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あんば様…1

FI2617636_1E.jpg(『空から水路をゆく!…4』のつづき)
阿波大杉神社に到着しました。鳥居の両脇には、天狗の顔をかたどった、ユーモラスな石像が置かれて、人目を引きます。

大杉神社は、「あんば様」とも通称され、かつて、利根川水系を行き来する船乗りたちの、絶大な信仰を集めたそうです。私も遊びブネながら、川船乗りのはしくれ。かねてから、一度ご挨拶しておこうと思っており、今回ようやく実現したわけです。

ここで、あんば様創建にまつわるお話でも、と思ったのですが……到着した直後、さっそく、あんば様のご利益か、凄いモノを発見してしまったのです! というわけで、神社の詳細は後ほど…。
(以下、興奮してお見苦しい説明になりますが、ご勘弁ください…。)
撮影地点のMapion地図

FI2617636_2E.jpg神社裏にある、初詣客で混雑する駐車場に、運良くクルマをとめることができました。クルマから降りて、境内へ向かおうとすると、連れが「これ、船じゃないの?」と繁みの方を指差しました。

ゴミの山と思って、気にも留めなかったのですが、言われてみると確かに船…しかも和船です! 残骸に等しい状態とはいえ、見れば見るほど、洋式化の度合いが低い、純粋に近い和船であることがわかり、一人で盛り上がってしまいました(笑)。
 
写真は、船首から船尾方向を見たところ。全長7~8m、縦横比の大きい船が多い小型和船としては、かなり小さい部類です。

FI2617636_3E.jpg左に埋もれて見える、湾曲した材は、水押(ミヨシ、船首材)が脱落したもの。棚板(側板)と、水押をつなぐ釘が腐り、棚板の湾曲部が弾けるようにして、分解してしまったようですね。青白く見える部分は、釘の頭や、接合部を保護するために貼られた、銅板が緑青をふいたものです。

この水押は、本水押(ホンミヨシ、一本水押とも言う)という形式です。水押と、以下に述べたように棚板の構成から、この舟を荷足舟(にたりぶね、茶舟とも呼ばれる)の一種と判断したのですが、いかがでしょうか。ご存知の方、ご指摘ください。
腐朽が激しいこともあり、私の乏しい知識では、はっきりと判断しかねるのが、痛いところです。

FI2617636_4E.jpg側面、中央部を見たところ。
この写真で見ると、棚板が一棚(一段)造りに見えますが、棚通り釘を隠す銅板の列が、棚板下部に見えることから、この下にもう一段、下棚(マツラとも呼ばれる)があったと思われます。腐朽して接合部が折れ、上部の船体が、座り込んでしまったようです。(このあたり、自信がありませんが…)

棚板上部の出っ張りは、小縁(コベリ)と言って、接岸時などに、棚板を保護する縁材です。FRP艇で言うなら、ガンネルですね。
高瀬舟などの大型船になると、小縁の幅もぐっと広くなり、この上を歩いて、竿を刺せるくらいの幅員がありました。舷側通路といったところでしょうか。

FI2617636_5E.jpg棚板の内側をみたところ。上が船首側です。
アバラと呼ばれる、肋骨様の補強材が見えます。ボルト・ナットで無造作に留められているところを見ると、就役後、相当期間が経ってからの補修時に、取り付けられたものと思われます。(上の写真にも、ボルトの頭が出ているのが見えます)

写真左に見える、内側の縁材は、高瀬舟では「ウチナゲシ」と呼ばれましたが、荷足舟ではなんと言ったのでしょうか。

私にとって、とても興味深いものには違いないのですけれど、中には落ち葉や枯れ枝がたまって、草も生えている光景は、やはり痛ましく、心の中でこの舟の冥福を祈り、手を合わせました。

この舟は、なぜここに来て、なぜ打ち捨てられたのでしょうか。現役時代を送った、霞ヶ浦や利根川の水を離れて、どのくらいの月日を過ごしたのでしょうか。
川舟ゆかりの神様のお膝元を、終焉の地とすることが、せめてもの手向けだと考えた人が、ここに置いたのかもしれないな…と、とりあえず良い方に解釈しました。

まあ、そんなことをあれこれ想いながら、あんば様の境内に向かったわけです。

(19年1月3日撮影)

【2月15日追記】5段目、誤記を訂正しました。

(『あんば様…2』につづく)