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新河岸川再訪…4

(『新河岸川再訪…3』のつづき)
FI2618134_1E.jpgひとつお詫びと訂正を。過去の記事「新河岸川…3」で、写真の橋を「新河岸橋」と書きましたが、正しくは「長後さくら橋」だそうです。

地図上には、橋が描かれていないので、不思議に思って検索してみたら、区議・熊倉ふみ子氏のブログ「散策」がヒット。記事によると、この橋は、河畔にある浮間水再生センターとの交通を確保するため、東京都下水道局が建設したものを、一般にも開放しているとのこと。なるほど、下水道局の施設扱いで、公道として認められていないようですね。

FI2618134_2E.jpgここまで、何組かの釣り人さんには出会ったものの、前回にくらべるとぐっと数は少なく、緊張せずに済んだのは、何よりでした。やっぱり、この暑さが幸いしたのでしょうか…。

青いカンチレバー桁橋、志村橋をくぐります。新河岸川の可航区間では、唯一、古さを感じさせる道路橋でもあります。


FI2618134_3E.jpg屈曲区間の出口、蓮根橋まで来ました。前回の折り返し地点です。本当は、ここから先がお楽しみの多い(私にとって、ね)区間だったので、残念に思っていました。

イヤ、しかし…トシのせいか、蒸し暑さのコタエること。干潮時の流速も手伝って、艇の速度は遅く、しかも追い風のせいで、合成風速はほぼゼロ…。もともと、速く走らせる気はないのですが、さすがにこんなときは、高速で突っ走るときの風の爽やかさが、恋しくなります。

FI2618134_4E.jpg進行方向右手に、さっそく、お楽しみ物件その①が出現!
湾入を利用して設けられた、巨大な揚搭設備…。新日本製鐵・東京製造所の、鋼材荷揚げ施設です。

「ARA」2008年6月号の記事によると、千葉県君津市にある、同社の君津製鉄所からここまで、2隻の独航艀「「第一君津丸」と「第三君津丸」が、東京湾から荒川経由で片道約5時間、2日に1往復しているとのこと。
石油類の輸送がほとんどである、現代の河川舟運の中で、固形物(!)を定期輸送している例は大変少なく、今や珍しい存在であることにまず興奮(笑)。末永く、現役であってほしいものです…。

FI2618134_5E.jpg少し上流側から見たところ。
左手の岸には、繋留設備もあり、2隻同時に入港することができるようになっていますが、手前側には大きな砂洲ができていて、操船には緊張を強いられそうです。

この湾入は、荒川がウネウネと蛇行していた時代の、旧河道の名残です。かつての新河岸川は、もっと上流の新倉で、荒川に合流していました。

現在の新河岸川可航部の河道は、大正9年より始まった河川改修により、荒川の屈曲区間をショートカットし、その南側に平行して、新たに開鑿したものです。
新河岸川も「九十九曲がり」と呼ばれるほど、屈曲の多い川で、荒川同様洪水防止のため、直線河道化されました。工事が完了した昭和6年には、通船禁止の県令が出されたとのこと。これによって、川越に「小江戸」と呼ばれるまでの繁栄をもたらした、新河岸川舟運は命脈を絶たれ、約300年の歴史に幕を下ろしたのです。

河道改修や、陸上交通の発達で、水運が自然に衰微してゆくパターンは、全国的に見られますが、通船禁止令まで出して「水運断ち」をした例は、珍しいのではないでしょうか。
撮影地点のMapion地図

(20年7月20日撮影)

【20年7月25日追記】5段~6段目、誤りがあったので追記・訂正しました。

(『新河岸川再訪…5』につづく)