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かちどき 橋の資料館

FI2617510_1E.jpg去る8月24日は、用足しがいくつかあって、午後休みをもらったのですが、その道々に勝鬨橋があり、せっかくなので、「かちどき 橋の資料館」に寄ってみることにしました。

この資料館は、勝鬨橋が跳開橋として働いていた時代、橋の可動部に電力を供給する、変電所であった建物を改装したもので、平成17年に開館しました。運営は、東京都建設局・道路管理部の外郭団体、(財)東京都道路整備保全公社によってなされているとのことで、入場は無料です。

この日も好天で暑く、汗だくで受付に来意を告げると、説明のリーフレットと、ちゃんと竹でできた、広告入りの団扇をいただきました。ありがたや!

(『かちどき 橋の資料館』のサイトはこちら

FI2617510_2E.jpg資料館の前庭には、二つの石碑が立っています。
瀟洒なガス灯風の照明が、かたわらに立つこちらは、「かちときのわたし」の碑。勝鬨橋が架橋されるまで運行していた、「勝鬨の渡し」という渡船の開設を記念して、明治38年に建てられたものです。

説明によると、当時の京橋区民有志が、協力して設けた渡船場を、日露戦争時のひとつの山であった、旅順要塞陥落を記念して「勝鬨の渡し」と名づけ、東京市に寄付したのが始まりとのこと。
地元民が協力してつくったものを、ポンと気前よく公にまかせてしまうとは。う~ん、江戸っ子の心意気が、カタチになったようなお話ですね…。

FI2617510_3E.jpgこちらは「海軍経理学校之碑」。
海軍経理学校は、有名な江田島の海軍兵学校、舞鶴の海軍機関学校と並ぶ、旧海軍のオフィサーを養成する学校の一つで、終戦まで築地にあり、主計科士官(金銭や衣糧の管理をする幹部…会社で言えば、総務かな?)の養成を担当しました。

海軍の学校としては珍しく、銀座もほど近い環境にあったことから、ダンディで鳴らした海軍さんの中でも、経理学校の士官は、もっとも身のこなしがスマートと言われ、女性にモテモテ(笑)だったとか、当時を知る方からうかがったことがあります。

FI2617510_4E.jpg肝心の資料館ですが、なにぶん変電所の建物を、改装したとは言え、そのままの規模で展示に供しているため、少々手狭な感はいなめません。

しかし、2台ある、勝鬨橋の歴史や構造を開設したビデオ上映は、長過ぎず短過ぎず、貴重な写真も多数挿入され、また、図解も詳しいわりにはこなれていて、この橋のことを、知りたいと思っておられる方には、知識欲を満足させる充分な内容が、詰まっているように思えました。

写真は、2階の操作盤室から、1階の変電室を撮ったものですが、2台並ぶ直流発電機や、天井の整備用ホイスト(手動クレーン)、タイルで厳重に絶縁された床は当時のままで、機械がお好きな方には、実際に使われていたもの特有の、生々しい魅力が感じられることと思います。

ビデオの内容で、目からウロコだったのは、風や気温の影響によって、橋の開閉に必要な電力も変動があるのだ、ということ。なるほど、風に向かって橋が開けば、相当な抵抗となりますよね。漫然と開いたり、閉じたりを繰り返しているわけでなく、運転にも技量が必要だったわけですね!

FI2617510_5E.jpgこれは2階の操作盤室にある、操作盤の一部です。

個人的な好みからいえば、もうシビレます(笑)。
理由は長くなるので略しますが、鉄板プレス枠にカバーガラス(アクリルやプラでなく!)のはまった、ボルトメーターやアンメーター、やたらに太いナイフスイッチなんか、もう…泣けてきます(笑)。

2階のテーブル席では、数人のお客さんが、勝鬨橋内部見学ツアーの、書類を記入しながら談笑中でした。資料館より、こちらのツアー(と言うか、勝鬨橋そのもの)が主力展示物なのでしょう。
ちなみに、ツアーは無料ですが、往復ハガキでの申し込みが必要で、見学日時は追って沙汰する(笑)とのことです。またの機会に、挑戦してみることにしましょう。

(18年8月24日撮影)

(『勝鬨橋周辺を歩く…1』につづく)