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羽村堰に遊ぶ…5

(『羽村堰に遊ぶ…4』のつづき)
FI2618080_1E.jpg投渡堰の裏側(上流側)を見たところ。
縦に並ぶ丸太は、言わばかってあるだけで、天端を投渡木(なぎ)で支えられています。昔はその名のとおり、木材だったのでしょうが、現在はご覧のとおり鋼材で、動力で引き上げられる構造になっています。
つまり、増水時は堰をわざと壊して、水を流下させる造りになっているわけです。

右側に見える投渡堰の裏側には、厚く土砂が積まれており、水圧に抗しているのが、堰板だけではないことがわかりますね。

FI2618080_2E.jpg下流側のアップ。
丸太の柵木に粗朶を組んで、垣のようにし、さらに裏側に土砂を盛って、堰がかたちづくられます。

足元の床固には、堰からしみ出た水が流れていて、所々に顔を出した石組みの上を、文字通り飛び石に伝って、堰の正面に出ました。

FI2618080_3E.jpg堰柱を真正面から。石張りの側面が、流れるような美しいラインを見せており、惚れ惚れと眺めてしまいました。

玉川上水今昔羽村堰3」(玉川上水事典)に掲載されている、明治時代の写真を見ると、堰柱は現在より低く、中段の継ぎ目があるあたりまでの高さでした。上半分はのちに継ぎ足された部分で、さらに後年、管理橋と投渡木の巻き上げ機構が、追加されたのでしょう。



FI2618080_4E.jpgいや~、こんなスマートで、しかも渋い魅力のある堰柱は、そうそうありません…。しつこいようですが、左径間をアップで。

こういった、昔の構造を残す堰というと、関東では、千葉県の西広板羽目堰千葉県立現代産業科学館HP)が思い出されますが、あちらは復元保存されているもの。やはり、近代化されているとは言え、現役で稼働している堰だけに、感じられる重みが一味違います。

FI2618080_5E.jpg投渡堰を堪能したあとは、堰堤の上を歩いて岸に戻り、羽村市郷土博物館を見学しました。
玉川上水の歴史はもとより、木造時代の取水門の、実物大復元模型も展示され、土木ファンにとっては、一見の価値がある博物館です。

例によって、図録や関連書籍をいくつか購入したのですが、もっとも気になっていた上水通船の本、「玉川上水通船史料集」(楽天ブックス)が置いてあることを期待したものの、空振りでした。残念。
撮影地点のMapion地図

(20年4月29日撮影)

4月29日の項の参考文献
玉川上水 その歴史と役割(羽村市教育委員会)
特別展 玉川上水 三五○年の軌跡(羽村市郷土博物館)

(この項おわり)