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見明川…1

FI2617756_1E.jpg6月23日は、梅雨らしからぬ晴天を得て出港。まずは、旧江戸川河口にほど近い派川、見明川を通ってみることにしました。

かつてこのあたりは、江戸川の流れが運んできた土砂で形成された、広大な砂州が広がっており、砂州の間を無数の澪が流れる、漁場としては格好の環境でした。

上の写真は、以前も紹介しましたが、旧江戸川から見明川の入口、堀江橋を見たところ。
分流点のパターンとして、本流の上流側には浅瀬がありますので、少し下流側から進入し、写真左側、船が繋留しているあたりを目指すようにするとよいでしょう。
撮影地点のMapion地図

現在、ディズニーリゾートがあることで知られる舞浜地区は、大三角、小三角、見明島などと呼ばれた砂州で、海苔の生産に欠かせない、海苔簾の材料になる葦の供給地としても役立っていました。見明川は、そんな砂州の間を流れる、澪筋の記憶を持った川なのです。

戦前の浦安(作中では『浦粕』)を描いた、山本周五郎の「青べか物語」には、通船の船員や漁師の生活ぶり、川や澪の様子など、船や水辺に関する描写に、濃厚かつ秀逸なものが多くありますが、大三角も興味を引く存在だったようで、「デルタというものがいかにして形成されるかということを、絵解きにして見せているような存在」などと、当時の砂州の様子を、こと細かに表現していました。
見明川は、「青べか」の舞台でもあるわけです。

FI2617756_2E.jpgこちらは、上の写真の右、下流側にある澪標。
地元では「ぼんぎ」と呼ばれる、枝を残した木を立てたものですが、反射板や電灯まで備えられています。乗り上げ事故が多いのでしょう。同様のものが、上流側にもあります。

入口付近はもとより、見明川も全体的に水深が浅く、この日も1m台のところがほとんどでしたので、なるべく、潮位の高い日に通ることをお勧めします。

FI2617756_3E.jpg堀江橋をくぐったところ、ずいぶん前からここにもやっている「はやて」。通船でしょうか。
保安庁船艇らしい造作が、以前から気になっているのですが、この大きな艇で、浅瀬の多いここを出入りするのは大変だろうなあ、などと考えてしまいます。

なお、写真右側は、少しガレキが出ているので、「はやて」に沿うようにして進みます。

FI2617756_4E.jpg「はやて」の船首方向には…はい、本日の沈船です(笑)。

引っ掛けないように、お気をつけて…。




FI2617756_5E.jpg二番目の橋は、トラス橋・見明川歩道橋。断面が小さいせいか、とてもスマートに見えます。

写真右には、舞浜小学校ほか、文教施設がいくつかありますから、通学路として作られたのでしょう。
撮影地点のMapion地図


(19年6月23日撮影)

(『見明川…2』につづく)