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目黒川の橋づくし…8

(『目黒川の橋づくし…7』のつづき)
FI2617689_1E.jpg緑色の高欄が目立つ、市場橋。

荏原調節池のところで触れた、旧荏原青果市場にちなんだ名前でしょう。
撮影地点のMapion地図


FI2617689_2E.jpg市場橋の高欄をよく見ると、大八車があしらわれており、色彩もなかなかすてきです。

おとなしいタイプの、桁橋が多い目黒川ですから、水面から見上げると特に、こういう気遣いが嬉しいものですね。

FI2617689_3E.jpg市場橋の近くには、もう2つの橋が隣接しています。

亀の甲橋と、東急目黒線の高架橋。下流側からはうまく収まらないので、上流から、桜並木を入れて遠望してみました。


FI2617689_4E.jpg南に曲がる河道が、再び直線になると、桜並木越しに、空を圧するガラス張りの巨大なビルが…。目黒雅叙園の建物ですね。

両岸を台地にはさまれた、谷地に入ったせいでしょうか、先ほどから、時々吹いていた強い風が、突風となって下流側から吹き抜けてゆきます。まるで、ここしか風の通り道がない、といった感じです。

FI2617689_5E.jpg今回会いたかった橋の、ひとつに近づいてきました。太鼓橋です。鋼桁橋ながら、石張り風の装飾が施されているあたり、この橋が、今まで見てきた橋とは、違った出自であることを物語っていますね。

この太鼓橋、古くから目黒不動尊への参道として有名な、行人坂から下ってくる道を渡しています。
「江戸の橋」(鈴木理生著)によると、ここには明治中ごろまで、同名の石造アーチ橋が架かっていたそうです。造られたのは享保年間(西暦1716年~1735年)の末で、庭園にあるものを除くと、江戸近郊では唯一の石造アーチ橋でした。
「太鼓橋」とは、神社の境内にあるような(過去の記事『竪川睦』参照)、極端に中高の橋を指す普通名詞ですが、ここでは固有名詞になってしまったのです。言うまでもなく、アーチによって中高になった、その姿を側面から見ての命名でしょう。

前出の「運河論」にも、「改修区域の準用河川は太鼓橋下流で、上流は公有水面である」と、触れられており、かつての太鼓橋が、著名な構造物であったことがわかります。
昔の面影は、もちろんありませんが、桁橋の装飾に見られる心配りが、いにしえの賑わいをわずかに偲ばせるように思え、興味深いものがありました。
撮影地点のMapion地図


(19年4月15日撮影)

(『目黒川の橋づくし…9』につづく)