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吸い寄せられる場所…3

FI2617594_1E.jpg(『吸い寄せられる場所…2』のつづき)
宗谷の船内に展示されていた、改装後の宗谷の図面です。側面図と、各甲板の上面図が描かれています。

当初は、後部上甲板を木甲板のままフラットにして、小型ヘリコプター2機を運用しましたが、輸送にも使える大型ヘリコプター導入のため、さらに一段重ねて、広い飛行甲板としたときの姿です。

この姿は、当時、非常に斬新なスタイルに映ったらしく、手元にある少年向け工作雑誌のニュース欄や、船舶関連の記事を見ると、「宗谷が後部甲板を空母型に改造」「空母顔負けの飛行甲板」(笑)など、やたらと「空母」の文字が躍る熱狂ぶり!

ヘリコプターを運用できるフネは、まだ国内には少なかった時代ですから、ささやかな飛行甲板にも、「空母」を感じてしまう、少年たちの宗谷に対する熱い想いが、伝わってくるような気がしたものです。

このあと、本館3階のマリタイム・サルーンで開催されていた、南極観測50周年記念の特別展、「南極観測 いま・むかし物語」(平成19年2月25日まで)を拝見したら…やはり当時発売されていた、ソリッドモデル(木製の模型)のキットが、パッケージとともに展示されていて、商品名が「南極観測船宗谷・空母型」! いや~、たまりません!

FI2617594_2E.jpg宗谷を堪能したあとは、本館へ。1階シンボルホールの吹き抜けに、威風堂々と鎮座するのは、幕末期の1700石積み樽廻船、住吉丸の大型模型。

開館以来、変わらずここで、入館者を迎えてくれています。

東回り航路(大坂~江戸間の、太平洋側航路)の華であった、樽廻船。寛政期のレース・新酒番船では、平均速力6.6kt、西宮~品川間57時間のレコードをたたき出した、巨大な面積の主帆には、いつ見ても圧倒される思いです。

FI2617594_3E.jpg2階に上がり、立派な客船や軍艦の模型を楽しんだあとは、ランナバウトや船外機の並ぶ、ぐっと身近なコーナーにも吸い寄せられて…。

こちらは、三信工業(現ヤマハマリン)製の船外機。カットモデルというのが珍しく、毎回立ち止まって眺めてしまいます。もちろんずいぶん前の形式で、今から見ると、なりの割には馬力も小さいのですが、ドライブなど、レイアウトの基本は変わっていないので、自艇の不調時に備えて、イメージをしておくには格好の教材です。

と、エラそうなことを書きましたが、現愛艇になってから、エンジンのケーシングを開けたことがほとんどない…(恥)。いや、最近のエンジンは、ホントに手がかからないんですって…(笑)。昔を思うと、隔世の感があります。

FI2617594_4E.jpgで、やはり吸い寄せられる最たるものが、3階の和船展示コーナー。弁才船の実物大断面模型や、古代から戦後まで、各種和船の精密模型が並ぶ、木の香りかぐわしいフロアです。

写真は、これも私の大好きな(というより、何かにつけて騒いでいる)、河川舟運の雄、利根川水系の高瀬舟模型。帆柱を倒した、空船時の状態です。

全国に散在した、「高瀬舟」を名乗る河川用荷舟たちとは、起源も構造もまったく違った、軽量・柔構造・浅喫水・大積載量の、国内最大級の川舟…。

柳田國男が「門の前からほんの少し離れたところを何百といふ白帆が通る」と、感動とともに回想した、日本の川舟の、代表と言っても言い過ぎではない、そんな舟です。

FI2617594_5E.jpg同じく和船コーナーの、壁一面に展示されたパネル、「弁才船のできるまで」。起工である航据(かわらずえ)から、進水式に相当する船降ろしまでを、当時の図版もまじえて、わかりやすくレイアウトしてあります。

和船の展示は、展示品の管理が行き届いた当館の中でも、訪れるたびに変化が見られて、従来等閑視されていた、和船の研究が進んでいるさまが感じられて、頼もしく感じるフロアでもあります。

話は変わりますが、船の科学館、博物館には珍しく、撮影禁止ではありません。(このあたりにも、創立者の心意気が見えるような気がして、『吸い寄せられる』理由の一つでもあるのですが)
とは言っても、収蔵・展示品をむやみに紹介するのは、もちろん信義にもとるので、館内のご紹介はこのくらいとさせていただき、少しでも興味をそそられた方には、ぜひ実際に、見学していただくことを、お願いしておきます。

(18年11月12日撮影)

(『吸い寄せられる場所…4』につづく)