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川の博物館

FI2617553_1E.jpg(『篠津運河水門』のつづき)
篠津運河水門をあとにして、お次は、茨戸川(ばらとがわ)と石狩放水路の分流点にある、川の博物館(石狩川治水資料館)へ…。せっかくの北海道だからとは言え、我ながら欲深な駆け足コースです(笑)。

この博物館は、石狩川を中心とした、流域の治水事業のあゆみ…特に、明治・大正時代の石狩川河川改修に心を砕いた、工学博士・岡崎文吉の事績に、力を入れた展示を行っていることで知られており、また、石狩放水路の管理棟も兼ねています。
撮影地点のMapion地図

詳細は例によって、川の博物館や、石狩川治水史北海道開発局HP)をご覧いただきたいのですが、可航水路の確保を主眼においた、岡崎の「自然主義」と称する治水哲学には感銘を受けましたし、特に直線水路における蛇行現象の研究は、澪筋の断面図も書き残されているなど、まさに目からウロコで、川に艇を走らせる身としても、この上ない資料でした。

東京近辺で、著名な河川技術者というと、まず、岩淵水門とパナマ運河の青山士(あおやまあきら)が、第一に思い出されるのですが、岡崎の功績もそれに劣らず、旧満州の遼河改修に情熱を注ぐなど、その活躍は多岐に渡りました。

FI2617553_2E.jpg写真は、川の博物館の2階から、ズームをいっぱいに効かせて、なんとか撮影したもうひとつの運河水門、志美運河水門。(Mapion地図)手前の水面は、茨戸川です。

茨戸川は、直線化した石狩川の旧河道で、東京で言う旧中川のように、新河道とは切り離されたため、排水と舟運の確保のため、石狩川との間を、志美運河で連絡しました。

志美運河水門は、前項で紹介した篠津運河水門と同じく、増水時に、石狩川からの背水(逆流する水)を防ぐために、建設されたものです。

FI2617553_3E.jpg博物館前の遊歩道から、悠然たる茨戸川の流れを、しばし堪能。

かつて、ここが石狩川本流だったころは、遡行する船は、このつづら折りの河道を通って、上流の樺戸・浦臼、もしくは創成川に入って札幌を目指したのでしょう。


FI2617553_4E.jpg目を左に転じると、国道231号線が横切る、石狩放水路の入口です。

創成川を含む、3本の運河が流入する茨戸川は、志美運河だけでは、石狩川の増水時に排水できず、洪水が起きやすいうらみがありました。そこで、茨戸川から直接日本海に排水できるように建設されたのが、この石狩放水路です。
昭和57年に完成、長さ2,458m、水路幅50m。写真にも写っていますが、入口水面には、ブイを繋いだフェンスが設けてあり、船艇の進入はできません。

FI2617553_5E.jpg放水路沿い、国道の向こう側には、2本の発電風車が間近に見え、ビュンビュンという風切り音が、ここまで聞こえてきます。
なかなか素敵な風景ですが、あいにくの強風と薄曇りの空模様が、凹凸の乏しい周囲と相増して、寂莫たる雰囲気です。

この先に、放水路水門と、石狩新港がある…。
ぜひ、水門を見てみたい!

もう、札幌に戻らなければならない時間が、迫っているにもかかわらず、足は勝手に動き出していました。

(18年9月30日撮影)

(『石狩放水路水門』につづく)