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和船友の会で体験乗船…2

(『和船友の会で体験乗船…1』のつづき)
FI2617949_1E.jpg勇んで海辺乗船場に駆けつけてみると、本日2度目のドッキリ。「強風の為 操船中止」の貼り紙が…。
会員の皆さんも、一部片づけを始められていました。そういえば、先ほど写した和船も、一艘はオーニングをかけていましたから、もう仕舞いに行く途中だったのでしょう。

う~ん、やはり寝坊したのが仇になったか…。ご迷惑とは思いつつも、もう一押し、お願いしてみることに。「先ほど電話したものですが…」

FI2617949_2E.jpg幸い、年配の方の判断で、特に舟を出してくださることになり、丁重にお礼を申し上げて、桟橋に出ました。

風が強く、狭い水路上では、注意を要することには変わりないので、櫓を担当する方のほか、胴の間に一人、ミヨシ(船首)近くに櫂を持った方が一人と、ベテランお二人がサポート役として、乗り組んでくださることに。
乗客2名に対し、会員の方3名で舟を動かしていただくという、はなはだ贅沢な水路行となり、やはり無理を言って悪かったかしらと、恐縮しきりです。

FI2617949_3E.jpg貸していただいた救命胴衣をはおり、木の感触が心地よい、胴の間に腰を下ろすと、伝馬船は早速解纜。船着場を離れて、まずは親水公園の南端へ向かいます。

ちょっと意外だったのは、櫓を握るのが、とても若い男性会員だったこと。失礼ながら、一見華奢な彼の印象とは裏腹に、櫓さばきは堂に入っていて、しかも力強く、舟はグイグイと風をついて快走します。
ベテラン会員のお話によれば、若者だけでなく、女性会員も数名おられ、しばらく練習して経験を積んだのち、試験にパスして初めて、お客さんを乗せての「営業航行」が許されるのだとか。

FI2617949_4E.jpg先ほど渡った、千砂橋をくぐった先の水路の太くなったところで、舟を回頭させて北上。ミヨシ近くに座ったベテラン氏が、回頭の際などに適宜櫂を使って、風による横流れを補正してくれました。

漕ぎ手の方の力漕で、先ほどくぐった海砂橋が、あっという間に近づいてきました。船着場の前を過ぎて、しばらく北上します。

FI2617949_5E.jpg水管橋の陰になり、よく見えませんが、清洲橋通りを渡す、岩井橋をくぐります。

このすぐ右手は、橋の下の空間を利用した、和船友の会の船溜りになっているとのこと。未使用時にはオーニングをかぶせるとはいえ、何しろ大切な和船です、雨露をしのげる橋の下は、格好の格納場所に違いありません。
船溜りの水面は、杭とロープで区切られているようでした。
撮影地点のMapion地図

(20年1月27日撮影)

(『和船友の会で体験乗船…3』につづく)
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和船友の会で体験乗船…1

FI2617948_1E.jpg1月27日は、江東区の横十間川親水公園で活動している、「和船友の会」を訪ねて、櫓で漕ぐ和船の、体験乗船をさせていただきました。

13年前に、江東区在住の船舶関係者OBを中心に、小型和船関連の技術保存と伝承を目的として結成され、その活動はたいへん盛んで、各方面で紹介されているので、ご存知の方も多いでしょう。(当ブログでも『荒川閘門完成!…1』以下のシリーズで、会所有の船影を紹介しています)

ふだん和船好きを公言している割には、訪ねるのが少々遅すぎた感もありますが、まあ、これはちょっとしたわけがありまして…。
この日は寝坊して、現地到着が午後になってしまいました。写真は、乗り場である尾高乗船場にほど近い、千砂橋の親柱。あれ?何だか様子がおかしいな…。

FI2617948_2E.jpg周囲に人影はなく、しかも水辺はフェンスで閉鎖されて、工事中のようですね。
ちょっと慌てましたが、橋詰に掲げられた看板を読んでみると…、尾高乗船場は、親水公園東岸が工事中のため、3月中旬まで休止中、和船乗り場は海砂橋西詰近くの、海辺乗船場に移っていることが判明。すぐ近くなので、ホッとしました。

いや、前回のこともありますから、ちゃんと事前に電話して、運行は確認しておいたのですよ。
撮影地点のMapion地図

FI2617948_3E.jpg千砂橋の上から北方、海砂橋を望むと、いましたいました。和船が一艘、まさに橋をくぐるところ。

電話で応対してくださった方のお話では、「風が強くなったら、運行を中止することがある」とのことでしたので、午後に入って風も出てきたことから、もしや動いていないのでは…、との心配もありましたが、どうやら大丈夫のようですね。

FI2617948_4E.jpg海砂橋の上から見た、海辺乗船場。桟橋では、会員の方々が立ち働いているのが見え、受付らしい建屋の周りにも、結構な人数が出入りして、賑わっています。

手すりに干してある、黄色いオーニングは、各艇の保管時にかぶせておくものなのでしょう、船名や船種名が書かれていますね。
撮影地点のMapion地図

FI2617948_5E.jpg乗船場の右に目を移すと、軽快に櫓走する2艘が行き合い、離れてゆくところでした。
複数の櫓走船が、同じ視界の中を動いているという、ただそれだけで、もう嬉しくて泣けてきますわ!

