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橋をくぐる

FI2444862_0E.jpg母港が東京になってから、たくさんの橋をくぐってきました。

三浦にいたころは、三崎港の水道にかかる城ヶ島大橋と、相模川河口近くの湘南大橋くらいしか、くぐったことがありませんでしたから、初めて東京の水路を走ったころは、橋を見上げつつ艇を進める(しかも、頭上を圧する低い橋桁を!)、というそれだけのことが、新鮮で、たまらなく楽しく思えたものです。

今や、橋をくぐることは当たり前になってしまいましたが、もちろん楽しいことには違いありません。
炎天下を走るとき、橋の影に入ると、一瞬だけサッと頬をなでる冷気の心地よさ。反響する爆音とウェーキの波音。橋の裏側が見せる、複雑な構造の面白さ…。

古い橋にほどこされた、船上からの目を考えて造られた意匠など、陸の上からでは見られない橋の表情に、ハッとさせられることもしばしばで、興味はつきません。

橋に見惚れていると、マストをぶつけそうになったり、橋の上からたれる釣り糸に気づかず、ギリギリでかわしたり(笑)と、緊張させられる場所でもあるのですが。

(亀島川、17年6月5日撮影)

タダということ

FI2301061_0E.jpgみみっちいタイトルで恐縮です(笑)。

最近、フネとはあまり縁のない方に、閘門通過のお話をしたところ…
「そんな大きいところを通るのに、いくら取られるの?」
「料金はかかりません。タダです」
「タダ!」
絶句してしまいました。
さもありなん。私ですら、あんな立派で、面白いことこの上ない閘門を、タダで通させてもらっているのは、申しわけない感じがしているくらいですから…。

いや、正確には、まったくの無料と言うわけではないですね。国費でまかなわれているわけですから。ただ、利用する当事者からは、料金を取らないということです。

これは、現在稼動している閘門が、主に治水や防災を目的として、国が建設した設備の一部ということにも、関係しているのでしょう。つまり、経済活動のために供されたものではない、ということです。
純粋に水運のために造られ、民間によって運営された、かつての見沼通船堀や利根運河では、積荷に応じた通行料を徴収していました。

昔から、「タダより高いものはない」と、代価を求められないモノには、何か理由があると、戒められてきました。
閘門が無料である理由を、個人的に勘ぐっても、詮無いことではありますが、あえて言えば、公的設備であるという以前に、今や通船設備は、代価を請求しても仕方がない程度の、利用頻度ということなのかもしれませんね…。

ともあれ、私は閘門が大好きです。その閘門を無料で通過できるのですから、自然にありがたいという気持ちになって、そこに関わる人々のことを考えたりもします。そういう意味では、「タダ」も、捨てたものではないかもしれません。
(これで、荒川・扇橋の2閘門が、日曜も動いてくれれば言うことなし、なのですが…)

(荒川閘門、旧中川側門扉、17年10月3日撮影)

今日はのんびり

FI1865380_0E.jpg昨日今日と連休で、しかも好天に恵まれ、皆さんもお出かけをなさったりと、楽しまれていることでしょう。

私も負けずに、この穏やかな好天を逃さずに出港…といきたいところですが、残念ながら愛艇は現在、年に1回の定期整備中…つまりドック入りというわけです。
今月中に整備を終わらせ、10月の荒川閘門完成に備える、という意味もあります。

例年は、春先のシーズン直前に整備するのですが、今年はできないまま夏になってしまい、抵抗の多い汚れた船底のまま、水温の高い時期に浅いところばかり航行したせいか、輻輳した水域で、タイミング悪くエンジンの冷却不足警報ブザーが鳴り響き、肝を冷やした、なんていうこともありました。

もっとも、最近は日曜日も、所用で外出する日が多かったので、飼い鳥の世話をしつつ、こうしてブログの更新をするなど、のんびりと過ごせる休日は久しぶりで、ありがたいことだと思っています。

写真は、某運河で出会った、ヤマハの「ベルフィーノ」です。
初心者・ファミリー向けとして発売されたこの艇は、外観もなかなか愛らしく、なによりこのクラスとしては廉価なこともあって、初代愛艇より乗り換える際、一時は購入も考えたのですが、ハードトップで密閉式に近いところが、今ひとつ好みに合わず、断念しました。

子供のころから付き合った初代の艇が、オープントップのバウカディ(船首にカディ、すなわち幅一杯の船室があり、その後に操縦席やフラットがあるスタイル)だったせいもあるのでしょう。

何かあったらすぐに飛び出せ、視界のよいオープントップ、艇首乾舷がかせげて、艇内泊のスペースもたっぷり取れるバウカディに慣れてしまい、三方に囲いをつけられると、身動きができないような恐怖に襲われる始末で、日焼けがツラくなった年齢になっても、オーニング(キャンバスの屋根)すらつけていません。

ものの本で、昔の飛行機乗りが、密閉式の風防を見て「これでは外の様子が肌で感じられず、怖くて乗れない!」と、風防を取り外してしまう、という一文に出会って、大いにうなずいたことがあります。
飛行機よりはだいぶ格落ちしますが、私の場合もまさにそれで、ただでさえ鈍い私の五感が、さらに遮られることは、自殺行為にすら思えるのです。(単に小心なだけかも…)

