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今井水門と中川

FI1417613_0E.jpg現在、江戸川本流の最下流部は、行徳可動堰を擁する江戸川放水路ですので、葛西を河口とするくねくねと曲がった、かつての最下流部を、特に「旧江戸川」と呼んで区別しています。

その旧江戸川を、単なるモノ好きから遡行してゆくと、東京付近では珍しい、人家(どころかマリーナも)のある中州、妙見島の東水路を通過。またしばらく走ると正面に見えてくるのが、写真の今井水門、新中川と旧江戸川の分岐点です。

この写真を撮った平成5年当時は、「そんなに広い川幅でもないのに、7枚も門扉があるなんて…」と、程度の低い感想しか持ち合わせませんでしたが…。

この中川が、太古は荒川・利根川の本流であったなど、歴史のある河川であること、写真の新中川は、戦前に計画され、昭和38年にようやく完成したこと…などを知り、がぜん興味が沸いてきました。
今ではすっかり通いなれた道、魅力的な橋や水門のある新中川、屈曲や浅瀬の多い、スリリングな旧中川…「川走り好き」のツボを刺激する、実に素敵な水路だと思っています。
(実は旧中川は、いっぺん通って懲りてたりして。)

当時の話に戻りますと…。
この辺りは小型船舶、屋形船の係留が延々と続き、徐行をし続けなければならない区間でもありますが、徐行しても「もっとゆっくり走れ!」と、ものいいがつくかと思えば、「徐行してくれてすまないね」と言わんばかりに、頭を下げてくれる人もあり、悲喜こもごもと言うか、人生色色と言うか、複雑な気分になったものでした。