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川蒸気本の決定版

(『物流博物館で小躍り』のつづき)
物流博物館の受付で販売しているものは、まだ種類は多くないものの、通運丸のペーパークラフトはじめ、水運趣味的には魅力的なものばかりでした。ここに紹介したもののほかにも、通運丸を描いた、錦絵の絵葉書などもあります。

ここでは特に、川蒸気関連の図録をご紹介したいと思います。図録、と呼びましたが、どちらもその範疇を超えた、濃厚な研究成果の集大成と言ってよろしく、関東の川蒸気に関心のある方に、ぜひ一読をお勧めしたい2冊です。

FI2617910_2E.jpg図説 川の上の近代 ―通運丸と関東の川蒸気船交通史―
川蒸気合同展実行委員会 編
A4判 本文194ページ 平成19年10月20日発行

江東区・中川船番所資料館、物流博物館、吉岡まちかど博物館が、3館合同で開催した特別展「川の上の近代 川蒸気船とその時代」(19年4月28日~6月17日開催)の図録で、200ページになんなんとする大冊です。

内容は、内国通運が就航させた通運丸を中心に、銚子丸など、明治以降の利根川水系を走った汽船と、それに関連することがら―各船の詳細な経歴はもとより、運行形態、船会社や河港の興亡、当時の船旅を記した個人の日記に至るまで―を、膨大な史料とともに網羅しています。

特に、写真史料の豊富さは、目を見張らせるものがありました。
外輪蒸気船のダイナミックな航行シーンから、汽船発着所の豪壮な建築、珍しいところでは、船体に取り付ける前のエンジン・外輪ユニットの写真などなど、初めて見るものも多くありました。既刊の河川交通を扱った本では、記述のみで図版が乏しく、イメージがつかみ難いきらいがありましたから、今回この本のおかげで、大いに渇きを癒したような気持ちになったものです。

なお、別紙の付録として、多色刷りの「利根川蒸気船活躍時期一覧表」(通運丸各号の就航・転籍・除籍時期が一覧できる)、「汽船寄航場分布図」(河港の位置を明記した略地図)、および一色刷りの「蒸気河岸・汽船取扱人一覧表」が付いており、本文と合わせて参照すると、全体のイメージがつかみやすく、実に親切な構成と思います。

余談ですが、小説「青べか物語」(過去の記事『映画「青べか物語」を見て』参照)に、主人公「蒸気河岸の先生」の知人で、「船体を白く塗ったほうの」汽船発着所を経営する旧家の当主、高品氏という人物が出てきます。

浦安が、作中では「浦粕」とされた伝で、高品さんも、もちろん仮名なのでしょうが、本書付録の「蒸気河岸・汽船取扱人一覧表」を見ると…ありました、浦安と堀江の、2ヵ所の蒸気河岸の取扱人―今で言えば、フランチャイズの経営者でしょうか―に、「高梨友行」の名前が見えたのです。
「青べか」の世界が、とても身近な存在になったような気がして、嬉しい余禄でした。閑話休題。

たくさんの掲載写真によって髣髴される、船影濃い、まさに生きた水路であった時代の、圧倒的な川景色。外観だけでなく、機関や缶(ボイラー)、推進器の図面からもつかむことができる、河川交通の雄、川蒸気船の構造…。

今まで想像するしかなかった、川蒸気の世界のイメージが、怒涛のように映像となって現れた、そんな印象を強く感じました。「川蒸気本の決定版」と称しても、決して言い過ぎではありますまい。本書を編まれた皆さんに、心から敬意を表したいと思います。

FI2617910_3E.jpgKioroshi(木下)の蒸気船 銚港丸
木下まち育て塾 編
A4判 12ページ 平成19年10月21日発行

こちらも「川の上の近代」同様、合同企画展の一環として、吉岡まちかど博物館を運営する「木下まち育て塾」が編纂したものです。

印西木下は、佐原と並ぶ、利根川の一大河港として有名ですが、本書のタイトルともなった銚港丸は、木下の河岸問屋・吉岡家が所有した川蒸気船隊の総称で、第一から第五まで、5隻を数え、通運丸、銚子丸と並ぶ、利根流域の一大勢力でした。

本書は、中綴じ12ページの小冊子ながら、中身は「川の上の近代」に劣らず濃厚です。
通運丸就航以前から、蒸気河岸として機能していた吉岡家の年賦に始まり、銚港丸の鮮明な写真、美しいペン画で再現された往年の木下河岸、文学作品に登場する木下など、掲載史料の豊富さは前掲書同様で、むしろテーマがしぼられている分、読みやすくまとめられていると言ってよいでしょう。

銚港丸の船主、吉岡家は、寛永年間から続く旧家で、早くも明治8年から蒸気河岸を委託運営し、同12年には共同出資とはいえ、第一号銚港丸を進水させてしまうのですから、その資本力と行動力には、舌を巻かざるを得ません。

その後約20年、船会社乱立の時期を、二大勢力との同盟で巧みに乗り切り、鉄道開通による汽船時代の終焉まで、個人船主としては異例の長命を誇り、当主吉岡七郎の死後は、巨大な顕彰碑が建てられたくらいですから、地域の実力者として、その威勢のほどが偲ばれます。

江戸中期に始まる、関東大水運時代がはぐくんだ河岸問屋、その心意気の一端を、覗き見ることのできる一冊です。


(『アーバンランチで東京港をゆく…1』につづく)