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横浜の川をめぐる…2

(『横浜の川をめぐる…1』のつづき)
FI2617812_1E.jpgヨットハーバーの横を過ぎると、造船所が見えてきました。

二つのインクライン式船台の上には、それぞれ、バージと曳船が引き上げられているのが見えます。船底を塗装しているのでしょうか。

ちなみに、堀割川は、中村川から分流して根岸湾に注ぐ、全長2.7kmの二級河川で、水運路の開発と、湿地埋め立て用土砂の確保を兼ねて開鑿、明治7年(西暦1874年)に完成したそうです。(Wikipedia『堀割川』参照)

手元の史料に良いものがないので、細部に不明な点があるのがもどかしいのですが、おそらく横浜開港直後から、外港というか、補助泊地としての根岸湾が、注目されていたのではないでしょうか。
そうでなければ、わざわざ低い丘陵を掘り割ってまで、艀船路の疎通をはかることは、ないと思われるからです。

昭和4年に発行された地図を見ると、堀割川河口には、かぎの手に防波堤が伸び、周囲には埋立地が広がりつつあるのが描かれており、戦前すでに、相応の港湾設備があったことがわかります。
もちろん現在は、根岸湾も横浜港の一部となっています。

FI2617812_2E.jpg首都高湾岸線の下から、JR根岸線鉄橋を望んだところ。

このあたりは、曳船や台船の姿も見える船溜り。先のヨットハーバーや、造船所の存在もあって、河口港の雰囲気が濃く漂います。
撮影地点のMapion地図


FI2617812_3E.jpg埋立地らしい風景から、次第に民家やマンションなど、生活感のある街並みが目につくようになると、本来の第一橋が見えてきました。本牧通りを渡す、八幡橋です。

右手奥に見える台船や、左のクルーザーの向こうで、釣りをしている人を計3人発見、さっそく緊張させられましたが、デッドスローで走っていたせいか、とくにお咎めなし。

FI2617812_4E.jpg八幡橋をくぐった直後から、雰囲気は一変します。いや、こちらが本来の堀割川と言うべきでしょう。

果てしなく続く、傾斜のついた石積みの護岸、そして点々ともやう船、フネ。比較的近い地面に加え、両岸には道が平行して視界は広く、街中の水路としては、恵まれた環境にあると言えるのではないでしょうか。

さえぎるもののない頭上に、川に沿うようにして並ぶ浮雲たちが、いかにも夏らしく、開放的な気分を盛り上げてくれます。
石垣護岸の味わい、フネブネのいる生きた水路…いや~、さすが横浜! 来てよかった…。
撮影地点のMapion地図

FI2617812_5E.jpgぎらぎらと容赦なく照りつける太陽の下、やはり癒されるのは、こんもり茂った緑したたる木々。
こちらは、八幡橋の名前のもとでもあるのでしょう、八幡神社の杜です。

川面から沿岸を眺めていると、緑のあるところは、まるで大海にある島のように目立ち、しかも大抵は神社仏閣であるため、橋に次いで、位置確認には欠かせない目標なのです。

昔の回船乗りは、船とかかわりのある神社の沖を通るときは、帆を半ばまで下げるという、「船の挨拶」をして敬意を表したそうで、ぜひ一度やってみたいのですが、あいにく我が艇には、帆がありません…。


(19年8月12日撮影)

(『横浜の川をめぐる…3』につづく)
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横浜の川をめぐる…1

FI2617811_1E.jpg8月12日は、横浜市内の川を訪ねてみました。

以前も何度かお話しましたが、東京湾奥、北西岸に沿ったかたちで、河川と運河のみを通って、移動できるルートがあります。
旧江戸川流頭部を出発点とするなら、横浜市磯子区の堀割川河口まで、およそ60km。(Mapion『キョリ測』でルートを表示できますこちら
昔から、荒天時の避航路として知られ、近年は雑誌やウェブで紹介されたこともあり、利用する艇も増えてきました。

