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平成7年8月・江戸川…1

FI2105300_0E.jpg私が、三浦半島のマリーナを母港にしていた平成5年夏、通運丸に代表される、かつての利根川航路に魅せられて、江戸川遡行に挑戦し、あえなく敗退したことは、過去の記事で、すでにお話ししました。

今回はその後、平成7年8月に再挑戦して、前回よりは上流まで行けたものの、やはり尻尾を巻いて逃げ帰ってきた、その一部、最終到達点付近の写真を、恥ずかしながら、何点かご覧に入れます。

最初の写真は、武蔵野線の江戸川橋梁を、上流側より撮影したものです。
アルバムには、「8月2日~6日」とありますので、2日朝に三浦を出発、デッドスローで、慎重に澪筋を確かめながら江戸川を遡り、この時点ではもう、午後遅かったはずです。

河口から30km余り、頭の皮が張るほど緊張の連続で、ようやくたどりついた未踏破の水面でした。
この日は、利根運河江戸川口で碇泊し、夜を明かすつもりでしたので、目的地まではあと一息でした。
撮影地点のYahoo地図

FI2105300_1E.jpg武蔵野線橋梁、流山橋をくぐってしばらく行くと、水面から橋脚だけがぽつぽつと顔を出した、橋の遺構が見えてきました。橋脚の短さから、潜水橋(増水時は水没する構造の橋)であったことは、想像がつきました。

岸から見れば、遺構として興味深いものですが、当時10ン年落ちのポンコツ艇に乗る身としては、不気味きわまりない存在です。

「落下した橋桁が、沈んでたりしていないかしら…?」と、スロットルをますますしぼり、エンジンのチルトはさらにアップにして、こわごわ橋脚の間を抜け、何事もなく通過した時は、ホーッと息を吐いたものでした。

この橋脚群、まさかウェブ上の地図には、掲載されていないだろう、と見てみたら、意外や、きちんと表示されていて、驚きました。
橋脚までちゃんと記入してあるYahoo地図!】

FI2105300_2E.jpgこの写真は、どういうつもりで撮ったのか不明ですが、画面右下、わずかにハルの一部が見えることから、上流に向かって、左舷側を撮影したことが解ります。おそらく、潜水橋の橋脚を、過ぎた直後の風景でしょう。

下に述べた引き返し地点も、この写真のような、潅木や草むらが岸まで迫り、なにか渓谷のようなおもむきだったのを、今でもハッキリ思い出します。

確かこの近くだったと思いますが、中学生くらいの男の子数人が、岸で水遊びをしており、私の艇を見つけると、喚声を上げてしばらく追って来た、なんてこともありましたっけ…。(もう遠い目)

FI2105300_3E.jpg高速道路が見えてきました。常磐自動車道の流山IC付近で、上流側よりの撮影です。
残念ながらこの写真が、実質、もっとも上流で撮った写真になりました。

この少し上流が、引き返し地点なのですが、アワを喰っていて、写真を撮るどころの状態ではありませんでしたから…。
撮影地点のYahoo地図

両岸に草むらが迫る、川幅の少し狭まった、流れの早いところにさしかかったとき…
「ごぉいぃん」
と、えらい音がして、たまげました。まあ、一生忘れられない音です。

エンジンは、プロペラが水面上に出るか出ないか、のギリギリまでチルトアップし、舵利きを維持できる最微速で、しかも前方のさざ波一つにも、細心の注意をしていたにもかかわらず、暗岩かなにかに、ペラが直撃してしまったのでしょう。
不運としか、言いようがありません。

エンジンは停止し、艇は流れに回され始めました。あたふたとバウに走り、アンカーを放り投げて、錨掻きを確認すると、エンジンを一杯に上げて、ペラの状態を確認。3翼あるペラのうち、一枚の先端が、数cmに渡って醜く曲がり、最初にぶつかったと思われる部分は、欠けてしまったようでした。
恐る恐る、エンジンを元に戻し、キーをひねると、なんとか始動! レバーを倒すと、前後進とも異常なく回転し、軸はやられていないと、安堵しました。しかし、ペラの曲がり方はひどく、高速回転はどう見ても無理です。

今考えれば、低回転でしたら、問題なく航行できるのですから、せめて目前に迫った利根運河を見てから帰れば、よさそうなものですが、アワを喰っていた当時の精神状態では、「突破するより引き返せ!」なることわざ(?)を脳裏に描くのが精一杯…。あっさりと回頭して、引き返してしまったのです。

おかげで、利根運河を目指すより、危ない目にあうことになりました。
引き返し地点はこのへんと思うYahoo地図

FI2105300_4E.jpg流山を過ぎたあたりで、もう夕方といってもよい時刻でしたので、デッドスローで河口近くまで帰るとなれば、当然ながら、途中で日が暮れ始め、行程の半分は、夜間航行となってしまいました。

両舷灯、マスト灯を点灯し、頭を振り絞って澪筋を思い出しつつ、抜き足差し足の、まさに手探りです。
こんなに長い時間、夜間航行をしたのは初めてだったので、新鮮ではありましたが、今振り返れば、なんでこんな危険なことをしたのか、さっぱり説明できません。どこか適当なところで、停泊して夜を明かしたほうが、よほど安全であることは、言うまでもないからです。
まあ、浅瀬の多い水路を、夜間航行できたという意味では、いい経験にはなりましたが…。

写真は、これも場所は不明ですが、帰途に撮影した唯一のものです。
この夕焼けを見て、里心がついたのかもしれませんね。

(『平成7年8月・江戸川…2』につづく)