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新左近川…2

(『新左近川…1』のつづき)
FI2618113_1E.jpg入口近くの北側には、江戸川区陸上競技場の大きな看板が。

護岸沿いに、緑地が整備されているのはこのためですね。ここも、鳥の鳴き声が賑やかでした。




FI2618113_2E.jpgさらに進んで、左近川マリーナのエリアに。ちょっとお邪魔します…。静かな水面に広がるバースには、結構な大型艇ももやっており、船上で過ごす人影も多く見られて、活気があります。

う~ん、こうして見ると、マリーナのバースの上を、橋、しかも下路式の立派な橋が架かっているのって、なかなか素敵ですね。全国的に見ても、例が少ないのではないでしょうか。橋が好きな身としては、うらやましい限りです。

FI2618113_3E.jpgスロットルを、しぼるだけしぼっていたにもかかわらず、川鵜(?)君を驚かせてしまいました。ごめんなさい…。

護岸沿いは、遊歩道になっているので、マリーナ内の水面にもかかわらず、釣りをしている人が多く見られました。



FI2618113_4E.jpgつばさ橋をくぐります。橋の真下にもバースが伸びていて、ちょっとした屋根付き繋留場になっているのですね。

これもマリーナとしては、珍しい光景です。夏などは、涼しくていいでしょうね。オープン艇の方も、カバーなしで保管ができそうです。



FI2618113_5E.jpg次の青い桁橋は、新左近橋。これも人道橋です。
マリーナは、橋の手前まで広がっているのですが、ここはよそ様のお庭先。これ以上お邪魔するのもはばかられるので、新左近川散策は、ここまでとすることにしました。

新左近橋の奥は、柵で仕切られた水面…新左近川親水公園になっており、貸しボートもあります。
数年前に訪ねて、足漕ぎボートを楽しんだことがあるのですが、写真を撮っていませんでした…。また近いうちに、遊びに行ってみたいものです。
撮影地点のMapion地図

(20年6月15日撮影)

(『荒川湾岸橋づくし』につづく)
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新左近川…1

(『新左近川水門』のつづき)
FI2618111_1E.jpg水門をくぐると雰囲気が一変、緑豊かな風景が広がりました。木が多いせいでしょう、鳥たちの鳴き声が盛んに聞こえ、のどかな雰囲気です。

水深は相変わらず浅く、1mを切っているのですが、水際に砂が積もった石積み護岸が、緊張した空気をやわらげてくれ、デッドスローで両岸の景色を楽しみつつ、進むことができました。

FI2618111_2E.jpgこれは帰路に撮ったものですが、ご覧のとおり、石積み護岸区間はわずかで、南岸はさらに短く、入ってすぐに漁港のエリアが始まります。

いや、しかし、この区間の浅さは、水門の立派さからは想像できないほどです。私の後に入ってきた漁船も、デッドスローで慎重にやり過ごしていました。繋留艇の皆さんは、ご苦労が絶えないことでしょう。

FI2618111_3E.jpgちょっと気になったこれ、漁港エリアの西端にある、船台らしきもの。

東西方向に傾斜が付いており、盤木が並べてあるところを見ると、大型艇を引き上げて使う、修理用の船台のようですが…。岸と平行に造られていたり、高さも、満潮時の水面下より低そう、など、船台としては使い勝手が悪そうで、本当のところはわかりません。

FI2618111_4E.jpg漁港の繋留施設は、河岸棒を突いた間に、ミヨシ付けで艇を並べるという簡素なものですが、隙間なく小型漁船が並ぶさまはなかなか壮観で、漁師さんの姿も多く見え、活気があります。

水深は、変わらず1m前後なのですが、極端に浅いところはなく、安定しているようなので、デッドスローでさらに奥へ。

FI2618111_5E.jpg漁船の船溜の向こうには、プレジャーボートの繋留水面が広がっています。遠くに見えるタイドアーチは、人道橋・つばさ橋。

水面の過半を埋める繋留艇の群れ、フネブネの姿が堪能できそうです。
撮影地点のMapion地図


(20年6月15日撮影)

(『新左近川…2』につづく)

新左近川水門

FI2618109_1E.jpg6月15日は、荒川河口近くの未紹介水路、新左近川を訪ねてみました。

現在の荒川が開鑿される以前、江戸川と中川の間に生じた砂州の、ささやかな澪筋の一つだった左近川も、埋め立ての進展にともなって長くなり、かつて海だった荒川側の区間は、新左近川と名付けられました。
(Wikipedia『左近川』に、詳しい記事が掲載されています。)

近場にもかかわらず、可航範囲が短いということもあり、今までなかなか関心が湧かなかったのですが、江戸川方面へのお出かけを機に、お邪魔してみることにしたのです。

FI2618109_2E.jpg荒川東岸、中川河口のすぐ下流でもあるここ、新左近川水門がその入口です。

以前も紹介しました(『ちょっとお散歩…1』参照)が、真っ赤に塗り上げられた扉体に、ちょっと厳めしい感じのする操作室と、イカすいでたち。左右の堤防上に、三角にとんがったテトラポット(?)の子分たちを従えているせいか、何か誇らしげにも見えます。
撮影地点のMapion地図

FI2618109_3E.jpg下から見上げてみると、スキンプレートはフラットではなく、台形断面に盛り上がらせた作りで、しかも、斜めに切り落とされた小口には、しっくり収まったようにハシゴが取り付けられるなど、ディテール豊かな扉体です。

訪問時は午前も遅く、ちょうど満潮に向かう時間帯でした。そのため、軸線を水門に定めても、スロットルをしぼると、船体がどんどん上流側に持っていかれます。カメラを構えたくても、舵とレバーからあまり手が離せず、ちょっと気が抜けない進入ではありました。

