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あんば様…2

FI2617637_1E.jpg(『あんば様…1』のつづき)
あんば様の境内に入りました。初詣の参拝者で結構な混雑ぶり、しかもこじんまりとした境内には、露店が社殿近くまでひしめき、雑然とした感じですが、実ににぎやか。ちょっと柴又帝釈天にも似た雰囲気ですね。

大杉神社は、江戸時代以来、主に疱瘡の治癒神として関東一円に知られ、また「夢結び大明神」、大願成就、商売繁盛の神様としても名高いのですが、その信仰のおこりはなかなか古く、奈良時代にさかのぼるようです。

ここは昔、内海の水が足元まで迫る、安婆島と呼ばれた半島だったそうです。半島の突端に巨杉が立っており、航海の目印としても役立ったことから、素朴な信仰心が芽生えたのでしょう。天狗様が現れて、遭難せんとする船を救った、という口伝から、天狗信仰も併せてあるなど、その霊験はバラエティー(笑)豊かです。

なお、阿波大杉神社の縁起については、「大杉神社」(古代であそぼ)に詳しく述べられています。

FI2617637_2E.jpg現在の社殿は、享和2年(西暦1802年)に、火災で焼失したあと再建された、文化10年(西暦1813年)竣工のもの、とのことです。最近も改修されたようで、軒飾りの金や、欄干の朱も目に沁みるような鮮やかさですね。

前回も触れましたが、高瀬舟が活躍していた大水運時代、あんば様は、船乗りの神様としても著名で、関東の川舟のみならず、東回り航路をゆく海船乗りにも信仰され、講中は遠く、東北地方まで存在していたとのことです。

正月は、神社前の旅館が、船頭の代参人であふれ、参拝前夜の酒席では女たちが、名物「あんば囃子」を賑やかに踊り、社殿には船乗りたちの奉納した、扁額が隙間なく飾られている…。
いまやその面影は、境内にすら探すことは難しいのですが、船頭たちが去った後も、なお神社が盛んであるのは、あんば様の霊験が、多岐に渡っている証しでしょうか。

FI2617637_3E.jpg社殿裏手にそびえるご神木、三郎杉です。樹高28m、幹周り6.5mという巨木で、まっすぐに天をめざす姿は清々しく、自然に手を合わせたくなる雰囲気があります。この三郎杉も、高瀬舟の白帆を見守ってきた、生き証人であるに違いありません。

元祖のご神木である太郎杉は、寛政10年に焼失したとのこと。あれ、次郎杉は? どこかに説明板があったと思うのですが、撮り忘れてしまったようです…。

社殿には、もちろん主祭神がおわすのでしょうが、このような巨木が人々の心を動かし、今に至ったことを思うと、この杉こそが、あんば様そのものだと、言って良いような気がします。

FI2617637_4E.jpg社殿に隣接して、お寺さんがありました。龍華山安穏寺、神仏混交の時代は、恐らく僧が、神社のために働くこともあったのでしょう。
賑やかなあんば様の境内に比べて、対照的にひっそりとしており、本堂も古びていて、むしろこちらの方が、歴史を感じさせます。

面白いのは、文治年間(西暦1185~1190)に、源義経の家来であった、常陸坊海存が滞在、奇跡を示したことから、容貌魁偉な海存を天狗になぞらえ、天狗信仰が盛り上がった、という話が伝わっていることです。

FI2617637_5E.jpg天狗の石像近くにあった、観光案内板です。太古は、霞ヶ浦の一部であった平地も、今は田んぼや住宅地となり、湖面は遠くに去ったものの、灌漑水路が走る水郷らしい風景は健在です。

話は変わりますが、今回の参考にしようと、高瀬舟乗りのあんば様信仰について、詳しく書かれた「利根川高瀬船」(渡辺貢二著・崙書房)を読みかえしていたら、新河岸川の旧福岡河岸(ふじみ野市)にも、大杉神社が勧進されたことが触れられており、機会があったら、こちらも訪ねてみたくなりました。


(19年1月3日撮影)

【2月15日追記】5段目、誤記を訂正しました。

(『あんば様…3』につづく)