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創成川

FI2617556_1E.jpg(『石狩湾新港』のつづき)
石狩放水路水門の帰路、人気のない遊歩道を急いでいると、なんと、発電風車の組み建て現場に遭遇。
巨大な風車が、羽の先端にカバーをかぶせられて、地表に寝かされているさまは、なかなかお目にかかれない、しかも大好きな「質量過剰」な風景で、しばらく見入ってしまいました。

もう午後も遅くなり、別の予定もあるので、急いで札幌に戻らなければいけません。ちょっと欲張りすぎた感じもしましたが、順調に予定をこなすことができたこともあり、この半日の、駆け足探訪の戦果には大満足でした。

FI2617556_2E.jpg明けて10月1日は、さらに次の予定があるので、昼前には札幌を離れるという慌しさ…。

札幌駅で列車を待つあいだの、わずかな時間でしたが、かつて、札幌の物流を支えた運河、創成川を見ることができました。写真は札幌駅近く、北五条橋の上より、下流(北)側を見たところです。

二宮尊徳門下の、大友亀太郎によって、慶応2年(西暦1866年)に開鑿された、通称大友堀を原型とし、何度かの改修の結果、完成した創成川は、ほぼ直線状、南北に市街中心を貫き、札幌の市街を形成する上での、原点ともなったそうです。
以前にも触れましたが、途中には、複数の閘門が設けられていたことから見ても、物流の動脈として、重要視されていたのでしょう。

現在は、もちろん運河としての機能はありませんが、札幌駅付近は、写真のように両岸に緑地が残され、河道にも瀬や茂みが見えて、都会の水辺としては、悪くない感じですね。
もう少し下流側に行くと、緑地はなくなり、垂直護岸のみです。両岸に歩道が無いこともあり、溝つき中央分離帯…といった雰囲気になります。

創成川開鑿の歴史については、「郷愁をそそる流れ 創成川」(札幌市北区HP)に詳しく書かれていますので、ぜひご覧ください。

FI2617556_3E.jpg前の写真を撮ってから、周りを見回すと、一本南の交差点に、歩道橋があるのが見えたので、上ってみました。

写真は、北四条通りと、創成川通りの交差点にある歩道橋の上から、上流(南)側を見たところです。ご覧のとおり、暗渠化工事が進行中でした。
資料を送っていただいた、Y先生にお話を伺ったところでは、「最近は創成川も、次第に暗渠化されつつある」ということでしたので、気になっていたのですが、やはり…。

このさらに上流、中島公園を通る部分は、鴨々川と名前を変えており、水は本流である、豊平川から導水しています。
撮影地点のMapion地図

FI2617556_4E.jpg歩道橋に上がると、ひとつ発見がありました。運河として現役のころの、創成川の写真パネルが、設けられていたのです。

両岸の法面が、かなり急角度にもかかわらず、石積みなどの護岸を、全く施していないあたり、いかにも開拓地の水路という感じがします。左側につけられた段差は、曳船道で、船からの曳き綱を体に回した、曳き船人足が歩いた道です。
京都の高瀬舟と、同じくらいの大きさの艜(ひらた)が、人足に曳かれ、何隻も連なって遡行していたに違いありません。

FI2617556_5E.jpg同じ歩道橋の上から、あらためて下流側を眺めてみました。
先ほど写真を撮った、北五条橋が画面中央に見えます。

石狩川水運の、枝水路の一つとして、運河としての記憶を持った水路、創成川。その功績が、末永く顕彰されることを、願って止みません。


(18年9月30日~10月1日撮影)

(『石狩川関連の冊子』につづく)