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松川を棹舟でゆく…2

(『松川を棹舟でゆく…1』のつづき)
FI2617807_1E.jpg舟は松川茶屋を離れ、まずは上流へ向かいます。船頭さん持参のラジカセから、静かに流れるBGMは、「春のうららの…」でおなじみの「花」。さすが、滝廉太郎ゆかりの土地だけあって、粋な選曲です。

両岸は緩傾斜の土手に玉石の護岸、桜並木も続き緑豊かで、大都市の中心部を流れる川とは思えない風景です。
撮影地点のMapion地図

FI2617807_2E.jpg城址公園をかすめる河道は、生い茂る木々のおかげか、川面を渡る風も涼しく、汗が引いてゆくのがわかります。

護岸の段差に、放心しているように立っている、アオサギ(?間違っているかも)君を発見。我々を認めると、やけに人間臭い動作で、もさもさと土手を登って逃げてゆく姿が、妙におかしく、一同大笑い。


FI2617807_3E.jpg最初の橋が見えてきました。県庁のある新総曲輪と、城址公園を結ぶ、七十二峰橋です。

高欄に、ガラスの美しい装飾が施されたこの橋、名前のとおり立山七十二峰が望めるとか。本当かな?
撮影地点のMapion地図

FI2617807_4E.jpg左手には、湾入状につくられた、城址公園の水辺が広がります。舟で訪れて、ここでお弁当を広げたりしたら、楽しいでしょうね。

写真を取るタイミングを、逃してしまいましたが、写真中央奥にチラッと見える赤いものが、庭園内の泉水に架かる橋、景雲橋。
船頭さんによると、これからくぐる松川の橋たちと、この景雲橋を含めて「松川七橋」とのこと。くぐれない、見るだけの橋が含まれているとは、ちょっと意外でした。

FI2617807_5E.jpg次に近づいてきた橋は、安住橋。富山城の別名、安住城より名前をいただいたそうです。

この橋、昭和8年に建造されたコンクリートアーチ橋で、ぜひ見たかった橋のひとつなのですが、両脇に増設された、歩道の桁橋部分が大きく張り出しており、本体は陰になって、ほとんど見ることができませんでした。しかも惜しいことに、近々取り壊しの予定だそうです。
昔の写真を見ると、日本橋川の錦橋(過去の記事『日本橋川…8』参照)を豪華にしたような、なかなか味のあるデザインの橋でした。
撮影地点のMapion地図

(19年8月8日撮影)

(『松川を棹舟でゆく…3』につづく)

松川を棹舟でゆく…1

(『牛島閘門…2』のつづき)
FI2617806_1E.jpg昼食後、富山城址本丸の松川畔にある、松川茶屋に向かいました。
正面から見ると、緑豊かで閑静な印象ですが、対岸は富山県庁、富山市役所などの施設が集中する、まさに富山の心臓部です。

松川茶屋は、富山観光遊覧船株式会社が運航する、松川遊覧船の出発点です。到着の2時間ほど前に、電話で予約をしておいたところ、船頭さんの手配をしてくれました。

富山のど真ん中をつらぬく川を、しかも、船頭さんが棹さす舟で水路行ができるのですから、富岩運河を船で味わえなかったウップン(?)も晴らせそうで、都市河川が好きな身としては、期待に胸がふくらみます。
撮影地点のMapion地図

FI2617806_2E.jpg出発まで余裕があるので、周囲を探索してみました。松川茶屋を、対岸から見たところです。

階段を降りたすぐ下には、川面を間近に感じられる親水テラスがあり、木々に覆われた茶屋とよくマッチして、涼しげな雰囲気です。
茶屋の中では、高校生たちがかき氷をほおばっており、のどかな夏休みの午後、といった感じでした。

FI2617806_3E.jpgこちらの岸にも、同様の親水テラスがあるので、降りてみました。正面のコンクリート桁橋は、塩倉橋。富山駅に通じるメインストリート、城跡大通りを渡します。

橋の下には、遊覧船の本拠地だけあって、自航バージ型の船2隻を始め、何隻かの船がもやっており、静かな水面に活気を与えています。

FI2617806_4E.jpgテラスから上がって、ふと足元を見ると…ほほう、ここは旧塩倉橋の橋台跡だったのですね。
説明文によると、昭和27年に、戦災復興事業で現橋ができるまで、昭和初期にかけられた旧橋が、ここに架かっていたとあります。

現在の松川・鼬川の、市中心部の河道は、かつての屈曲していた神通川の、旧河道を利用したもので、岩瀬・富岩運河の開鑿残土で埋め立てて市街地化、残りを現在の松川・鼬川の河川敷としたいきさつも、併せて解説されていました。
ステキな土木スポットに立つ松川茶屋! 川舟の出発地として、歴史的にも興味深い場所にあるのですね。

FI2617806_5E.jpg店内に入って来意を告げると、嗄れたいい声の老船頭さんを紹介され、さっそく舟へ案内されました。

テラスにもやわれていた舟は、キャンバスの日除けに胴の間のござと、道具立ても揃った、FRPながら良い雰囲気の和船タイプ。動力はなく、船頭さんの棹さばきで進みます。櫓や櫂に比べて、最も熟練を要するといわれる棹で、川をゆくことができるなんて、ある意味、最高の贅沢です!
富山城下を貫流する松川、どんな表情を見せてくれるのでしょうか…。