なにやら、一隻のボートから長々と私事を書いてしまい、申しわけありません。
ちなみに連れは、この艇を見て「すごく暑そうじゃない?」と、疑念を呈しておりました。

石神井川

FI1692939_0E.jpg以前もお話しましたが、長年東京の川や運河を徘徊している割には、航行したことのない水路が、まだまだ残っています。
石神井川もその一つです。

写真正面が石神井川の河口で、ここで隅田川に合流します。
何度となく、ここを通っているのですが、どういうわけか、一度も入ってみようという気になったことがありませんでした。
こうして写真を眺めていると、「ウ~ン、ちょっとのぞいてみたいなあ…」と、好奇心がムラムラ来るので、なにかイヤな結界があるわけでは、なさそうなのですが。

40年ほど前の航空写真を見ると、写真右手にもバイパス状の水路があり、格好の船溜まりになっていました。つまり、写真右の建屋のあるところは、島だったわけです。
水路は埋められてしまいましたが、下掲の地図を見ると、区境は水路のあった当時と変わっていないのが見て取れ、興味深いものです。

恐らく航行できるのは、僅かな距離に過ぎないとは思いますが、東京近郊の可航水路は、なるべく走りつぶしてみたいと思っていますので、近いうちに挑戦してみたいものです。
ペラをこすりそうなところまで入り込んでみる、緊張感あふれるデッドスローのひとときこそ、水路探検の醍醐味の一つであります。(でもペラをこする瞬間は、何度やってもビックリする小心者です。)

(15年9月撮影)
石神井川・隅田川合流点のYahoo地図

妄想とこだわり

FI1604572_0E.jpgリンクさせていただいている、narrowboatさんのコメント欄で、こちらも当ブログ創設時からのリンク先、JO_NA_KAさんより、関宿閘門が突破できない件で、「ペラにこだわらなくてもジェットでも外輪?でも帆?でもいいのでは。」というコメントをいただき、ハッとしました。

まったくJO_NA_KAさんのおっしゃるとおりで、川走りそのものが好きであれば、私の艇のような、プロペラ船外機艇が走れない水路は、それこそ外輪のような、河川航行専門の装備を持った艇を特注するか、もっと小型の艇、カヌーなりインフレータブル(ゴムボート)なりに乗り換えて、踏破?すればよいわけです。

それをしないのは、私が怠惰な人間であるのも原因ですが、まあ、それなりのこだわりもあって、ある種ふんばっているところもあるのです。

前にもお話した通り、私は妄想癖があり、以前「こんな河川用小型艇があったらいいなあ」と、方眼紙上に、河川用艇のデザインを書き散らしたりしたこともありました。
幅広で喫水の浅く、乾舷の低い、しかも分厚い頑丈なキールを持ったFRPハル。トンネル状に凹んだハルに、半ば収まったプロペラは、もちろん船底より上に位置する。ペラはシュラウドリング付きならなお良い。舵は、低速でもよく効く、大舵面のバランスドラダー‥。

言うなれば、戦前、列強と言われる諸国が、租界警備のために長江に常駐させていた河用砲艦と、つい40年ほど前まで利根川水系を走っていた、和船改造の発動機船を足して2で割って、小型プレジャー版にしたようなモノを、思い描いていました。

こんな艇が一般に向けて発売されたら、借金をしてでも買いたいところですが、川走り人口が爆発的に増えでもしない限り、あまりにも実現には遠過ぎますから、本当の妄想で終わりそうです。

妄想はさておき‥私がなぜ、川走りをより楽しめそうな、もっと小型の艇や、インフレータブルを選ばずに、先代、現愛艇と二代に渡り、「俗」な20ft前後のバウカディ(船首に船室のあるタイプ)に乗っているかと申しますと、「船内泊」の魅力には、抗しがたいものがあるからです。

河原の虫の声が聞こえる川面で、夜光虫の光る波静かな湾内で、ハッチに蚊帳を降ろして夜風を入れながら過ごす夏の夜は、不思議なほどに艇との一体感がいや増す、実に素敵な時間です。

仮住まいとは言え、自らの住みかと一緒に川や海をゆくことができるのは、言葉では言い表しにくい、幸福感があるのです。「命を託している」実感が湧くのでしょう、自然、艇への愛着も増そうというものです。
過酷な外海をゆく、ヨット乗りの方々から見れば、お笑い種かもしれませんが‥。

かつて利根川を往来した、高瀬やベカの「セイジ」と呼ばれる、タタミ三畳ほどの小さな居住区に夢を結んだ船頭たちも、似たような心境だったのでしょう。彼らは非常に綺麗好きで、毎日セイジを拭き上げたそうですが、私も全く同じ心持で、先代艇で初めて船内泊をして以来、やたら掃除をするようになってしまいました。

遊びブネ乗りとはいえ、一般の人よりほんの数ミリ、高瀬の船頭に近づいた気がしています。
(気がしているだけかも。)


次回は、本日の出張先で撮影した、古い閘門をお目にかけます。

(写真は曙北運河、越中島貨物駅のガーダー橋。平成17年6月5日撮影)