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八幡堀遊覧…3

(『八幡堀遊覧…2』のつづき)
FI2618165_1E.jpg次にくぐる、やはり木造桁橋風にあつらえた、立派な橋台地を持つ橋は、明治橋。

魚屋町(うわいちょう)通りを渡す橋で、橋詰近くには、ご当地に数多くの洋館を建てたことで知られる建築家、ヴォーリスの像があります。

FI2618165_2E.jpg逆光で写りが今ひとつだったので、反対側からも。桁が厚すぎるのが、ちょっと惜しい気もしますが、雰囲気は上々で、周囲の風景にもよく溶け込んでいます。

和船友の会(過去の記事『和船友の会で体験乗船…1』ほか参照)の所有する、猪牙舟でここをゆくことができたら、まさに山谷堀を吉原に向かう、粋人さながらの気持ちになれたことでしょう。

FI2618165_3E.jpg明治橋を過ぎて、目の前に現れた屈曲の外側には、幅の広い石段が設けられた、往年の河岸地そのままの光景が! 
脳内に思い描くしかなかった、いにしえの外濠(現日本橋川)の河岸風景が、いきなり具現化したような…、とにかく、そんな感じです。

ここは新町浜と呼ばれ、八幡堀の河岸地としては、もっとも規模の大きい場所でした。「浜」は「河岸」と同義語です。周辺には松前(北海道)産の金肥(肥料)を扱う問屋や、酒造業をはじめ、舟運と密接な関連を持つ、多くの商家が立ち並んでいたそうで、一部の建物は今でも保存され、「近江商人の町並み」として、歴史的景観になっています。

FI2618165_4E.jpg新町浜の屈曲を曲がりきると、正面に八幡山に連なる、山並みが見えてきました。

八幡堀は、山裾の低いラインを忠実になぞって開鑿されたためでしょう、流路は複雑に屈曲しており、ために水路を移動する側から見ると、次々に異なった風景が展開する面白さがあります。

FI2618165_5E.jpg古い家並みや石垣は途絶えたものの、水辺の散策道はなおも続き、手を伸ばせば岸を歩く人と握手できそうな、陸と水面の近しい、実に好ましい雰囲気の水路風景です。

「舟運都市」(鹿島出版会)によると、かつて東京の都市計画には、河川の水際に、水面と近いレベルの散策道を設ける「保健道路」構想があったものの、溢水防止を重視する治水政策の前に、実現されずに終わったとのことです。

ひとたび大雨が降れば、膨大な水が流れ下る都心の河川と、八幡堀を同列に論じることはできませんが、ご当地の散策道の佳さを目にすると、水路を走る側から見ても、この手の施設の重要さが、改めて認識できたような気がしたものです。
撮影地点のMapion地図

(20年8月1日撮影)

(『八幡堀遊覧…4』につづく)