途中、海老取川のような狭窄部や、橋の桁下高が低いところもあるので、通過できる艇のサイズは限られますが、むしろそのことが、20ft前後から、それ以下のサイズの小型艇の遊び方――風波には弱いが、狭水路にもどしどし入ってゆける、取り回しの良さ――を、示しているように思えたものです。

ともあれ、今日はその「内水路ロングランルート」の南端部を、根岸から横浜港に向けてたどる形で、横浜市内の3つの川を楽しんでみようと思いたち、東京から根岸湾までは直行コースを取ろうと、久しぶりに海に出ました。

好天でしたが、南の風がやや強く、波長の短い三角波が立っているところもあり、川になじんだ木っ端ブネとしては、思うようにスピードが出せません。
次々と追い抜いてゆく大型艇を横目に、変針点である、東京湾横断道路の「風の塔」横を通過、根岸湾を目指します。
撮影地点のMapion地図

FI2617811_2E.jpgまずは、横浜ベイサイドマリーナ(サイトはこちら)に入港。燃料補給に寄ったのですが、ついでに昼食もとってしまおうと、燃料桟橋から電話して、バースの空きを確認したら、すぐに達けられるとのこと。

とにかく広大なマリーナで、燃料桟橋からビジターバースまで、ぐるっと回るだけで、優に東京ドーム外周の距離くらいは、走ったように思えました。港内を移動する艇、入出港する艇も多くにぎやか、さすが、日本一を称するだけはありますね。
撮影地点のMapion地図

FI2617811_3E.jpg何しろ、いつもは艇の上で、家から持参のお弁当を開く、というパターンがほとんどですから、入港、上陸して昼食というだけで、ものすごいイベント(笑)のように思え、ウキウキもしようというもの。
その上、ここはマリーナとしては珍しく、大規模なショッピングモールも併設されているので、食事の場所にはこと欠かなそう…。

と思って、モールに繰り出してみたものの、夏休みとあって、どのお店も長蛇の列…。
仕方なく、センターハウス(マリーナ事務所棟)に戻り、軽食スタンドで済ませることになりましたが、やはり、上陸しての食事は楽しいものです。繋留した愛艇の姿を遠くに望みながら、おいしくカレーをいただきました。

FI2617811_4E.jpg腹くちくなったあと、ベイサイドマリーナを勇躍出港、根岸湾の奥へと舵を切ります。
ちょっとゆっくりしたのは、理由がありました。この日は、最大干潮時が11時ごろで、あまり早く川に入っても、潮位が低くては、危険が多いと思ったからです。

ここは、高い煙突やクレーンが立ち並び、本船が接岸する臨海工業地帯。
前方、半島状に突き出した埋立地の上にそびえるのは、横浜火力発電所です。目指す堀割川は、あの奥、左手にあります。
撮影地点のMapion地図

FI2617811_5E.jpg堀割川の河口に到着しました。左手は横浜市民ヨットハーバー、正面の高い桁橋は、首都高湾岸線の高架です。

湾内とはいえ、木っ端ブネにはちと厳しい海を越えてきただけに、穏やかな水面が嬉しく、優しく歓迎されているような気持ちにすらなりました。
今日はこの川に「呼ばれている」ようです! きっと、楽しませてくれるに違いありません。川に応えるようにして、スロットルをしぼり、帽子をかぶりなおしました。
撮影地点のMapion地図


(19年8月12日撮影)

(『横浜の川をめぐる…2』につづく)

富山みやげ

(『松川を棹舟でゆく…4』のつづき)
FI2617810_1E.jpg酷暑に悩まされながらも、楽しかった富山散策の締めくくりは、街歩きとお買い物。富山最大の繁華街、総曲輪商店街のにぎわいを眺めたあとは…やはり、富山とくればココでしょう(笑)。

江戸時代からの妙薬、反魂丹の発売元として有名な、池田屋安兵衛商店を訪ねました。重厚な蔵作りの構えが素敵です。店内には、丸薬製造が体験できるコーナーのほか、薬膳料理が楽しめる食堂「薬都」もあります。
池田屋安兵衛商店HP

