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日本橋川…11

FI2617524_1E.jpg(『日本橋川…10』のつづき)
人道橋、あいあい橋。飯田町貨物駅跡地の再開発にあわせて、平成14年に落成した、日本橋川で一番新しい橋です。
橋の中央に、ベランダ状の小休止スペースも備えられて、水面を眺めつつ一息つくには格好の場所です。

眺めていてもツマラナイよ、という向きもおられるかもしれませんが(イヤ、それが普通かな?)、魚の泳ぐ姿や、時には亀やカニ(!)も、護岸の段差に見られるようになりましたし、運がよければ、都の水面清掃船が、ゴミ取りコンベアを回転させつつ、走ってくる勇姿(笑)も、見ることができます。

FI2617524_2E.jpgこれも以前から、気になってしょうがない物件…(笑)。
これで、個人所有の舟溜りか、デリック(船を吊り上げる金具)でもあったら、川ッ舟オーナーとしては言うことなしだなあ…などと、妄想を広げてしまいます。

艇長はご近所の方でしょうか? 以前は、前述のポンツンに係留してあった気がするのですが。

FI2617524_3E.jpgいよいよ、神田川との分流点が見えてきました。

手前の新しい橋は、新三崎橋です。あいあい橋と同時期の完成ですが、こちらは新設ではなく、以前からあった橋を架け替えたもので、やはり、貨物駅跡の再開発に合わせて完成しました。
撮影地点のMapion地図

FI2617524_4E.jpg左岸にある、千代田区の新三崎橋防災船着場です。

設置されたときは、ポンツン桟橋だったのですが、増水時になんと、ポンツン桟橋が流されてしまい、今年になって、写真のような2段式の、固定桟橋に復旧されました。
他の防災桟橋が、無事だったところを見ると、やはりこのあたりは、流路の屈曲部の外側、しかも川幅の狭いところだけあって、流圧が激しかったと見えますね。

この近所に住んでいる、知人に訊いたところ、町内会の催事で屋形船を呼んだり、各種団体の川巡りイベントなどで、結構利用されているとのことでした。
時々コメント欄に、興味深いお話ををいただいている、水上バス船長のZENさんも、着岸されたことがあるのでしょうね。頻繁に大型船が入ってくるとは、頼もしいかぎりです。

FI2617524_5E.jpg新三崎橋の下から、神田川との分流点をのぞいたところです。
手前から、新旧のJR小石川橋梁、三崎橋(人道橋)、三崎橋。レンガの橋台が、明治時代の、甲武鉄道開通当時をほうふつさせます。

各橋の間にすき間があるので、新常盤橋付近ほどの詰まり具合ではありませんが、ずらりと重なる橋を見ると、やはり渡河地点とは、どうしても限られるものだという感を強くします。

元和6年(西暦1620年)、江戸城東部を洪水から守るため、現在の神田川を放水路として、あらたに開鑿するとともに、南岸に堤防を築き、その際、旧平川流路である日本橋川は、前述のとおり堀留まで埋められました。言わば平川は、直角に流れを変えられたのです。

埋められた水路が復活するのは、明治36年のこと。下流域が洪水にさらされる危険は、もちろん増したでしょうが、日増しに盛んになる水運の需要には、換えられなかったということでしょうか。
電車は今でも、かつての堤防の上を走っています。その賛否は措くとして、鉄道にせよ、高速道路にせよ、東京の水辺はつねに、これらの新しい交通機関に、空間を提供してきた歴史があるのですね。

水路の丁字路…いや、「丁字流」を、左に曲がってもいいのですが、今日はおとなしく、右へ舵を取りましょう。駿河台の堀割りの緑を、ゆっくり見てみたい気分です。


(18年9月2日撮影)

(『神田川…1』につづく)