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河港水門…1

(『六郷水門…2』のつづき)
FI2618190_1E.jpg六郷水門を楽しんだあとは、東京側から神奈川側へ、ちょうど対岸に飛び移るようにして、河道を斜めに横断します。

これから、ほぼ180度におよぶ大屈曲区間が始まるので、澪筋が屈曲の外側に移るためです。


FI2618190_2E.jpg屈曲区間の、ちょうど始まりに当たる部分、川崎側の岸にそびえるのは、これも六郷水門に勝るとも劣らない古典的水門、河港水門。昭和3年の竣工で、改修を受けつつ現役で働いています。

いかついプラント群を背にして、あいにくの逆光ですが、この距離から眺めても、最近の水門とは違った、特異な風貌なのが見て取れます。

FI2618190_3E.jpgう~ん…何度見ても、頂部両端にあるオブジェ、脳みその標本か、妖怪キノコ(笑)にしか見えない。百歩譲って、カリフラワーかしら。

まあ、こちらも有名な水門(国登録有形文化財)なので、よく知られているとは思いますが、竣工当時の川崎の名産である、ブドウ・桃・梨を盛った、果物籠を題材にした装飾です。
どうも今日的な目で見ると、何かアバンギャルド(?)なデザインに見えてしまうのですが、実は地元への心遣いがあふれた、幻の「大運河の門」としてふさわしい意匠なのですね。

FI2618190_4E.jpgこの水門の扉体は、「フロントローラー付きスライドゲート」だそうで、最近ではあまり聞かない、珍しい型式です。写真でも、手前にローラーが二組見えますね。

径間は9.01m、扉高7.04mで、戦前に建設されたこの型式の水門では、かなり大きい部類に属するものだったとか。
リブ仕上げの門柱、その上には凝った窓枠のはまった丸窓と、装飾のディテールが楽しめるのは、この時代の建造物ならでは。「神は細部に宿り給う」(…だったかな?)という言葉を、ふと思い出しました。

FI2618190_5E.jpg水門をくぐってみましょう。ちょうど、向こうの橋の上を、京浜急行大師線の電車が通過しました。かつてはあの橋の向こうまで、約200mの水路があったのですが、現在は埋め立てられて、長さ80mの船溜となっています。

これも各所で紹介されていますが、大正時代に川崎市が計画、着工しながらも昭和18年に中止、ついに竣工しなかった、運河の一部です。

もし完成していていれば、現在の塩浜運河に至る、幅40m、延長約3.5kmの、当時としては大運河が姿を現していたはずで、工業地帯の物流路としてはもとより、今以上に浅瀬が多く、航行が困難だった多摩川河口部を避けて、直接東京湾にアクセスできる航路としても、重要な役割を果たしていたはずです。
撮影地点のMapion地図

(20年9月5日撮影)

(『河港水門…2』につづく)