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入江川水系を眺める…12

(『入江川水系を眺める…11』のつづき)
FI2618256_1E.jpg次々と現れる、桟橋化改造船に目を奪われていると、漁船群の向こうに新子安駅近くの、高層ビル群が見えてきました。

入江川第二派川の終わりも間近、子安浜の東の果てです。




FI2618256_2E.jpg列車の走る音に右手を見ると、電気機関車に引かれたタンカーが通過中。今まで気づきませんでしたが、高島線の線路が、すぐそばまで迫ってきていたのですね。

頭上を走る首都高の音は、ほぼ真下を移動していたせいか、意外なくらい気になりませんでしたが、首都高の桁に反響するのでしょう、貨物列車の音は結構大きく、ちょっと驚かされたほどでした。

FI2618256_3E.jpg入江川、入江川第一派川との十字流が近づいてきました。写真左手から来て、右の鉄橋をくぐるのが入江川。幅が狭まるので、少し左へ寄るような形になりますが、直進すると入江川第一派川です。(Googleマップはこちら

この日は、例によって「呼ばれていない」と思わせる、何とはなしの抵抗感があったので、入江川第一派川の探索はまたのお楽しみとし、入江川を下って、外に出ることにしました。

FI2618256_4E.jpg独特の建築群と、「船いきれ」のあふれる、大都会の中の漁村風景、子安浜。
水門や巨大橋などの、耳目を集めるストラクチャーこそないものの、その濃厚さは、国内で1、2を争う水路風景と言っても、言い過ぎではないように感じられました。多くの人がこの風景に惹かれ続ける気持ちが、今回実見してみて、わかったような気がしたものです。

今回はのぞき見ただけだった、小派川たちの探索も兼ねて、また近いうちにお邪魔してみたくなりました。

FI2618256_5E.jpg十字流で針路を右へ、入江川を下ります。

北風がどっと入ってきて、水面に細かな波が立ち、船足もぐっと速まりました。川に見送られているような気が…(イヤ、追い出されているのかしら?)
撮影地点のMapion地図


(20年11月1日撮影)

(『入江川水系を眺める…13』につづく)
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入江川水系を眺める…11

(『入江川水系を眺める…10』のつづき)
FI2618255_1E.jpg長屋の増築率が上ったと思う間もなく、今度は長屋そのものがぶつりと途切れ、水際には戸建ての二階屋が並ぶようになりました。

一戸建てだけあって、さらに各戸の個性が強くなり、色もなかなかカラフル。二階建ての母屋(?)から、桟橋に向かって軒を長く突き出すさまは、独特の雰囲気があり、「子安浜建築」として、内外に保存を呼びかけたら…などと、素人の妄想が爆発してしまいました。

FI2618255_2E.jpgまた派川を横切りました、入江川第二小派川です。全長300m、出田町と恵比須町の間から、遠くベイブリッジを望むことができます。

むっ、右手に見えるクレーン、なかなかそそるシルエット…。
今度、じっくり眺めに来よう。


FI2618255_3E.jpg前方の橋は、富士見橋ですね。おや、また旧橋脚を避けて、新しい橋脚を建てた橋だ…。さっきの新浦島橋と、同じ工法ですね。

う~ん、これも「子安浜式架橋法」として、ぜひ、指定文化財登録を!
イヤ、すみません、調子に乗りすぎました。

FI2618255_4E.jpgこの旧橋脚は、新浦島橋よりずっと細いですね。もとは人道橋だったのかもしれません。

しかし、なぜこのような工法を採ったのでしょう。船や人家が密集していて、大規模な工事ができないからでしょうか。昔の大型和船には、梁一本でも旧船の部材を使用すれば、新造ではなく、修繕とされるたてまえがあったそうですが、この橋の造りにも、それに近い理由があるのかもしれませんね。

FI2618255_5E.jpgおお、この桟橋化改造船は、またダイナミック…。

船首の乾舷からして、現役時代は堂々たる威容を誇っていたことでしょう、小屋掛けした部分の収容力も、今までのそれとは桁違い。20f程度の艇なら、両舷に4隻はもやえそうで、改造船の王様の風格がありました。
撮影地点のMapion地図


