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中島閘門…2

(『中島閘門…1』のつづき)
FI2617799_1E.jpgというわけで、ご本尊たる閘門様と感動のご対面。中島橋より、上流側(富山駅方向)を見たところです。マイタゲート特有の、上部構造のない扉体の開放感…いや、はるばる訪ねてきた甲斐がありました!

諸元を簡単に拾うと…、閘室長60.6m、閘室幅9m、閘室深さ6.27mで、扉体形式はマイタゲート(合掌型扉)、閘門前後の水位差は約2.5m(富山港平均潮位を規準とする)あります。

文化財指定を受けた施設だけに、中島閘門については、ウェブ上でほぼ語りつくされていると言ってよく、実に多くのサイトで取り上げられています。中でも特に「よみがえった富岩運河!」(富山市郷土博物館博物館だより)は、神通川の河道改修を含めた、富岩運河の成り立ちがよくまとめられており、一読をお勧めします。

FI2617799_2E.jpg下流側扉体のアップ。更新されて数年を経過しましたが、塗装もきれいで、天端の木製ランボードにも痛みは見られません。

水位はご覧のとおり、下流側に合わせてありました。恐らく下流側の通水口は、扉体に負担をかけないよう、開放してあるのでしょう。

FI2617799_3E.jpg同じく下流側扉の、裏側を見たところ。スキンプレートは、水圧のかかる上流側にのみ張られています。

マイタゲートの長所は、国内では一般的なローラーゲートのように、上部構造を持たないため、通過船舶の高さに制限がないことですが、ここの場合は、当初から中島橋が架かっていたため、おのずと長所を捨て去っていたことになります。

もともと港湾に付属する、艀船運河として作られたので、船の高さの点では問題がなかったのでしょうが、昭和初期竣工の閘門でも、ローラーゲートが結構あったことを考えると、中島閘門のマイタゲート採用の理由は、どのあたりにあったのでしょうか。

FI2617799_4E.jpg上流側扉付近から、下流側を望んだところ。護岸上に点々と立つ、ボラードヘッドのかたちがユーモラスです。

古い時代の閘門らしく、閘室側壁には、防舷物が備えられていません。そのためでしょう、壁面をよく見ると、船が舷側をこすっていった傷が、無数についていました。
かつて、盛んに通船を行った証しを、こんなところで確認できるとは…。嬉しい発見でした。

FI2617799_5E.jpg上流側扉体を間近から。下流側との水位差が実感できます。
後ろに一部見える建物は、閘門とは関係なく、企業のボート部の艇庫のようでした。

余談になりますが、太平洋側に比べると、日本海側の干満の差は非常に少なく、30cm前後しかないため、日や時刻によって、閘門の調整水位が極端に異なったり、はなはだしくは高潮位のため、閘門を開放してしまう、などということはないでしょう。

先日、山陰出身の人から、「こちら(東京)で海を見たら、えらく汐が引くので驚いた」といったお話を伺って、改めてそのことを認識し、面白く思ったものです。
撮影地点のMapion地図

(19年8月8日撮影)

(『中島閘門…3』につづく)