FI2617810_2E.jpgおみやげに、飴やお茶を買おうと思って入ったのですが、やはり惹かれてしまうのが、一袋売りしている薬の、パッケージのカラフルかつアナクロ(笑)な魅力…。

中でも珍しい、乗り物を題材にした絵柄の薬を2つ、買ってしまいました。
真ん中に舞うツバメが、昔の「特急つばめ」のマークを思い起こさせるデザイン。でも、下に描かれた列車は、どう見てもアメリカ風なのが妙でヨイです!


FI2617810_3E.jpgこれはミサイルなのでしょうか、ロケットなのでしょうか。
いずれにせよ、「サブマリン707」にでも出てきそうな、昭和30年代末ぽい格好とカラーリングに、ハートをわしづかみされてしまいました。
ミサイルのように、コーソクであっという間に効きそうですね!

二つとも、味わい深い絵柄なので、封を切るのがもったいなくて、結局使わなそう…。

FI2617810_4E.jpg今回、一番嬉しかったおみやげがこれです。「神通橋」。
先ほどもお話した、神通川の旧河道に架かっていた、舟橋をモデルにしたお菓子です。

「史跡銘菓」と銘打つあたりが、泣かせるじゃないですか。箱絵もきれいで、当時の光景が髣髴できます。
製造元・吹澤屋についてはこちら。(富山まちかどデータベース



FI2617810_5E.jpgご覧のとおり、ちゃんと舟の形…それもなかなかプロポーションのよい、和船の形をしています。皮はさっくり、餡も甘すぎなくて、美味しくいただきました。

あ、全部、自分で食べたのではありませんよ! それでは、おみやげにならないじゃないですか(笑)。自分は一つだけいただき、残りは同僚にふるまいました。


(19年8月8日撮影)

5月27日の項の参考文献
運河論(矢野 剛 著) 巖松堂書店
月刊グッドラックとやま 2007年5月・6月号 ㈱グッドラック
富山の近代化~街はこうしてつくられた~ 富山市郷土博物館

(この項おわり)

松川を棹舟でゆく…4

(『松川を棹舟でゆく…3』のつづき)
FI2617809_1E.jpg並木の緑にはさまれた川面に、石造の橋台地を持った、薄緑色の鋼アーチが見えてきました。今回の真打ち、桜橋です!
橋台の石材が、土手や並木の緑とマッチして、何十年も昔の川景色を見ているようです。おりしも、市内線の路面電車が通りかかり、一緒に写真に収めることができました。

昭和10年竣工、国指定登録有形文化財とのこと。中島、牛島の2閘門といい、富山は文化財の指定を受けた土木構造物が、いくつもあるのですね。いい街だなァ…(涙)。
撮影地点のMapion地図

FI2617809_2E.jpg千秋さんの以前のリクエスト(過去の記事『橋の裏側…1』『橋の裏側…2』参照)を意識して、桜橋の裏側も撮ってみました。

最近塗り替えられたのでしょうか、汚れや錆びもあまり見られず、表面はなかなかきれい。リベットが一面に打たれた鋼橋の美しさを、存分に味わうことができました。
タイトル画像もご覧ください)

FI2617809_3E.jpg桜橋を抜けたところ。緑多い土手のある両岸に、柵のない親水スペースが続く、大都市の水辺としては、理想的な環境です。

少し先に、川幅の広がったところが見えてきました。合流点かな?