(19年8月8日撮影)

(『松川を棹舟でゆく…2』につづく)

牛島閘門…2

(『牛島閘門…1』のつづき)
FI2617805_1E.jpg閘門の全景をもう一つ、運河側に架かる橋の上から。

前回も触れたように、木製の扉体であり、扉体に直接設けられた注排水装置と、国内の閘門としては、貴重な特徴を備えた牛島閘門です。ぜひ、可動状態を末永く維持していただき、また、単なる静態の記念物に終わらず、どしどし動かして、実際に使っていただきたいものですね…。

FI2617805_2E.jpg新四ツ屋橋を渡って、鼬川の対岸から、牛島閘門と鼬川の接続部を撮ってみました。ご覧のとおりの、まだ新しそうな水門(樋門かな?)が、水路の入口を守っています。通常時は閉じているようですね。

ええ…猛暑でボケていたせいか、この水門の銘板を見てくるのを、忘れてしまいました(泣)。というわけで、名前はわからずじまい。
撮影地点のMapion地図

FI2617805_3E.jpg新四ツ屋橋の上から、鼬川の下流方向を見たところ。水門のすぐ下流には堰があって、大きな落差ができているのがわかります。

この場所に立って、出発前、検索で表示された記事の中に、「富岩運河を通り岩瀬へ 今夏にも運航実験」(北日本新聞社HP)という、水路好きとしてはオッ、と色めき立つものがあったのを、思い出しました。

八田橋近くの鼬川公園から、牛島閘門を利用して富岩運河に入り、岩瀬に至る観光船のルートを市が検討しており、約10人乗りの艇をチャーターして、運行実験を行うというものです。
もし実現すれば、2つの閘門を通過するという、国内でも極めて少ない航路となり、定期化するのは難しいにせよ、先駆的な試みとして、評価に値するのは言うまでもありません。

橋の上から見た限りでは、水門の前の水面下に、基礎護岸が張り出しており、動力船の安全な通航には、もう少し水深が欲しいような感じでしたが、下流にある堰の高さを増すなどして、水位を若干上げれば、実現はそんなに難しくないように思えました。

FI2617805_4E.jpgやはり新四ツ屋橋の上から、反対の上流側を見てみると…う~ん、これは明らかに、以前はもっと大きな橋が架かっていた橋脚を、再利用して架けたと思しき、人道橋を発見。

見たところ、鉄道橋の橋脚のようでしたので、かつて運河の船溜りに沿って伸びていた、国鉄の引込み線の跡かしら? と推定したのですが、酷暑に参っていたのでしょう、またも調査不足に終わりました(泣)。
…イヤ、なんでも暑さのせいにすればよい、と思っているわけじゃありませんよ、念のため(笑)。

FI2617805_5E.jpgこちらは環水公園にあった、「運河のまちを愛する会」の理念と、賛同者の名簿を掲げたボード。富岩運河の存在を知らしめ、運河を生かした街づくりを進めようと、設立された会のようですね。

タウン誌「月刊グッドラックとやま」6月号を拝見すると、現職の富山市長・森雅志氏も、運河だけでなく、松川、鼬川を含めた、水辺の活性化には積極的とのこと。航路復活への機運は、盛り上がっているようです。実現のあかつきには、今度こそ船で、富岩運河を味わってみたいものです!

(19年8月8日撮影)

【20年4月18日追記】3段目、文中に誤りがあったので、一部を削除しました。

(『松川を棹舟でゆく…1』につづく)

牛島閘門…1

(『富岩運河環水公園』のつづき)
FI2617804_1E.jpg富岩運河には、いまひとつの閘門があります。船溜り南西部と、鼬(いたち)川の間を結ぶ牛島閘門がそれで、中島閘門同様、国登録有形文化財に指定されています。市内に、しかも一つの水路上に、二つも閘門があるなんて、富山はなんとステキなところでしょう!

写真は、天門橋の展望塔から見た、牛島閘門のある堀割りです。
撮影地点のMapion地図

FI2617804_2E.jpg運河側から、牛島閘門を見たところです。

ご覧のとおり、閘門としてはかなり小型で、しかも国内には数少ない、木製の扉体とくれば、実見したときの興奮もいや増そうというものです。
これを自艇で通過できたら、さぞ楽しいでしょうね!
撮影地点のMapion地図

FI2617804_3E.jpg階段を登ると、閘室と上流側の扉体が見えます。道路の下をくぐる暗渠の向こうには、さらにローラーゲートの水門があって、鼬川の増水時に備えられています。

扉体はもちろん復元で、運転のための設備も含め、平成13年に完成したものですが、閘室の護岸はほぼ竣工当時のままで、風化した質感が星霜を感じさせます。

FI2617804_4E.jpg運河側扉体のアップ。最近復元されたものとは言え、木製で、しかも水に浸かり放しのマイタゲートですから、維持にはさぞ気を遣うことでしょう。