FI2618109_4E.jpg水門をくぐった直後、振り返って。堤防道の橋桁もお揃いの赤で塗られていました。橋の上は、厳重にフェンスで囲まれており、ゆっくり水路を眺められるような雰囲気ではなさそうです。

よく見ると、水門の裏側の目立たない位置にも、表同様、立派な一文字づつの銘板が掲げられていました。


FI2618109_5E.jpg水門の直後に架かる、船堀通りを渡す蜆橋の下には、信号に電光掲示板、それに回転灯と、水門の付属機器がこぢんまりとまとまっていました。

その横の注意書き、「航行注意 水門付近両岸 たいせき土砂あり」…そう、水門の入口付近から、新左近川にかけては、非常に浅いのです。
名だたる大河の河口ですから、堆砂はまあ、仕方がないのですが、新左近川の入口付近は、この時点で、魚探の感が0.8m!

大潮の干潮時など、入出港はほとんど不可能なのではないかと、心配になってしまいました。ぜひ、時々浚渫してあげてほしいものですね。


(20年6月15日撮影)

(『新左近川…1』につづく)

岡山に行きたくなりました!

FI2618110_1E.jpg水門日記」のご紹介記事で知って以来、時々のぞかせていただいている、ji4nef氏のブログ、「きまぐれ写真」。

その名のとおり、写真中心のブログで、ほんの一部のエントリを除いて、キャプションのたぐいが一切ない、ある種潔い構成なのが特徴ですが、やはり惹かれるのが「ダム 水門」のカテゴリーです。

全体像だけでなく、巻上機器や、銘板までしっかり記録されるそのカメラアイから、ji4nef氏も、相当の水門好きであることがうかがえますね。

その中でも特に、最近アップされたこの水門には、ハートをガッチリわしづかみされてしまいました!

まず、帯金でつないだ木製の扉体が、鎖で吊り下げられているという、古典的な型式にも惹かれたのですが、周囲の雰囲気も、それに輪をかけて素晴らしい。ほどよく風化した肌のコンクリート躯体、草いきれが伝わってくるような、天端をおおう青々とした草むら…。この臨場感は、ji4nef氏の、水門への愛情にあふれた写真のお陰でしょう。
まだ国内にも、こんなのどかな水門風景が残っていたのか! と、感動することしきりでした。

2日後に掲載されたこちらは、同じ水門の表側ですね。前後の写真を拝見すると、この水門の横にも、いま一つ2径間の木製水門が、さらに背後には、木造の建屋を持つ、排水機場があるようです。

この排水機場の建屋も、羽目板は継ぎだらけ、屋根も重みで、老馬の背のように湾曲して、まるでイタズラ小僧が秘密基地にする、廃屋のような雰囲気。建屋の裏面にも、木製の扉体が2枚付いて、さながら木製スライドゲート天国です。う~ん、これはぜひ行ってみたい…。

ji4nef氏は、岡山県在住とのこと。そういえば岡山は、江戸時代、全国に広がった備前系高瀬舟の発祥の地であり、さらに、倉安川の吉井水門はじめ、日本最古級の閘門が複数ある、わが国の水運・土木の先進地…。

こんなにも素晴らしい、水門風景があることもわかったことだし、機会があったら、ぜひ岡山を訪ねて、水門めぐりをしてみたくなりました!

(写真は欠真間3号水門、20年6月15日撮影)

仲江間をゆく…6

(『仲江間をゆく…5』のつづき)
FI2618108_1E.jpg閘室の中から、北側を見たところ。扉体の汚れから、水深は0.5mほど、利根川に水位を合わせた状態でも、1mに満たないと思われました。

閘門のすぐ脇を、交通量の多い道路が横切っているにもかかわらず、閘室の中は静かで、シャッター音がやけに大きく聞こえるほどでした。





FI2618108_2E.jpg西日の射した側壁が、荒れたコンクリートの肌を見せていました。加藤洲閘門(過去の記事『ふたたび水郷へ!…2』ほか参照)にくらべると、繋留用アイやフェンダーの備えもなく、しごくあっさりとしています。

本来の地面は、この側壁より若干低く、「微」高地、という呼び名が、いかにもしっくりくる地勢です。


FI2618108_3E.jpg心ゆくまで閘門を楽しませてくれた、船頭さんにお礼を言って、船を戻してもらうことにしました。さすがに閘室の中は狭く、転回ができないので、水路幅のあるところまで、後進離脱。

閘門を出たところで、前回来たときも気になっていた、奇妙なキノコ型の木が目に入りました。閘門を、盛んに舟が出入した時代から、ここで見守ってきたのでしょうか。

FI2618108_4E.jpg仲江間閘門のギッシリぶりを眺めながら、名残を惜しみつつ帰途へ。わずかな時間でしたが、静かな、楽しいひとときを過ごすことができました。

次に訪れるときは、ぜひ、きちんと通航させてもらって、利根川へ出てみたいなあ…。


FI2618108_5E.jpg麗しの直線水路、今に生きる、エンマの中のエンマ、仲江間。
今回舟行きしてみて、改めて、その良さが心に沁みました。少なくとも私にとって、これほど水郷らしい水路は、他に無いように思われたものです。

この日の「水運趣味スポットめぐり」を、思ってもみなかった、素敵な水路行で締めくくれたのは、船頭さんたちのご理解のおかげです。奥水郷観光協同組合・中洲船頭組合の皆さん、無理を聞いていただき、ありがとうございました!


(20年5月6日撮影)

5月6日の項の参考文献
国土作りの礎 (松浦茂樹 著)鹿島出版会
水郷の原風景 千葉県立大利根博物館

(この項おわり)