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息栖神社

(『徳島東船溜』のつづき)
FI2617967_1E.jpg水郷有料道路を南下し、やってきたのは常陸利根川畔、息栖神社。
香取・鹿島の両神宮と並んで、東国三社と称され、大水運時代はともに船での参詣が絶えなかった、まさに水郷の神様と言ってもよい、古代以来の由緒あるお社です。(過去の記事『水郷案内のパノラマ地図』参照)

香取・鹿島はすでにご挨拶を済ませたので、次の水郷訪問時は、ぜひ息栖に…、と思っていました。何しろ、浜鳥居を戴く水辺の神社です。水運ファンとしては、お参りしないわけには行きません。

FI2617967_2E.jpg一の鳥居をくぐり、森閑とした杜に囲まれた、境内を奥へと進みます。

社務所でいただいた冊子「東国三社 息栖神社略記」によれば、応神天皇の御代、現在の神栖町日川に祭られたのを、大同2年(西暦807年)に、現在の地に遷されたとされているそうです。
恐らく、このあたりのほとんどが陸地でなく、遠浅の入り海が広がっていた時代の創建でしょうから、水とかかわりが深いのも、しごく自然のように思われました。

FI2617967_3E.jpg門をくぐると、目に入ってきたのが「力石」。各地の神社で見られる、お祭りのときに、力比べを競い合うあれですね。

このうち、右の力石は、ちょっとだけ特別で、有名な侠客、笹川の繁蔵が奉納したものと、伝えられているそうです。



FI2617967_4E.jpg拝殿です。柱材が淡い、ピンク色のせいでしょうか、女性的な感じのするお社だなあ、というのが第一印象でした。御祭神は岐神(くなどのかみ)、天鳥船神、住吉三神ほか。

天鳥船神といえば、古事記に出てくる、建御雷之男神の乗る船の神格です。こんなところでも、水上交通との関連がうかがえて、興味がわいてきますね。
ちなみにこの拝殿は、昭和35年に焼失した旧社殿に替わり、昭和38年に再建されたものだそうです。

FI2617967_5E.jpgしっとりとした境内や、つつましい雰囲気の拝殿を前にして、短いながら充実した参拝でした。さて、お次は浜鳥居にお目にかかろうと、参道を戻ります。

津宮、大船津と場数を踏む(2ヶ所だけですが)たび、浜鳥居のそびえる水辺風景の魅力に、ますます惹かれているだけに、三社の最終訪問地となったここ、息栖にはもう、期待でハト胸(笑)です!
撮影地点のMapion地図

(20年2月10日撮影)

(『息栖船溜…1』につづく)