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印旛沼ほんの少し…1

FI2617898_1E.jpg11月18日は、印旛沼周辺を訪ねました。仕事とは言え、房総半島を横断した3日後にまた、千葉県を訪ねたのですから、われながら酔狂です。

何度か触れたように、江戸時代から最近に至るまで、東京湾から印旛沼を経て、利根川に至る舟運路を開こうという計画が、何度も持ち上がっては頓挫したという経緯があります。

かつての人々には、物流路や新田開発という、大いなる可能性を秘めた存在として映っていたこの沼を、水運に関心があるものとして、一度眺めておきたい気持ちがあったのです。

遅くに出発したので、ほんのさわり程度の探訪ではありましたが、昔の人が描いたであろう、「印旛沼航路の夢」を髣髴できそうな光景を、いくつか訪ねてきました。

FI2617898_2E.jpgで、まず目指したのは、西印旛沼の端、鹿島川河口西岸にある、「佐倉ふるさと広場」(佐倉市HP)。無料駐車場に、施設は売店を兼ねた休憩所、そしてオランダ式の風車のみいう、印旛沼の風光を愛でるには格好の場所です。

一枚目の写真は、同広場から印旛沼、ほぼ北方を見たところ。
地図をご覧いただくとわかりますが、このあたりの湖畔は、ほとんどが干拓地で、「飯野干拓」「臼井田干拓」というような、「○○干拓」という地名が多く見られるところです。

海跡湖として、広大な面積を誇った印旛沼も、昭和44年に完成した、干拓による新田開発で、今ではすっかりその湖面を減じてしまいました。東西二つに分かれた沼は、南側を旧湖面である中央排水路で、また台地を掘り割った印旛捷水路の、二本の水路によって結ばれた形になっています。
撮影地点のMapion地図

FI2617898_3E.jpgこの広場のシンボルでもある、オランダよりパーツを輸入して組み立て、平成6年に完成したという風車、「デ・リーフデ」を見学することにしました。

水車など、熱機関登場以前のメカニズムには、興味をそそられるタチです。
到着時には止まっていた風車が、微風が吹くとともに、ゴトリ、ゴトリと動き出したのを見て、辛抱たまらず、中をのぞいてみました。


FI2617898_4E.jpg表面にレンガを張った建屋の中をのぞくと、飴色をした堅木で組まれた歯車が、目の前で回っているのが見えました。

正面のシャフトで回っている歯車を見て、懐かしくなりました。昔のゼンマイ玩具を分解すると、初段のピニオンとして使われていた歯車、通称「籠カナ」と、同じ形だったからです。名前はもちろん、カゴ状に組まれた形状からきたもので、真鍮引き抜き材のピニオンが登場するまでは、盛んに使われたものでした。

良く調整されて、噛み合わせがしっくりしているのか、思ったより音がせず、木や、潤滑剤である蜜蝋の匂いに陶然となります。
係の男性が、「運がいいですね、先ほどまで動いていなかったのですが、風が出始めたようです」と、声をかけてくれました。

FI2617898_5E.jpg天井を貫いて伸びる、太いシャフト。一尺角ほどはあるでしょうか、ところどころ、鉄のボルトを利用したタガで締められており、割れないように補強されていました。

風から取り出された力が、回転力となって、目の前を降りてくるさまに釘付けです(笑)。艇で川に出れば、風に悩まされたり、反対に助けられたりして、イヤと言うほど、その力を思い知らされているにもかかわらず…。


(19年11月18日撮影)

(『印旛沼ほんの少し…2』につづく)