみ難いきらいがありましたから、今回この本のおかげで、大いに渇きを癒したような気持ちになったものです。

なお、別紙の付録として、多色刷りの「利根川蒸気船活躍時期一覧表」(通運丸各号の就航・転籍・除籍時期が一覧できる)、「汽船寄航場分布図」(河港の位置を明記した略地図)、および一色刷りの「蒸気河岸・汽船取扱人一覧表」が付いており、本文と合わせて参照すると、全体のイメージがつかみやすく、実に親切な構成と思います。

余談ですが、小説「青べか物語」(過去の記事『映画「青べか物語」を見て』参照)に、主人公「蒸気河岸の先生」の知人で、「船体を白く塗ったほうの」汽船発着所を経営する旧家の当主、高品氏という人物が出てきます。

浦安が、作中では「浦粕」とされた伝で、高品さんも、もちろん仮名なのでしょうが、本書付録の「蒸気河岸・汽船取扱人一覧表」を見ると…ありました、浦安と堀江の、2ヵ所の蒸気河岸の取扱人―今で言えば、フランチャイズの経営者でしょうか―に、「高梨友行」の名前が見えたのです。
「青べか」の世界が、とても身近な存在になったような気がして、嬉しい余禄でした。閑話休題。

たくさんの掲載写真によって髣髴される、船影濃い、まさに生きた水路であった時代の、圧倒的な川景色。外観だけでなく、機関や缶(ボイラー)、推進器の図面からもつかむことができる、河川交通の雄、川蒸気船の構造…。

今まで想像するしかなかった、川蒸気の世界のイメージが、怒涛のように映像となって現れた、そんな印象を強く感じました。「川蒸気本の決定版」と称しても、決して言い過ぎではありますまい。本書を編まれた皆さんに、心から敬意を表したいと思います。

FI2617910_3E.jpgKioroshi(木下)の蒸気船 銚港丸
木下まち育て塾 編
A4判 12ページ 平成19年10月21日発行

こちらも「川の上の近代」同様、合同企画展の一環として、吉岡まちかど博物館を運営する「木下まち育て塾」が編纂したものです。

印西木下は、佐原と並ぶ、利根川の一大河港として有名ですが、本書のタイトルともなった銚港丸は、木下の河岸問屋・吉岡家が所有した川蒸気船隊の総称で、第一から第五まで、5隻を数え、通運丸、銚子丸と並ぶ、利根流域の一大勢力でした。

本書は、中綴じ12ページの小冊子ながら、中身は「川の上の近代」に劣らず濃厚です。
通運丸就航以前から、蒸気河岸として機能していた吉岡家の年賦に始まり、銚港丸の鮮明な写真、美しいペン画で再現された往年の木下河岸、文学作品に登場する木下など、掲載史料の豊富さは前掲書同様で、むしろテーマがしぼられている分、読みやすくまとめられていると言ってよいでしょう。

銚港丸の船主、吉岡家は、寛永年間から続く旧家で、早くも明治8年から蒸気河岸を委託運営し、同12年には共同出資とはいえ、第一号銚港丸を進水させてしまうのですから、その資本力と行動力には、舌を巻かざるを得ません。

その後約20年、船会社乱立の時期を、二大勢力との同盟で巧みに乗り切り、鉄道開通による汽船時代の終焉まで、個人船主としては異例の長命を誇り、当主吉岡七郎の死後は、巨大な顕彰碑が建てられたくらいですから、地域の実力者として、その威勢のほどが偲ばれます。

江戸中期に始まる、関東大水運時代がはぐくんだ河岸問屋、その心意気の一端を、覗き見ることのできる一冊です。


(『アーバンランチで東京港をゆく…1』につづく)

水郷案内のパノラマ地図

FI2617868_1E.jpgなじみの古書店で棚をあさっていたら、昔の水郷案内の印刷物を、何点か見つけました。そのうちの一点、昭和一桁ごろと思われるものをご覧に入れましょう。
(水郷については、過去の記事『魅惑の水郷…1』『ふたたび水郷へ!…1』以下のシリーズ参照)

佐原駅前・石橋旅館の銘が入った四つ折のこれは、表面に、霞ヶ浦や北浦を含めた、水郷全域のパノラマ地図、裏面には、いくつかの観光コースの解説と、主な交通案内が記されたものです。

鉄道が佐原・土浦まで通じて以降、東京~銚子間のような長距離航路は衰退したものの、大正末から昭和初期になると、逆に、地域的な観光用の航路は増加したという、水郷観光のまさに勃興期。昭和6年には、内水域最大の観光船「さつき丸」「あやめ丸」が進水、佐原津宮から、土浦に至る航路に就航するなど、大水運時代とはまた違った、華やかな観光ブームの幕開けでもありました。
(『さつき丸』ほかについては、『霞ヶ浦昔の画像集と水郷汽船史東関東アクアライン)』に詳しく述べられています。必見!)

裏面の説明を、少し拾ってみると…。「一泊 金参円 金弐円 二食付き」の料金表示が、時代を感じさせますね。カコミの中には、以下のような宣伝文も。
「御大勢様の団体に御慰に水郷美人たちの
新曲長唄 水の郷 小唄 佐原音頭 御覧に入れます」

ちょっと聴いてみたい気もします。二曲も新曲があったとは、当時の水郷観光が、いかに盛り上がっていたかがうかがえますね。

FI2617868_2E.jpgそして、こちらがパノラマ地図。名所旧跡をわかりやすく盛り込んだ、この時代らしい雰囲気満点の観光案内で、見ているだけで楽しい気分にさせてくれます。

佐原から中利根川を経て、遠く土浦まで至るメインラインに、江戸以来の名所十二橋を通るコース、北浦の大船津、銚子行きの航路も見えます。

長距離航路は衰退したものの、まだまだ陸上交通は乏しい時代ですから、これらの航路は、生活路線としても重要なものだったそうです。ちなみに昭和5年の時点で、土浦~鹿島(大船津)間の所要時間は、約3時間でした。

敬神の志篤かった当時のこと、鹿島・香取両神宮に、息栖神社を加えた参詣コースは、人気も高かったと思われますが、3社とも浜鳥居が描かれているのが、さすが水郷です。船で本来の表参道からお参りするのは、現代では味わえない水郷の贅、さぞ風雅で楽しいものだったことでしょう。

画面中央やや下、「カン門」なる表記がありますが、これは横利根閘門(過去の記事『魅惑の水郷…6』参照)を指しています。間違いではなく、地元では当時、閘門のことを「カンモン」と呼んでいたことに従ったもので、これもローカル色豊かというか、時代を感じさせるパーツですね。

参考文献
水郷汽船史 白土貞夫・羽成裕子 著 筑波書林
水郷の原風景 千葉県立大利根博物館

【10月26日追記】1段目、東関東アクアラインのリンク先を訂正しました。