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佐原と小野川…1

FI2617639_1E.jpg(『あんば様…3』のつづき)
本日の最終目的地である、佐原に着いたのは、午後2時をだいぶ過ぎたころでした。

傾きかけた冬の陽に、せかされるようにして小野川畔へ出ました。遊覧船での小野川めぐりだけでも、ぜひ体験しておきたかったからです。

佐原は、安政5年(西暦1858年)に書かれた「利根川図志」にも、「下利根附第一繁盛の地なり」と紹介されるほど、関東屈指の河港として発展した街です。わが国初の実測全国地図を完成させた、伊能忠敬を輩出した街としても有名ですね。

路地を急ぎ抜けて、小野川の下流方を見ると、放水中の樋橋(とよばし)に、人垣ができていました。
この樋橋、その名のとおり、かつては人道橋を兼ねた水路橋で、用水の不要な季節は、樋の側板を外して、川にあふれさせていたことから、「ジャージャー橋」と通称されて、親しまれていたそうです。
その後、昭和の初めにコンクリート製に改築、昔の風情は失われましたが、平成4年に再び木橋に改築、同6年からは、ポンプアップながら放水が行えるようにし、「ジャージャー橋」が名実ともに復活しました。
撮影地点のMapion地図

FI2617639_2E.jpg珍しい樋橋の放水風景を見ながら、橋のすぐ下流にある船着場(佐原の言葉に従うと『ダシ』)で、船頭さんに声をかけると、どうやら暇を持て余していた風情(失礼)で、すぐに出してくれるとのこと。

樋橋のまわりは、伊能忠敬の家の前ということもあり、観光客でにぎわっているのですが、皆さん舟に乗る我々を笑って見ているだけで、自ら乗ろうという人はいないようです。暖冬とはいえ、真冬の肌寒い陽気に、舟遊びはチト酔狂だったようですね…。
それでも、石積み護岸を降りて、暖かいこたつのついた、小ぎれいな舟の胴の間に落ち着くと、すっかり幸せな気分になりました。

FI2617639_3E.jpg樋橋の船着場を、後進微速で出発。郷土の偉人の名を冠した、写真の忠敬橋近くで舟を回し、小野川を下ります。

船外機を操る、男性の船頭さんとともに、菅の笠をかむった女性の船頭さんも同乗して、お国訛りの語り口で、沿岸の名所や歴史を案内してくださるサービス(?)ぶり。女船頭さんの素朴な案内と、石造りの護岸、静かな水面といったディテールが、肩こりをほぐすような感じで、身体に染み入ってきます。やっぱり、水路はいいなぁ…。
撮影地点のMapion地図

FI2617639_4E.jpg忠敬橋をくぐると…さすが「小江戸」を名乗るだけあって、いらかの黒と、壁の白いコントラストが美しい、しっとりとした、かつての河岸らしい街並みが広がりました。かつての日本橋川や、小名木川にも、こんな風景があったことでしょうね。

舟中でいただいた、「小江戸さわら 舟めぐり」と題した三つ折り案内によると、船着場のある樋橋周辺から、これから向かう、中橋下流までの沿岸区域は、「重要伝統的建造物群保存地区」とされ、極力昔の建物を保存したり、電線を埋設式にして、電柱を少なくするなどの、方針が採られているそうです。
自治体の援助はあるのでしょうが、古い建物を使い続けるご苦労は、並大抵のものではありますまい。やはり、郷土への愛着なくしてはできない仕事だと、頭が下がる思いでした。

江戸時代の風情を色濃く残した、商家風の建物群も素敵ですが、ときおりポツリ、ポツリと顔を出す、昭和30年代テイスト(?)の和洋折衷建築にも、いくつか惹かれるものがありました。

FI2617639_5E.jpgこれは、その中でも出色の美容院。タイル張りの外壁に、丸い穴を並べた看板部分の、しなやかな曲線を用いたデザイン…う~ん、思わず見入ってしまいました。腰部分と、窓枠から上のタイルの色を変えているのも、細やかさが感じられます。

…そういえば、子供のころ行かされた床屋さんて、タイル張りの印象が強かったなあ。水周りがあるご商売だからでしょうか?

(19年1月3日撮影)

【2月15日追記】5段目、誤記を訂正しました。

(『佐原と小野川…2』につづく)