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最低橋に挑戦!…2

(『最低橋に挑戦!…1』のつづき)
FI2617661_1E.jpg鮮やかな紅い塗装が映える、小さな人道橋、新田橋(A.P.+3.1m)です。

「江東古写真館~思い出のあの頃へ~」(江東区教育委員会)の記事によると…昭和7年(西暦1932年)に、地元の開業医・新田清三郎氏が、近隣の住民と協力して創架したもので、当初は「新船橋」と呼ばれたが、いつしか肝煎りの名を取り、「新田橋」となったとのこと。
なお、先代の橋は、平成12年の親水護岸工事により撤去されましたが、同16年に、現在の位置に新設、新田橋が復活したそうです。

構造的には、単純な型鋼桁ですが、上部にトラス状の高欄を設けて、初代の橋の雰囲気を受け継ごうという姿勢が見え、好ましく感じます。民設橋という意味では、旧大島川唯一でしょう。
撮影地点のMapion地図

FI2617661_2E.jpg太い河岸棒にもやう、曳船と、漁船タイプの船が見えてきました。

人は乗っていなかったものの、たった二隻の船影でも、シーンとした水路が、生き生きとした感じになるのですから、不思議なものです。
船がいることで、この水路はまだ、「道」として利用されているんあだなあ、と、実感できるからかもしれません。

FI2617661_3E.jpg右手に分岐する、大横川南支川を見ると、天地幅のある緑のプレートガーダー、弁天橋(A.P.+2.8m)が。その名のとおり、かつて、弁天様を祀っていた、洲崎神社への参道でもある橋です。

洲崎神社は写真右側にあり、元禄13年(西暦1700年)創建とのこと。
境内には、寛政3年(西暦1791年)の高波災害の際、付近を高波の緩衝地帯として、家屋の建築を禁止した区域を示した、「波除碑」が残っているそうです。当時は、このあたりが海岸線だったのですね。

ここも通過してみたいのですが、弁天橋の向こうにチラと見える西洲崎橋(A.P.+3.1m)が、残念ながら架け替え工事中…。足場が組まれているので、私の艇ではくぐれそうにありません。
撮影地点のMapion地図

FI2617661_4E.jpgここで水路は、ぐっと北に曲がります。目の前に立つ河岸棒には、筏のようなものが繋がれて、狭い可航幅を、さらに狭めているのがなんとも…。わずか数10㎝を隔てて、そろそろとかわします。

しかし、これほどカーブカーブした曲線水路も、少なくとも東京では、珍しいのではないでしょうか。幅が狭いせいもあり、側壁のカーブぶりが強調されて、見えるのかもしれませんね。

FI2617661_5E.jpgカーブが終わると、永代通りの沢海橋(A.P.+2.6m)が、姿を現わしました。人通りが多く、皆さんビックリした顔をしていたので、何か悪いことをしたような気分…。

首をすくめながらも、らくらく通過。これなら茂森橋も何とかイケそうだ、と妙に気分が高まり、さらにデッドスローで艇を進めました。
撮影地点のMapion地図

(19年3月4日撮影)

【3月10日追記】4段目、「ぐっと南に」は、「ぐっと北に」の間違いです(恥)。お詫びして訂正いたします。また、3段目「弁天様を祀る」は、明治維新以前のことなので、正しくは「かつて、弁天様を祀っていた」ですね。こちらもお詫びして訂正いたします。

(『最低橋に挑戦!…3』につづく)