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古川

FI1759220_0E.jpg浜崎橋をくぐって直進すると、頭上いっぱいに首都高浜崎橋ジャンクションの高架がかぶさる、古川の河口部です。道路の曲線と、橋脚の直線がおりなす、なにか幾何学的な風景のなかに、遊漁船が舷を並べています。

どこの橋かは忘れましたが、だいぶ以前に、何度かクルマで通った橋の上から、たくさんの屋形船がもやっているさまを垣間見たことがあり、船だまりであることは認識していましたので、特に驚きはありませんでしたが、このあと、真っ暗な東海道線の橋の下を抜けると、一変した光景に度肝を抜かれました。

FI1759220_1E.jpg隙間なく舷側を接し、斜交いに船尾をこちらに見せるその過密ぶりに、言葉を失いました。
かつて橋の上から見たときとは、印象が全く異なります。何より今は、自ら艇を進めているのですから、緊張は一気に高まりました。

21ftの小艇でも、左右の繋留船との余裕は1メートルを切っています。加えて、可航幅をかせぐためか、遊漁船や屋形船は、水路側にフェンダーを下げておらず、ぶつけたら大変と、回転数は700以下のデッドスロー、連れにはボートフックを構えさせ、もちろん両舷のフェンダーはすべて下げました。

FI1759220_2E.jpg私の拙い操船技術では、針穴に糸を通すような緊張感で、僅かな距離ながら、すっかり気疲れしてしまいました。この可航幅では、もちろん転回することはできませんので、前進するしかありません。

緊張しつつしばらく進むと、金杉橋下の僅かなスペースは、繋留船が途切れていたので、左舷側にいた遊漁船のバウにボートフックを引っ掛けてエンジン停止、海からの風で自艇のスターンが回されるのを待ち、何とか転回に成功。
古川探索は、僅か400メートルで脱出という、ヘタレな結果となりました。

水運の盛んだったころの、昔の東京の水路の写真を見ると、「目白押し」という表現がしっくりくるような、フネがぎっしり詰まった様子が記録されていますから、この光景は、いにしえの水運時代を髣髴させる、貴重なものなのかもしれません。

帰宅してから、気持ちに余裕のあるときに写真を眺めると、沿岸には船宿の看板がならび、高速道路の天井がやや圧迫感があるとは言え、どうして、なかなか風情のある情景に思えます。

しかし、こちらに繋留されている船宿所属のフリート(?)の皆さんは、どうやって入出港されているのでしょうか‥。私から見れば、まさに「神技」と言っても大げさでない、その操船術を、いつか拝見したいものと思っています。

(17年8月21日撮影)

古川・金杉橋付近のYahoo地図