閘門横の説明板を見ると、現役時の写真が載せられており、手すりの形状などは、当時とほぼ同じに復元されてはいたものの、可動部も手動のまま、というわけにはいかなかったようで、動力化された分、原型より幾分いかめしい雰囲気になっています。

FI2617804_5E.jpg閘門の全景を、暗渠の上から。閘室長12.2m、閘室幅4.5m、閘室深さ3.2mで、運河と鼬川との水位差は、約0.6mあったそうです。私の艇(長さ6.4m)が一隻入ったら、ほぼ余裕がなくなってしまいそうな、かわいらしい閘門ですね。

手前の扉体には、閘室に注水するための、小さなスルースバルブがひとつづつ見えますね。国内のほとんどの閘門は、護岸の中に設けられたバイパス管によって、注排水を行いますが、こちらは単純明快、扉そのものに開けられた、小さな穴を通して注排水する形式なのです。
撮影地点のMapion地図

(19年8月8日撮影)

(『牛島閘門…2』につづく)

富岩運河環水公園

(『中島閘門…4』のつづき)
FI2617802_1E.jpg富岩運河の終点である、旧船溜りを利用した巨大な親水施設、富岩運河環水公園に到着。南東端にある「泉と滝の広場」から、公園のシンボルである、天門橋を望んだところです。
天門橋は、鋼箱桁橋の両脇にアーチ状のトラス橋を配し、橋詰には、エレベーターシャフトを兼ねた展望塔も備えているという、ユニークな構造の橋で、平成11年に完成しました。

橋長・56.5m、展望塔高さ・20.4mという、公園の橋としては結構な大きさゆえか、遠くから眺めてもなかなかのボリュームで、水面に映る姿にも、新しい橋とは思えない風格があります。
撮影地点のMapion地図

FI2617802_2E.jpg南西側から、対岸を眺めたところ。新たに掘られた細い水路と、それをまたぐ2本の橋が今年3月に完成、水路の開鑿によって中ノ島となった場所には、野鳥観察舎もあるそうです。

このあたりの町名は、湊入船町というそうです。いかにも、もと船溜りにしっくりくる町名ですね。かつて、現在の富山駅周辺を囲むように、神通川が曲流していた時代は、この地はまさに、富山城下の河岸だったのでしょう。

明治末からの工事で、神通川がショートカットされて、市街の西を直流するようになった後にも、富岩運河が廃川敷を利用して造られ、舟運の末期まで、目前に船影を見ることができたのですから、湊入船町は、幸運だったと言えるのではないでしょうか。

FI2617802_3E.jpg天門橋の展望塔に登ってみました。厳しい輻射熱にさらされる地上に比べると、ここは風通しも良好、もちろん眺めもよいし、まさに天国です。

ここで、魔がさして(と言うと、語弊がありますが)、がーちゃんさんのブログ「がーちゃんフォトアルバム」の「パノラマ」にあるような、何枚かの画像をつないだパノラマ写真を作ってみたくなり、マネをしてみました。

結果は…ご覧のとおり、がーちゃんさんの足元にも及ばない、惨憺たるモノに終わりました(泣)。真ん中を筆頭に、全体の継ぎ目がズレズレでお恥ずかしい限りですが、旧船溜りの全体像が、何とか収められたので良しとしましょう。次回はもっとキレイにできるよう、がんばりたいと思います!
撮影地点のMapion地図

FI2617802_4E.jpgお口直しに、中島閘門を含んだ、公園の全体像がわかる絵地図のボードを。ウォーキングで一周すると、各地点のボードに書かれた、運河や神通川改修の歴史が勉強できるしくみです。次の回が読みたくて、どんどん歩いてしまいそうですね! …暑くなければ、ですが。

いずれ、涼しいころに再訪して、運河を全線歩いてみたいものです。

FI2617802_5E.jpg水辺に戻り、手すりから身を乗り出して、水面を眺めていると…えらい量の藻が、水面を埋め尽くさんばかりに、繁茂しているのがわかりました。
魚にとっては、この上ない好環境なのでしょう、たくさんの魚影が見えます。おや、赤い金魚まで…。

これでは、動力船が船溜りに入るのは、ちょっと難しそうですね。プロペラに絡みつかれたら、外すのだけでも一苦労、藻はプロペラ船の大敵です。
人力船でも、櫓は同様の理由で、進むことも難しいでしょう。オールを使うボートか、パドルで進むカヌーなら、どうにかいけるといったところでしょうか。

これだけの、素晴らしい水辺が街中にあるのですから、岸からただ指をくわえて、水面を眺めているだけというのは、個人的には、いかにももったいない気がするのですけれど、いかがでしょうか。
貸しボート場がひとつあって、好きなときに、誰もが水面に漕ぎ出られる、というだけでも、運河にそそがれる関心は、大きく違ってくるように思えるのですが…。

そういえば、全国的に、水辺の景観は整備されてきたにもかかわらず、貸しボート場のたぐいというのは、増えたという話をほとんど耳にしません。
なぜでしょうね? (まあ、察しはつくのですが、そこはそれ。)
(19年8月8日撮影)

(『牛島閘門…1』につづく)