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干潮時にすり抜けろ!…1

FI2617558_1E.jpgええ…えらく力んだタイトルにしてみましたが、かいつまんで言うと、「低い橋の多い水路なので、干潮の時に通り抜けないと、閉じ込められる恐れがある」だけのことでして…。

この道に詳しい方なら、お察しのとおり、今回はいわゆる「江東内部河川」の、まだあまり紹介していない、西側河川に遊んでみました。

「江東内部河川通航ガイド」(過去の記事、『通航ガイド2題』参照。東京都建設局サイトでもご覧になれます)をお持ちの方はご覧ください。内部河川のうち、西側河川(竪川、大横川、仙台堀川、平久川、大島川、小名木川の一部)は全て、紫色で塗りつぶされています。橋が低いので、通るフネはぶつからないよう、気をつけなさいという「上空高注意区域」の表示です。

橋のクリアランスは、「A.P.+×m」で表わされています。これも、ご存知の方がおられるとは思いますが、改めて…。
A.P.とは、Arakawa Peilの略、「荒川工事基準面」とも呼ばれ、東京は霊岸島の水位観測所で計測した、大潮の最大干潮時の潮位を示したもので、橋や堤防といった、土木構造物をつくる際の基準になるのはもちろん、さまざまな場面で、「高さ」を考える上でのおおもとの一つとしても、活用されています。

つまり、「A.P.+3m」と書かれた橋は、一番潮が退いたとき、水面から3mの余裕ができることになります。もちろん、潮は引ききれば、ほんの短時間で満潮に向かいますから、橋の下の高さは、3m以下である時間の方が、ずっと長いわけですが…。

これからご紹介する、いわゆる西側河川での、非常に低い橋は、茂森橋A.P.+2.3mがトップ。以下、南辻橋+2.5m、菊川橋+2.7m、大栄橋・元木橋の+2.8mが、それにつづきます。
このような、低い橋が多くある西側河川を楽しむには、最大干潮時の少し前に入り、満潮に転じた直後、あわせておおむね2時間ほどで、このエリアを脱出!するように心がけるのが、もっとも安全であることは、言を待ちません。

この伝で行くと、大潮の干潮時が理想的のようですが、そうすると、水深が1mを切ってしまう部分が何ヵ所か出てくるので、別の意味で危険があります。
昔から、ちょいちょい入ってみて、楽しみながら調べた結果、大潮の翌日の、中潮が適しているな、と自分なりに結論しました。(こんな地味なことを、昔からやっております、ハイ…)
あとは天気と休日、それと私の都合に、潮時が合ってくれれば、よろしいわけです。 

まえぶれが長くなりましたが、今回の出発点は…東雲北運河、豊洲運河、辰巳運河の交差点にほど近い、平久川の最下流部(旧平久運河)です。

本日、10月9日(月休)の潮は中潮。大潮の翌日で、前々日の大雨と、前日の強風がウソのように晴れ渡る、快晴・微風と、理想的な西側河川日和(笑)!
本日の干潮は12:06、満潮17:45です。現在時11:05、タイミングもバッチリ、さて、久しぶりに江東区を縦走とまいりましょうか。背の低いオープントップ艇の、本領発揮です!
撮影地点のMapion地図

FI2617558_2E.jpg静かな水辺を眺めながら、平久川をゆるゆる進みます。第一橋、枝川橋。

A.P.+4.0mの表示がありました。もちろん、まだまだ余裕しゃくしゃく(笑)。
撮影地点のMapion地図

FI2617558_3E.jpg太い水道管越しに見た、白鷺橋。桁下2.1mと、陸上のガードにあるような表記が…。新砂橋もそうでしたが、これは、どう解釈したらよいのでしょうか。

その向こうに、残念ながらガソリンは扱っていないらしい、例の(笑)給油所が見えます。橋をくぐれば、汐見運河との十字流。
水路の交差点って、なんべん通ってもいいものです…。
撮影地点のMapion地図

FI2617558_4E.jpg早朝のテレビで、ライブカメラが映している、首都高ジャンクションとは別の、浜崎橋です。

この先から、唐突に親水護岸が始まるのが見えます。水面に張り出して造られるので、橋の全貌が眺められなくなるのが、ちょっと残念。


FI2617558_5E.jpgこの付近では珍しい、細身のタイドアーチ、白妙橋。昭和12年に架けられた古い橋の一つで、架橋当時は、まだこのあたりは臨海部でした。

向こうにはおなじみ、平久水門があり、汐浜運河との十字流もひかえて、目印の橋としての役割を果たしています。

写真左側、白妙橋西詰には、かつて全国的に見ても珍しい、都立水上小学校がありました。
艀や曳船、高瀬舟など、船を住み家とする人々の子弟に、未就学児童が多かったためにつくられた小学校で、昭和5年に月島に開設、同15年に東京市に移管され、18年には当地に深川分校が設けられました。
生徒の自宅が、つねに移動しているという特殊な事情から、もちろん全寮制でしたが、高度成長期に入ると生徒数が減り、昭和41年には廃校になったそうです。

★水上小学校についての詳細は、「区内散歩 水に生きる人びと(八)」(中央区HP)をご覧ください。

撮影地点のMapion地図

(18年10月9日撮影)

【10月28日追記】1段目および5段目に若干追記しました。
【10月29日追記】5段目、水上小学校の項を追記しました。
【20年1月18日追記】汐見運河との十字流、白鷺橋までは、「平久運河」が正式名称とのことです。

(『干潮時にすり抜けろ!…2』につづく)