(20年11月1日撮影)

(『入江川水系を眺める…12』につづく)

入江川水系を眺める…10

(『入江川水系を眺める…9』のつづき)
FI2618254_1E.jpg長屋の前にもやうフネブネを見ていて、興味深かったのは、桟橋化している船(いや、もと船?)が多いこと。写真左の船は、キャブ直後の甲板に小屋掛けをし、漁具の倉庫としての役割もしているようです。

岸に平行している長屋の桟橋の構造から、岸と直角にミヨシづけし、船首から乗り降りするかたちをとるのが普通なのでしょうが、やはり舷側がつけられる桟橋があったほうが、繋留も簡単にできて便利なのでしょう。

FI2618254_2E.jpgこちらは、接舷した艇からの乗り降りがしやすいよう、舷側をざっくりと切り取り、上部構造も取り去って、かなり徹底した、「ポンツン桟橋化加工」をされていますね。
ちょっとかわいそうな感じもしますが、引退後も再度のご奉公ができると考えれば、船にとっても、悪いことではありますまい。

タネとなる船の形はもとより、用途に応じて加工の度合いも異なるので、スタイルも規模も千差万別。工夫を凝らした改造ぶりは、廃船再利用の見本市のようで、見ていて飽きません。

FI2618254_3E.jpgあるところから、桟橋付き長屋の増築率(?)が急上昇し、屋上には、総じて本格的な造りの、こぎれいな小家屋が立ち並ぶようになりました。

鉢植えで軒下を飾る家もあり、のどかな生活臭の漂うそのさまは、伊根の舟屋を思い出させる光景。ここが工業地帯と、市街地に挟まれた水路であることを、しばし忘れさせるような眺めでした。

FI2618254_4E.jpg家並みを割って伸びる、青い桁橋は、子安駅近くの国道15号線から分岐し、守屋町1丁目に渡る唯一の橋、常盤橋。

写真の右手に、面白いものを見つけました。



FI2618254_5E.jpg橋詰に接して建てられたこれは、コンクリート製のスロープをもつ船小屋。小さいながら、インクライン式の船台も備えられた、立派なものです。

漁協で建てたのでしょうか、子安浜に並ぶ漁船たちの、造修施設として使われているのでしょう。
撮影地点のMapion地図


(20年11月1日撮影)

(『入江川水系を眺める…11』につづく)

入江川水系を眺める…9

(『入江川水系を眺める…8』のつづき)
FI2618253_1E.jpg新浦島橋をくぐると、雰囲気はがらりと変わって、漁船が所狭しと舷を接し、舳艫を並べる岸辺が、見渡す限り続く水面が広がります。

いや、今まではほんのさわりに過ぎず(とは言っても、充分濃厚でしたが…)、入江川第二派川の真髄は、ここから始まると言っても、言い過ぎではありますまい!

FI2618253_2E.jpg浦島町の東半から、子安通1丁目の全幅を占めるこの水辺は、通称「子安浜」と呼ばれ、運河化した旧海岸線に沿って、他所では見られない、独特の漁港風景が広がっていることで、好事家の間ではつとに有名です。

目前を工業地帯の埋立地に阻まれ、さらに大都市の一角でありながら、かたくなに、「漁村」であることを守り続けてきた心意気は、その一風変わった家並みとともに、多くの人を惹きつけたに違いありません。

こちらを知ったのは、前回の新浦島橋と同じく、「横浜蒐集10 子安浜」(横浜蒐集録/風色)を読ませていただいてからです。他の湾奥にある漁村同様、漁業権を放棄しながらも、結構な水揚げ量があること、漁協も機能していて、小なりと言えど地場産業として盛業中であることなど、興味深く拝読しました。

漁船群が高密度でもやう、「船いきれ」がムンムンしそうな水路風景に惹かれ、今回初めて訪れてみると…、失礼ながらフネそっちのけで、何より意識してしまったのは、初めて目にした、この…「桟橋つき長屋建築」、とでも言うべきものでした。