さっそく乗船場に行って、体験乗船をお願いしてみるとしましょう!


(20年1月27日撮影)

(『和船友の会で体験乗船…2』につづく)

がっかりしたけれど…2

(『がっかりしたけれど…1』のつづき)
FI2617947_1E.jpg屋外展示の家々の中をのぞいてみると、どの家も造りに合わせて、お正月の飾りがしてありました。

写真の家は、床の間に花瓶に生けた松と、幣や鏡餅が飾られており、大切にされている感じが伝わってきます。
前回の訪問時にも触れましたが、復元または移設された建築群を、外観だけでなく、内部まで当時の日常を再現しようという、博物館側の心意気が見て取れるようで、展示物を眺めている気がしない、と言っても言い過ぎではありません。

FI2617947_2E.jpg賑やかなお囃子の音がして、獅子舞の一行が家々をめぐり始めました。
小さな子供の中には、お獅子を見たとたん、火がついたように泣き叫ぶ子もいて、見物の輪からどっと笑いが起こります。

お囃子の方々も、相当年季が入っているのでしょう、流れるような見事な音色を味わうことができ、ここでも、往時の浦安が目の前によみがえったような、楽しい気分になれました。

FI2617947_3E.jpgこちらは、「青べか物語」の作中でも、主人公「蒸気河岸の先生」が通う店の一つとして出てくる、天ぷら屋「天てつ」のモデルである、「天鉄」を再現したもの。
内部は、山本周五郎と「青べか」に関する展示がされた、休憩所になっています。

目を引かれたのは、「天鉄」ではなく、その前の路上で繰り広げられていた、これ(↓)…。

FI2617947_4E.jpg…ベーゴマです。
ちゃんと、ゴム引き布をバケツにかぶせた土俵で回しているのも、久しぶりに見ましたが、興じる子供たちの腕前が見事で、ちょっと感動させられるものが…。

彼らの雰囲気も、これまたイイ感じでして、しぐさや物言いが、何と言うか…実にストレート(笑)で、大人が声をかけようものなら、ピシャッと言い負かされそうな迫力すらあり、勝負は真剣そのもの!
まさに、「青べか」に出てくる少年少女…「長」や「おたま」が、現代にタイムスリップしてきたように思える、元気な腕白くんたちでした。

FI2617947_5E.jpgそんなわけで、最初はがっかりさせられたものの、やはり和船のいる水辺を再現した展示は楽しく、前回とは違った表情も味わえて、帰るころにはすっかり上機嫌になっていたのですから、安上がりなものです。

しかし、見るにつけ欲しい気持ちがつのるのが、このベカ舟。川や運河を乗り回すには、大きさも手ごろだし、何よりオモテフナバリ(船首近くの横木)に、帆柱を立てられる穴が開いているのが魅力です。
これで江戸川や見明川(過去の記事『見明川…1』以下のシリーズ参照)を、のんびり帆走してみたいですねえ…。

(20年1月6日撮影)

(この項おわり)

がっかりしたけれど…1

FI2617946_1E.jpgお正月休みも、終わりに近づいた1月6日。
ふと、一昨年3月に訪ねた、浦安市郷土博物館で、船大工氏に「今度は焼玉(エンジン、左の写真参照)を動かすから、またぜひ来てください。」と言われていたのを思いだし、久しぶりに浦安を訪ねることにしました。
お休みの日は、確か14時から運転を行うはず、と、勇んで博物館へ。
(過去の記事『浦安市郷土博物館…1』以下のシリーズ参照)

ところが…、いざ博物館の入口に立ってみると、「お正月のイベントで獅子舞を行うため、焼玉エンジンの運転はお休み」とのアナウンスが!

イヤ…………、あらかじめ問い合わせなかった、私が悪いのは言うまでもありませんが……。さすがに、ガックリきていると、私の落胆ぶりが、あまりにも大きかったせいでしょうか、係の方が「遠くからいらしたんですか?」と、声をかけてくれました。

ここで、「ええ、パラグアイ(他意はありません)から来たんですが…これを逃すと、もう一生見られないと思うと…ううう(泣)」などと一芝居打てば、焼玉エンジンを特別に動かしてくれそうな、そんな期待を持たせる発言ではありましたが…。私はあいにくと、ウソをついてまで自分の欲望を満たすような、心根は持ち合わせておりません。
「いえ、近くですから、またうかがいます」と応えて、とりあえず展示を一回り見ようと、館内へ入りました。

