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魅惑の水郷…2

FI2596964_0E.jpg(『魅惑の水郷…1』のつづき)
ベンチに座って談笑している、船頭のおばさんたちにたずねてみると、乗船する人数に関係なく舟を出してくれ、一周40分ほどとのこと。二人でも出してくれるのなら、気兼ねがなくていいなと、お願いしてみることにしました。

私が声をかけた間なしに、一見ノンビリしていた船頭さんたちが、いっせいに立ちあがって、準備や説明にと、テキパキと動き始めたのには、びっくりしました。古くからの観光地ですから、お客の扱いには、慣れているのでしょう。
観光地化しているのはどうも…、という向きもありましょうが、私には、お客さんを大事にしてくれる雰囲気があふれていて、とても好ましいものに思えました。

船頭さんが乗り込み、船外機がかかる音がして、早速出港。
戸立造りの船首を持つサッパ舟は、木造FRP被覆構造のようで、艫の戸立に穴が開けられ、穴にはまるようにして、小型の船外機が取り付けられていました。
胴の間にはござと座布団が敷かれ、きれいに掃き清められています。隅に、丸棒を曲げた枠が積まれているところを見ると、胴の間にオーニングを張ることもできるのでしょう。

船頭さんは、この地にお嫁に来てから40数年、この仕事を続けられているそうです。船頭さんの雰囲気が、私の祖母にも似ていることもあり、年配の方に舵を取ってもらうというのも、少々恐縮しましたが、お話はとても面白く、年の功を感じさせました。

まずは与田浦を東へ進みます。前回書いたように、最初はあまり乗り気でなかった私も、舟が進むにつれて、次第に気分が高まってきました。
なにしろ、見渡すかぎり起伏のない、平べったい土地です。加えて、地面と水面の高さが、非常に近いのです。それだけで、なんだか、興奮してきてしまいました。ヒョイと舟をつなごうと思えば、どこでもできそうな岸辺ばかりですから…。

FI2596964_1E.jpgふと岸を見ると、モーターボートを草むらに寄せて、釣りをしている人が。このあたりに母港があれば、利根川は言うに及ばず、霞ヶ浦や北浦、印旛沼といった、広大な内水面と、無数の閘門を、我が物と走りまわれるのですね…。
東京湾~印旛沼間を通船化する計画、実現しないかなあ…。

広かった水面は次第に狭まって、舟は先ほどクルマで渡った、与田浦橋をくぐり、左鋭角に針路を取って、新左衛門川に入ります。

かつての与田浦は、水郷の3分の1を占めると思われるほど、広大な湖だったのですが、前回触れた土地改良の際、主に常陸利根川から浚渫した土砂で、田の面積を増すために埋めたてられ、川のように細長くなりました。
もっとも、この地に人が住みついて以来数百年、肥沃な浚渫土を盛って、田や生活空間を僅かづつ増やして行く作業は、度重なる洪水と闘いつつ、営々と続けられてきたのですから、与田浦が狭められたのは、むしろ努力の結果なのでしょう。

私の住む東京と、ここ十六島、町場と田地の違いはあれ、沖積低地での営みは、必然的に埋め立てをともなうあたり、妙なところで親近感を覚えてしまいました。人がつねに水防活動をするなど、面倒をみていないと、東京も十六島も、いずれは水に帰ってしまうであろうところも、よく似ています。
撮影地点のMapion地図

FI2596964_2E.jpg新左衛門川に入ると、さっそく他のサッパと行き合いました。
ご覧のように、オーニングを張り、前面に窓枠をはめたものが多く、我々の舟のように、開放したままのものは、ほとんど見えません。当日は好天とは言え風があり、舟が走ると少し肌寒い、ということもあったのでしょう。

船頭さんも「寒かったら、綿入れ半纏があるから着なさいよ」と言ってくれました。しかし、眺望の点では断然、開放式の方がよく、第一屋根付きだったら、思い通りに写真も撮れなかったでしょう。このことでも、あの船着場から乗ったことが、幸いしたと思いました。