FI2618253_3E.jpgこの桟橋付き長屋、遠目にコンクリートの肌を見ただけなので、詳しいことはわかりませんが、築4~50年といったところでしょうか。

桟橋と同レベルの、恐らく倉庫として使われる部分はともかく、フラットな屋上には鉄柵をめぐらし、外階段を設けた、展望のための用途以外は、考えにくい造りになっていることが、まず気になりました。

写真のように、一軒(?)分しかないような、短い幅のものにも、丁寧に屋上が造られているところを見ると、長屋群が公道からの眺めをさえぎるため、眺望を確保するための、公共用スペースとして、造られたようにも思えたのですが、いかがでしょうか。

FI2618253_4E.jpgもっとも、ご覧のように屋上にプレハブを建てたりと、どれも何らかの形で増改築がされているので、初期の構想が例えそうであったとしても、今は一般の人が、ここへ上るのははばかられるでしょう。
しかし、家並みから公道をはさんだ水際に、船をつけるための準私有地が確保されているさまは、かつての物揚場や、河岸の構造とよく似ていて、そのあたりからも惹かれるものがあります。

…などなど、妄想が次々に湧いてきて、眺めるほどに興味は尽きません。そもそもを含めて、ご存知の方、ぜひご教示いただきたいものです。

FI2618253_5E.jpg長屋にコーフンしていたら、入江川第三小派川(Googleマップはこちら)を忘れるところでした。長さ450m、新浦島町1丁目と、守屋町1丁目の間を通り、終端部はかぎの手になっています。

こちらから見ると、守屋町側は緑が濃く、一見船影に乏しいようですが、高島線の橋の向こうには造修施設があり、常にバージや曳船がもやっているようです。
撮影地点のMapion地図

(20年11月1日撮影)

(『入江川水系を眺める…10』につづく)

入江川水系を眺める…8

(『入江川水系を眺める…7』のつづき)
FI2618252_1E.jpg大きな半径で、ゆるく右へカーブしてゆく水路を東進してゆくと、小工場の家並みが途切れ、タイルの色がなかなか素敵な、2棟のマンションが見えてきました。

むむ、このマンションは…。



FI2618252_2E.jpg「マリーナクラブ横浜」という名前もさることながら、目を引かれたのは、手前の護岸。明らかに、ポンツン桟橋が備えられていたと思しき、I形鋼のレールが並んでいました。

もしかすると、マリーナを冠した名前にたがわず、専用の桟橋を持っていたマンションだったのかもしれませんね。




FI2618252_3E.jpg浦島町と、新浦島町を結ぶ、新浦島橋です。「入江川水系を眺める…3」で紹介した、竜宮橋に引き続き、浦島太郎ゆかりの地名と橋ですね。

うーん、この橋も古いのか、だいぶ痛んでいるようです。ところで、鋼材を組んだ橋脚をご覧ください、ずいぶん、妙な形をしていると思いませんか? 年季が入っている割には、ずいぶん粗い組み立てに見え、仮設構造物のような雰囲気ですね。

FI2618252_4E.jpg…なんと、レンガ製の、恐らく先代橋の橋脚を避けた格好で、今の橋を支える鋼材の橋脚が組まれているのです。

中央径間のアーチ右下が、崩壊しかかっているところを見ても、レンガの橋脚が荷重を支えているようには、とても思えません。旧橋脚を撤去する手間を省くためと思われますが、それにしても、不思議なことをしたものです。

この新浦島橋の存在は、「横浜蒐集10 子安浜」(横浜蒐集録風色)で知ったのですが、実物を見ると、想像以上に古い時代のもののようで、すっかり興奮してしまいました。

FI2618252_5E.jpg橋をくぐってから、振り返って。橋脚が華奢であるところから見て、先代橋は木製桁橋でしょうか。

アーチの下に4つ、石材の出っ張りが見えますが、アーチを組む際の、支保工の支えのみに使うには大きいことから、ここに斜材をつっかえて、木製桁を支えていたのかも…などと、素人の想像をしています。

しかし、大都会のただ中にひっそりと、しかも保存さているでもなしに、レンガの構造物が息づいているとは! 横浜の奥深さを、改めて感じさせた物件でした。
撮影地点のMapion地図


(20年11月1日撮影)

(『入江川水系を眺める…9』につづく)