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西の水郷を訪ねて…2

(『西の水郷を訪ねて…1』のつづき)
FI2618147_1E.jpg編み笠をかむった、恰幅のよい老船頭さんが乗り込むと、舟はいよいよ八幡堀を出発、約2時間の水郷めぐりへ。

2艘がメザシにもやわれて、ぎりぎりの幅しかない狭い水路を、たくみな櫓さばきでぶつかりもせず、しかも音もなく進みます。前を見ると、さっそく水路は右に曲がるようですね。


FI2618147_2E.jpg水路がほぼ直角に曲がったところで、県道26号線、豊年橋をくぐります。コンクリート桁橋に水管橋と、ここも都市河川の雰囲気です。

護岸の一部に石垣が見られますが、これは昔からあるものなのでしょうか。


FI2618147_3E.jpg橋をくぐると、しばらく直線の水路が続きますが、法面に自然石埋め込みの、コンクリート護岸はなかばで途切れて、ご覧のとおり草深い水辺となりました。

「人工の堀は、ここらでおしまいです。あとは自然のままの水路です。」とは、船頭さんの弁。このあたりが、八幡堀の終点で、この先は昔ながらのヨシ原を残す、湖沼地帯というわけなのでしょう。
撮影地点のMapion地図

FI2618147_4E.jpg水路を抜けると、ヨシ原に囲まれた広い水面に出ました。
静かな水面は、鏡のように周囲の山々や、細い電線までをくっきりと映し出し、引き波を立てるのも、ためらわれるような美しさ。

この天気で、無風の暑さはコタエましたが、素敵な水鏡のプレゼントは、酷暑を忘れさせてくれる素晴らしさがありました。

FI2618147_5E.jpgふと、船首部分の内側を見ると…短冊状の板が、船縁から船底に向けて、船首材と並行するように、斜めに張られているのに気づきました。
この舟、琵琶湖水域に特有の、マルコブネ系統の構造だ!

出発時には気づかなかったのですが…、首尾線方向に長い棚板(側板)がそのまま曲がって、ミヨシ(船首材)と結合する一般的な構造と異なり、ヘイタと呼ばれる短冊状の板を並べて、丸みのある船首を形づくる、この地方独特の和船の構造が、私の立っている足元に、はっきりと見て取れました。

もちろん、表面は防水・防腐のため、ビニール系塗料で分厚くコーティングされており、船首の内側も塗装され、板張りが隠されている舟が多かったので、構造が見えるこの舟に乗れたことは、幸運としか言いようがありません。

関東の水郷・十六島周辺のサッパ同様、本来の農舟や、運送船としては絶滅してまっているものの、こうして観光船として、その末裔が今なお活躍を続けているのは、かつてを想うと一抹の物悲しさはありますが、嬉しいことには違いありません。
末永く、この水域に在って、マルコブネの伝統を伝えてほしいと、願わずにはおられませんでした。
(荷船としてのマルコブネについては、『北淡海・丸子船の館』の、図解に詳しく掲載されています。)

(20年8月1日撮影)

(『西の水郷を訪ねて…3』につづく)