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越中島川…4

(『越中島川…3』のつづき)
FI2618212_1E.jpg最奥部を間近に見たところ。かつてはこの奥にも水路が続いており、調練橋という橋が架けられていましたが、埋立と同時に撤去されたようで、現在は交差点名に、「調練橋」の名が残されるのみとなっています。

この橋はその名の通り、幕末に開かれた、西洋式の陸戦練兵場(調練場)に至る橋として設けられ、練兵場が移転した跡地は、商船学校(現海洋大学)などが開設されました。撤去前の橋は、長さ15.5mの鋼桁橋で、昭和35年に架設されたものだったとのこと。

FI2618212_2E.jpgというわけで艇を転回、以下は帰路のスナップです。

半ば沈んだ木製桟橋に、無造作に伏せられた、小さなボート…。と思いきや、よく見てみると、平底の敷(船底材)や棚板構造の、ベカによく似た和船でした。こんな小舟まで和船とは…、越中島川、あなどれません。

FI2618212_3E.jpg桟橋の端には、丸々と太った大きなアヒル君が座り込んで、おくつろぎ中。

我々が通ると、逃げもせずにムクリと身を起こし、よちよちとこちらに歩いてきました。人に馴れているようです。餌をもらえると思ったのかな?


FI2618212_4E.jpgその対岸にある桟橋には、どうやらアヒル君のものらしい、餌と水を入れた桶が置いてありました。やはり、ここで飼われていたのですね。

もっとも、餌はご覧のとおり、飛来したハト君にむさぼり食われていましたが(笑)。


FI2618212_5E.jpgごく近場にありながら、今まで入りあぐねていた、越中島川を散策することができて、曇り空も吹き飛ぶような嬉しい日となりました。

かつての臨海部の面影を残す、活気ある船溜の水路…ぜひ末永く、このよい雰囲気を保ってほしいと、願わずにはいられません。

(20年9月28日撮影)

(『豊洲大橋、中央径間架設』につづく)