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伊能忠敬記念館

FI2617644_1E.jpg(『佐原と小野川…5』のつづき)
やはり佐原に来たからには、こちらを訪ねなければウソだろうと、伊能忠敬記念館を見学。土蔵造りに似せた建物は、まだ新しいのですがよい雰囲気で、周囲の町並みとなじんでいます。
例によって、館内の撮影はできませんから、詳細は、伊能忠敬記念館HPをご覧ください。

地図の素晴らしさや、高齢となってから新たな道に入り、大業を成し遂げた忠敬の業績については、よく知られたところですので、その道の書籍やサイトにゆずりましょう。
個人的には、教科書や歴史の本で、何度も写真を目にした、量程車や各種羅針(方位磁針)などの精密測量機器を、こうして目の当たりにして、この時代の加工技術は、大したものだったのだなと、つくづくうならせられました。

子供のころ読んだ本で、幕末、現物を見たこともない一市井人が、参考書だけで舶載蒸気機関の模型や、実物を作ってしまう、という話があり、しかもそれが一人や二人でなかったことを後で知り、大いに興味をそそられたのを覚えています。機械の構造を理解するセンスと、作り上げる技術を持った人たちが、この時代、少なからず存在していた事実は、ちょっとした感動でした。
その人たちの存在のあかしを、これら測量機器の精巧さに、かいま見たような気がしたものです。
撮影地点のMapion地図

FI2617644_2E.jpgこちらは、現在地に移転する前の、旧記念館の建物です。樋橋前の、伊能忠敬旧宅敷地内にあります。
現記念館に比べると、簡素な外観ですが、築50年ほどでしょうか、この時代の建物らしい、質素な感じは悪くありません。あまり痛んでいないところを見ると、何か別の用途に使われているのでしょうか。

この後、現記念館の向かって右側にある、和風喫茶店「遅歩庵いのう」に入ったら、なんとそこが現在の伊能本家で、ご夫婦は忠敬のご子孫とのこと。古い家を維持していくには、大変なご苦労をされている旨、お話を興味深く伺いました。
撮影地点のMapion地図

FI2617644_5E.jpg駆け足で見て回った、霞ヶ浦・あんば様・佐原と、大水運時代ゆかりの地を訪ねた1日…終わりはやはり、伊能忠敬の銅像で締めくくりたいと思います。

佐原市街の西外れ、諏訪公園にある、測量器具を携えて彼方を見やる、凛々しい忠敬像です。大正はじめの開設という公園は、門柱や器具類に痛みが目立ち、ちょっと寂しい感じがしました。

銅像の原型は、靖国神社にある、大村益次郎像の作者として有名な、大熊氏広が作ったそうです。竣工は大正8年とのこと。
白い台座に刻まれた漢文は、「仰いで斗象をみ、俯して山川を画す」と読み下すそうです。訳すとすれば…空を見上げては星を調べ、机に向かっては大地をえがいた、といったあたりでしょうか?(自信なし)。忠敬の業績を、短い言葉の中で、よく表わしています。 

一見、川っプネ趣味とは何の関係がないようにも思えますが、彼もまた、水運全盛期の恩恵が生んだ傑物の一人だと思うと、なにやら、浅からぬ縁を感じてしまうのです…。

(19年1月3日撮影)

【2月10日追記】一段目、誤字を訂正しました。また、3・4段目の本の紹介を、次項「水郷・佐原の本」として独立させました。
【2月15日追記】3段目、誤記を訂正しました。

(この項おわり)