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笛吹川

10月20日は、山梨県・石和温泉に用事があり、翌21日は少し時間ができたので、甲府盆地を貫流する、笛吹川沿いをお散歩しながら、山梨県立博物館に向かうことにしました。

FI2617586_1E.jpg幸い好天で風もなく、土手の上に出ると、霞にけむった広大な河川敷が一望できました。富士川の上流たるここ、笛吹川は、江戸初期から昭和の初めまで、岡山の吉井川を発祥の地とする、備前系高瀬舟がゆきかう可航河川でした。

山国・甲斐にも、かつては海運に直結した、河川舟運の「湊」があったのです。その川の姿を、一目見ておきたくて、笛吹川北岸の堤防に立ったのです。

FI2617586_2E.jpg堤防を降り、笛吹川を下流方に歩いてゆくと、戦国時代から、この地で盛んに用いられてきた水制工、聖牛(大聖牛)が並んでいるのが見えましたので、低水敷に降りて、間近で眺めてみました。

甲府盆地といえば、「信玄堤」の名が思い出されるほど、古来より治水設備の多いこと、多様なことではつとに有名です。

将棋頭と呼ばれる導流堤、おびただしい霞堤などを駆使して、扇状地上の暴れ川、釜無川と笛吹川をなだめすかし、美田を増やしてきた甲府盆地の歴史は、まさに川との戦いの歴史で、早くも天長2年(西暦825年)に、朝廷に対して、堤防建設の陳情をした記録が、残されているそうです。

特徴あるこれらの土木構造物群も、暴れ川との長いつきあいの中で、時間をかけて熟成したものでしょうから、ご当地によく見られる、「武田信玄の遺徳」という言葉で、ひとくくりにするのは、ちょっとムリがあるように思える部分もありましたが、それだけ、信玄という存在は偉大であり、郷土が守るべきものには、信玄の名が冠されてしかるべき、ということなのかもしれません。

FI2617586_3E.jpg川沿いを下流方向に歩き、鵜飼橋北詰に来ました。
このあたりは公園になっていて、日当たりの良いベンチに憩う人、散歩をする人がちらほら見られます。

このまま橋を渡って、まっすぐ進むと博物館に着くのですが、なにか面白いものはないかと、しばしウロウロすると…。
撮影地点のMapion地図

FI2617586_4E.jpg道路を渡ったところに、水位観測所がありました。

説明板を読むと、設置年月日…昭和1年? 確か、昭和元年(西暦1926年)は、6日間しかなかったと記憶していますが、本当だとしたら、珍しいことなのではないでしょうか…。



FI2617586_5E.jpg川景色を楽しみながら、鵜飼橋をゆっくり渡り、20分ほど歩いたでしょうか、竹林が美しい、山梨県立博物館(HPはこちら)に到着しました。
もちろん、お目当ては富士川舟運関連の展示です。
撮影地点のMapion地図

まだ新しい館内に入ると、各セクションに学芸員の方がおり、直接説明を聞くことができるのが珍しく、体験型の展示が多いのも面白くて、なかなか楽しめました。
中でも印象的だったのは、地方病(日本住血吸虫病)に関連する展示でした。セクションの壁一面に、ミヤイリガイ(病原虫の中間宿主)の貝殻が、樹脂で固められて、びっしりと貼り付けられているさまは壮絶なものがあり、この地の苦しみの深さを、垣間見たような気がしたものです。

さて、富士川舟運関連の展示は、全体からすればささやかなものでしたが、情景や映像によって充実した展示がなされており、ブースも高瀬舟をかたどっているなど、気遣いはこまやかなものでした。

先にも触れたように、富士川水系の高瀬舟は備前系で、流域の厳しさからあまり大型化はなされず、積石数最大数十石程度、京都の高瀬川にあったものと、同系列のものでした。(名前が同じだけで、利根川水系の高瀬舟とは、構造、大きさ、運航方法とも、まったく異なるものです。)

それもそのはずで、富士川を可航河川に改良したのは、高瀬川を開鑿した京の豪商、角倉了以だからです。了以は、慶長12年(1607)幕命により富士川の整備にたずさわり、同17年に完成しました。当初は遡行に4日、下り1日~2日の時間を要しました。
興味深かったのは、帆装化が非常に遅かったことで、明治に入ってからとのこと。これで遡行が約2日に短縮されました。このころが、富士川舟運の全盛期だったのでしょう。

明治末から大正時代までは、鉄道も区間開通だったので、身延~甲府間の舟運は盛んだったようですが、昭和3年、身延鉄道(現JR身延線)の全通で打撃を受け、地域的な遊覧船や、漁船を残して、可航河川としての富士川の歴史は、ほぼ終焉を迎えたそうです。

関東平野の河川と異なり、昭和初期に、水運が消え去ってしまったということもあるのでしょう、郷土史としても、あまり重きを置かれてはいないように見受けられましたが、最末期の舟運の様子を、生き生きととらえた写真集(『富士川』村田一夫写真集)が発行されていたのは、大きな収穫でした。
「信玄堤」ほかの、治水関連の資料は、もちろん非常に充実しています。

(18年10月21日撮影)

【参考文献】 (上2点は今回博物館で購入)
グラフ 信玄堤 (和田一範 編)山梨日日新聞社
富士川 村田一夫写真集 富士川会
京都 高瀬川(石田孝喜 著)思文閣出版

【11月22日追記】5段目に山梨県立博物館HPへのリンクを追記しました。