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無念!引き返す。

FI1417674_0E.jpgこの、平成5年夏の「遠征」(笑)を、思いついたときの目標は、

一、江戸川の可航状態が、どの程度のものか、確かめること。
二、できれば利根運河を通って、銚子まで行くこと。

だったのですが、「二」については、建設省の方に、「利根運河は、戦争中に閉鎖されて、(!)今は単なる排水路」であるとのお答えをいただき、断念。
江戸川に関連する本は「川蒸気 通運丸物語」を読んだだけ。当時は本当に、なあんにも知らなかったのです。

仕方がないので、「二」を以下のように改訂。

二、あわよくば関宿を回って、利根川を走り、状況如何によっては銚子まで行くこと。

いきおい艇は重装備となり、塔載物件は、金属製の携行燃料タンクを3個買い足し、計5個に、食料は3日分、寝具、キャビンの入口に釣る蚊帳、その他諸々と大げさになりました。

交換用のプロペラや工具も、座洲で傷ついたハルを修理する材料も積んでいないのですから、まあ、今考えると「無知とは恐ろしい」としか言いようがありませんが…。

当時乗っていた艇は22ft、2スト分離給油の90PS船外機でしたので、ガソリンを満載した携行タンク3個がデッキ上に裸積みという、危険極まりない状態でした。
タンクはぶつかって傷つかないよう、間に詰め物をしてから、しっかりロープで固縛、また太陽熱でガソリンが温まらないよう、シートをかけて時々水で冷やすなど、えらく気を遣いました。

…で、結果は、え~、一言で申し上げますと、「ヘタレ」な結果に終わりました。
利根運河を拝むことも敵わず、退却せざるを得なかったのです。

江戸川閘門の項でも書きましたが、この年は降雨量が少なく、水位が下がっていたというのもありますが、何より情報収集が不充分で、川のミオを読む知識に欠けていたことが敗因だと思います。

写真は、思いっきり座洲して、プロペラを見事にヒン曲げ、ベソをかきつつ、だましだましエンジンを回して退却するところ。向こう側が上流です。
大きな中州のあるところで、今調べてみると、三郷市栄付近と思われます。一見、充分な水深があるように見えますが、左側の本流の中央も浅く、とてもこれ以上は進めないと思えたものです。

まさに「回れ右」をして、上流に背を向けたエンジンのケーシングが、くやしさをにじませているように見えます。

利根運河については、「野田のトラ・ホームページ 利根運河の四季」へ。歴史や現況、四季折々の写真も掲載され、大変楽しくまとまっています。

【追記】写真の地点はたぶんこのあたり‥?。
(その後もっと上流まで行きましたが、詳細はまたの機会に‥)

【さらに追記】「利根運河は戦争中に閉鎖されて‥」は誤り。昭和16年7月の台風で、水堰橋が破壊されて通航不可能になったのですから、正しくは戦前ということになります。