新左衛門川の川幅が狭まり、水路好きとしてはイイ感じになってきました。水面からの高さを稼ぐためでしょう、中央部をわずかに高めた、しかも平べったい桁橋が、生きている水路を実感させます。水辺を走る道路が低く、水面から周囲が見晴らせるという、ただそれだけのことが、実に新鮮。もうひとつひとつが、嬉しいことばかりです。

しかし、走るサッパを始めて見て、舷側のゆるやかな曲線といい、戸立造りの船首といい、実に格好のいい舟だなと、改めて惚れこみました。かつての利根川水運の主役、高瀬舟も、これに似た二枚造りの戸立でした。もちろん高瀬舟は、サッパとは比較にならない、居住設備も付いた、最大級の川舟ですが…。
今回サッパの元気な姿を見て、やはり川舟の船首は、一本ミヨシもいいけれど、小粋な戸立に限るなあ、と思った次第です。
(↑こんなうがったことを、長々と書き連ねるあたり、興奮している証拠とお察しください…)

FI2596964_3E.jpg開けた風景から、家並みが水辺に迫る、生活感のある雰囲気になってきました。水路はますます狭くなり、それにつれて興奮の度合いも、いや増します。

土地が低いので、橋の前後だけ土盛りがしてあるのは、東京の江東地区と同様ですが、すべてが小ぶりである分、手に触れんばかりの近しさがあり、ええと、なんと表現したらいいのか、とにかく、形容しがたい感動がありました。

民家の土台そのものが、水路の岸である上、かたわらに架かる橋は、むりやりと言った感じでガードレールをしょい込み、さらに脇には水道管を吊り下げている…。
次々と目に飛び込んでくる、濃厚な水路風景、圧倒的な情報量に、いやもう、いっぱいいっぱいですわ…。

FI2596964_4E.jpg民家のある角を曲がると、再び周囲が開けたおとなしい眺め(?)となり、若干クールダウン(笑)。

とは言うものの、並木や土手の新緑も美しく、爽やかな水路風景です。両岸の平場には、使われなくなった農舟が、たくさん並べられており、あれは何か、と船頭さんにたずねると、これには菖蒲が植えられていて、満開になると実に綺麗なのだそうです。花壇となって、観光に一役買っているとは、粋な廃物利用じゃないですか。

爽やかな並木道に癒されて、安心していたら(笑)、虚をつかれました。
「こ、ここに入るの!?」
一本道だから、当たり前なのですが、つい船頭さんに(しかも詰問口調で)訊いてしまいました。
「そうだよ~」と、私の亡くなった祖母に似た船頭さんは、動揺を隠せない、若造の無礼な質問にも、涼しい顔で答えました。
いや、すごく狭いし、橋の間からのぞく水路の雰囲気が、もう谷中の路地に近いよ。別に、怖がっているのではありません。何度も本で見たはずの、水郷十二橋の水路なのですが、写真の印象とは、えらく感じが違います。
もちろん、ホンモノの方がずっと、面白いのです。「百聞は一見に如かず」という古諺を、地でゆくことになるとは、思いませんでした。

単に狭い水路ではなく、これはもう、雰囲気が道そのもの、なのです。
天然の河川でなく、洪水から街を守る放水路でもなく、ましてや物流の動脈としての運河でもない…これは人いきれのする「道」、生活水路とも言うべき、人のいとなみが生んだ水路の原点が、口を開けていました。
私はそれを、生まれて初めて見せつけられ、なんとも言いようのない気持ちになったのです。好奇心のメーターが、振りきれてしまったようなと言えば、近いでしょうか。

繰り返しになりますが、私、水郷をナメていました。
撮影地点のMapion地図

(18年5月4日撮影)

(『魅惑の水郷…3』につづく)

【追記】5段目に地図リンク追加しました。