FI2617946_2E.jpg家族連れで賑わう館内を巡り、昔の浦安市街を再現した屋外に出ると、焼玉エンジンを納めたトタン小屋はもとより、展示のフネブネもお正月の装いで、沈んだ気分も晴れてきました。

ベカ舟たちのミヨシ近くには、小さな松飾と、半紙にちょこんと乗せられた鏡餅が備えられ、拭き清められた白木の船体とあいまって、清々しい雰囲気に包まれています。

FI2617946_3E.jpgちょっと嬉しくなったのは、水路にもやう打瀬舟が、二つ折りの状態とは言え、弥帆と本帆を上げていたこと。

船体の大きさに比べると、大面積の帆を持っているのは、もちろん網を引くためでしょうが、これで追手帆走(ランニング)したら、ファインな船型もあって、素晴らしい速度が出たことでしょうね。

FI2617946_4E.jpg弥帆…ヨットで言うと、ジブといったところ。セミ(滑車)や、帆桁と帆の取り付けなどがよくわかります。
帆を上げたところを見てしまうと、和船好きとして、ぜひ帆走を体験してみたいものだという欲望が、ムクムクと湧きあがってきました。私の艇に、こんな帆をつけてみたら…なんて、無理があり過ぎる妄想をしてみたり(笑)。

私は、動力船への興味が強くあったので、帆走経験は子供のころに、ホンのかじった程度と、極めて乏しいのですが…。それでも、良い風を捉えて快走したときの感覚は、例えがたい快感として、強く印象に残っています。

FI2617946_5E.jpgほどなくして、水路では「もやいの会」会員による、ベカ舟の体験乗船が始まりました。短い水路ですから、ほんの20mほどを2往復するだけですが、さすが経験者、櫂を棹のように巧みに使って、見事な操船ぶりです。

船頭さんのサービスで、舟をわざと揺らしたり、橋の手前ギリギリで停めたりするたび、乗っている子供たちから、大きな歓声が上がります。
ちなみに、最初は一艘でお客をさばいていたのが、たちまち希望者で長蛇の列ができ、急遽二艘目が出動、往時の境川を髣髴させる賑わいとなりました。
短い水路とは言え、やはり舟に乗って水の上に出るということは、老若を問わず楽しめる何かがあるようです。子供たちの笑顔に囲まれて、老船頭の顔も輝いて見えました。

(20年1月6日撮影)

(『がっかりしたけれど…2』につづく)

河港・小見川の記録写真集

FI2617944_1E.jpg水の上の残影 印画紙に記録された小見川の水運 (ワールドムック428)
篠塚榮三 著 発行:ワールドフォトプレス社
B5判 並製カバー付 148ページ 平成15年8月発行

かなり以前の発行になるものですが、水運を主な題材とした写真集、という意味では、貴重な存在ですので、あえてご紹介します。もちろん、現在でも入手できる本です。

小見川在住の写真家・篠塚榮三氏が、戦前から数十年にわたって撮影した、下利根有数の河港街・小見川の風景を、昭和20~40年代のものを中心に選り抜いた写真集です。
千葉県香取市小見川のMapion地図

サブタイトルに、「小見川の水運」という一語を入れてあるとおり、町営渡船や水辺の情景など、河川交通に関連した写真は、豊富に掲載されてはいるものの、決してそれだけではないところが、この写真集をより、魅力的なものにしているように思います。

まず、水運関連を眺めると、利根川高瀬舟の最後の一隻、高崎丸の棹での航行風景、舷側まで通学の生徒を満載して走る、息栖~小見川渡船、阿玉川のエンマをゆくサッパ…などなど、史料として極めて貴重なショットも、少なくありません。個人的にはもう、興奮の連続(笑)で、この方面に興味のある向きには、そそる写真が満載、と言って間違いないでしょう。

別の意味で、面白く思ったのは、祇園祭りの盛大さや、花街としての側面を写したスナップもさることながら、NHKの素人のど自慢大会の会場となったり、また町営球場でのプロ野球戦も行われるなど、当時の小見川の殷賑ぶりを、うかがわせる写真でした。
昭和20~30年代の河港街が、水運による物流拠点として、いかに経済力を持っていたかを知ることができ、ある種圧巻ではありました。

よき時代の日常を、丁寧に切り取ったようなカメラアイは、地元在住カメラマンの面目躍如といったところですが、それにつけても、街の人々のスナップを見て思うのは、この時代の小見川住民の、表情の明るさと身なりのよさです。
産物の集散地、地域の中心としての誇りが、この街の人々の顔に、現れているように感じられたものです。

惜しむらくは、小見川市街を一覧できる地図のたぐいが、全く載せられていないことでしょうか。
建物や橋などの、魅力的な写真も少なくないのに、街の中心を流れる川と、それらの位置関係が把握できないのは、残念なところです。当時の小見川を描いた、絵地図が添付されていれば、利根川水運史ゆかりの地を探訪する人のためにも、役立つものになったことでしょう。