FI2617809_4E.jpg鼬川との合流点でした。松川はここが終点、舟もここで引き返します。写真中央の茶色い桁橋は、今木橋です。

ここでまたも、アオサギ君に遭遇。さっきと違って、彫像のように動きません。ただ、暑いのか口を半開きにして、ハァハァしていましたが。
船頭さんが、棹を操りながら「お客さんの中には『あれ、作り物でしょう』なんて言う人もいるよ」と、笑いながら話してくれました。これだけ小魚が豊かにある川なら、アオサギ君たちも、さぞかし住み心地が良いことでしょうね。

FI2617809_5E.jpg合流点から、鼬川の下流を見たところ。

「ここをずっと下れば、牛島閘門の横に出るわけですね」と、船頭さんに話しかけたら、「いや、行けないよ。ほれ、そこに堰がある!」…あ、なるほど。写真中央、新桜橋と宮下橋が架かるすぐ手前に、落差ができていました。

…あれ? とすると、先ほど見た大型艇(白い方、『滝廉太郎Ⅱ世号』)を、富岩運河に持っていくには、どうしているのかな? と疑問をぶつけてみたら、「クレーンで吊り上げて、トラックに載せて行くんだよ!」
ええ? あんな狭いところから、トラックに積んで移動するとは! 豪快な解決方法に、感心してしまいました。

まあ、水辺整備に熱心な富山市のこと、いずれ、松川から直接、富岩運河に乗り入れられるよう、工事をしてくれるに違いない! …などと妄想させるほど、富山の水辺は、素晴らしいものがありました。
船頭さん始め、お世話になった皆さん、ありがとうございました!
撮影地点のMapion地図


(19年8月8日撮影)

(『富山みやげ』につづく)

松川を棹舟でゆく…3

(『松川を棹舟でゆく…2』のつづき)
FI2617808_1E.jpgおお、なかなかイイ感じのフラップゲートが! 護岸に玉石が組まれているのも、味わい深いですナァ…なんてね(笑)。

緑の土手に囲まれて、水も底が見えるほど澄んでいるという、環境の良さのせいでしょうか、仮にこのゲートが側溝の余水吐けだとしても、ちっともぶちこわしな感じがしないのが、不思議なところです。


FI2617808_2E.jpg船頭さんに、名前を聞くのを忘れてしまいましたが、音を立てて水を流す、小さな派川の姿が見えました。目の前にかかる、コンクリート桁橋も古そうで、いい雰囲気です。戦後すぐくらいの竣工でしょうか。

しかし、護岸をコンクリートの生地でなく、玉石を張ったことによる効果は大きいですね。苔むした護岸から、水面に目を落とすと、小魚がたくさん泳いでいるのが見え、本当に、大都市の中心部とは思えません。
撮影地点のMapion地図

FI2617808_3E.jpg三つ目の橋、舟橋です。コンクリート桁の横に、舟のへさきのようなものが二つ突き出て、その間に鎖が渡されているのは、訳があります。

ここがかつて、神通川の広大な本流だったころ、「舟橋」があったことを、記念したものなのです。橋の北方、かつての河川敷だったところには、舟橋南町、舟橋北町の地名が残っています。

舟橋の構造は、64艘の舟を鎖で連結し、その上に通路としての板を渡したもので、増水して流速が激しくなると、中央で鎖を切って、舟橋の流失を防いだそうです。国内の舟橋としては最大規模で、北陸の名物として、錦絵などでもたびたび紹介されました。

ここで舟はUターンし、もと来た川を下ります。と言っても、松川茶屋に帰るのではなく、さらに下流まで見せてくれるのです。以下にご紹介しましょう。
撮影地点のMapion地図

FI2617808_4E.jpg塩倉橋下流の景色です。並木の枝が垂れ下がって、水面に涼しげな影を作り、船頭さんの軽妙な語り口も楽しく、猛暑の中であることを、しばし忘れさせてくれます。

葉影の向こうに見え隠れする白い橋は、華明橋。この左には、富山市役所があります。
撮影地点のMapion地図

FI2617808_5E.jpg華明橋のすぐ下流、奥田屋旅館前には、東屋とベンチのある、好ましい雰囲気の親水施設が…。

ここに貸しボート場があると、最高なんですがねえ…。いや、他意はないのですが、自分で川を走ってみたい、という気持がどうしてもあって…。
撮影地点のMapion地図


(19年8月8日撮影)

(『松川を棹舟でゆく…4』につづく)