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水郷案内のパノラマ地図

FI2617868_1E.jpgなじみの古書店で棚をあさっていたら、昔の水郷案内の印刷物を、何点か見つけました。そのうちの一点、昭和一桁ごろと思われるものをご覧に入れましょう。
(水郷については、過去の記事『魅惑の水郷…1』『ふたたび水郷へ!…1』以下のシリーズ参照)

佐原駅前・石橋旅館の銘が入った四つ折のこれは、表面に、霞ヶ浦や北浦を含めた、水郷全域のパノラマ地図、裏面には、いくつかの観光コースの解説と、主な交通案内が記されたものです。

鉄道が佐原・土浦まで通じて以降、東京~銚子間のような長距離航路は衰退したものの、大正末から昭和初期になると、逆に、地域的な観光用の航路は増加したという、水郷観光のまさに勃興期。昭和6年には、内水域最大の観光船「さつき丸」「あやめ丸」が進水、佐原津宮から、土浦に至る航路に就航するなど、大水運時代とはまた違った、華やかな観光ブームの幕開けでもありました。
(『さつき丸』ほかについては、『霞ヶ浦昔の画像集と水郷汽船史東関東アクアライン)』に詳しく述べられています。必見!)

裏面の説明を、少し拾ってみると…。「一泊 金参円 金弐円 二食付き」の料金表示が、時代を感じさせますね。カコミの中には、以下のような宣伝文も。
「御大勢様の団体に御慰に水郷美人たちの
新曲長唄 水の郷 小唄 佐原音頭 御覧に入れます」

ちょっと聴いてみたい気もします。二曲も新曲があったとは、当時の水郷観光が、いかに盛り上がっていたかがうかがえますね。

FI2617868_2E.jpgそして、こちらがパノラマ地図。名所旧跡をわかりやすく盛り込んだ、この時代らしい雰囲気満点の観光案内で、見ているだけで楽しい気分にさせてくれます。

佐原から中利根川を経て、遠く土浦まで至るメインラインに、江戸以来の名所十二橋を通るコース、北浦の大船津、銚子行きの航路も見えます。

長距離航路は衰退したものの、まだまだ陸上交通は乏しい時代ですから、これらの航路は、生活路線としても重要なものだったそうです。ちなみに昭和5年の時点で、土浦~鹿島(大船津)間の所要時間は、約3時間でした。

敬神の志篤かった当時のこと、鹿島・香取両神宮に、息栖神社を加えた参詣コースは、人気も高かったと思われますが、3社とも浜鳥居が描かれているのが、さすが水郷です。船で本来の表参道からお参りするのは、現代では味わえない水郷の贅、さぞ風雅で楽しいものだったことでしょう。

画面中央やや下、「カン門」なる表記がありますが、これは横利根閘門(過去の記事『魅惑の水郷…6』参照)を指しています。間違いではなく、地元では当時、閘門のことを「カンモン」と呼んでいたことに従ったもので、これもローカル色豊かというか、時代を感じさせるパーツですね。

参考文献
水郷汽船史 白土貞夫・羽成裕子 著 筑波書林
水郷の原風景 千葉県立大利根博物館

【10月26日追記】1段目、東関東アクアラインのリンク先を訂正しました。