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タイトル画像集…12

FI2617757_1E.jpg浦安市、見明川河口。19年6月23日撮影。
19年6月24日~29日掲示。





FI2617757_2E.jpg江東区、若洲沖。19年6月23日撮影。
19年6月29日~7月8日掲示。



FI2617757_3E.jpg東京港、第一航路。19年4月29日撮影。
19年7月8日~7月14日掲示。



FI2617757_4E.jpg旧中川、江東新橋。19年6月23日撮影。
19年7月14日~7月22日掲示。




FI2617757_5E.jpg旧江戸川、舞浜大橋。19年6月23日撮影。
19年7月22日~7月28日掲示。




見明川…1

FI2617756_1E.jpg6月23日は、梅雨らしからぬ晴天を得て出港。まずは、旧江戸川河口にほど近い派川、見明川を通ってみることにしました。

かつてこのあたりは、江戸川の流れが運んできた土砂で形成された、広大な砂州が広がっており、砂州の間を無数の澪が流れる、漁場としては格好の環境でした。

上の写真は、以前も紹介しましたが、旧江戸川から見明川の入口、堀江橋を見たところ。
分流点のパターンとして、本流の上流側には浅瀬がありますので、少し下流側から進入し、写真左側、船が繋留しているあたりを目指すようにするとよいでしょう。
撮影地点のMapion地図

現在、ディズニーリゾートがあることで知られる舞浜地区は、大三角、小三角、見明島などと呼ばれた砂州で、海苔の生産に欠かせない、海苔簾の材料になる葦の供給地としても役立っていました。見明川は、そんな砂州の間を流れる、澪筋の記憶を持った川なのです。

戦前の浦安(作中では『浦粕』)を描いた、山本周五郎の「青べか物語」には、通船の船員や漁師の生活ぶり、川や澪の様子など、船や水辺に関する描写に、濃厚かつ秀逸なものが多くありますが、大三角も興味を引く存在だったようで、「デルタというものがいかにして形成されるかということを、絵解きにして見せているような存在」などと、当時の砂州の様子を、こと細かに表現していました。
見明川は、「青べか」の舞台でもあるわけです。

FI2617756_2E.jpgこちらは、上の写真の右、下流側にある澪標。
地元では「ぼんぎ」と呼ばれる、枝を残した木を立てたものですが、反射板や電灯まで備えられています。乗り上げ事故が多いのでしょう。同様のものが、上流側にもあります。

入口付近はもとより、見明川も全体的に水深が浅く、この日も1m台のところがほとんどでしたので、なるべく、潮位の高い日に通ることをお勧めします。

FI2617756_3E.jpg堀江橋をくぐったところ、ずいぶん前からここにもやっている「はやて」。通船でしょうか。
保安庁船艇らしい造作が、以前から気になっているのですが、この大きな艇で、浅瀬の多いここを出入りするのは大変だろうなあ、などと考えてしまいます。

なお、写真右側は、少しガレキが出ているので、「はやて」に沿うようにして進みます。

FI2617756_4E.jpg「はやて」の船首方向には…はい、本日の沈船です(笑)。

引っ掛けないように、お気をつけて…。




FI2617756_5E.jpg二番目の橋は、トラス橋・見明川歩道橋。断面が小さいせいか、とてもスマートに見えます。

写真右には、舞浜小学校ほか、文教施設がいくつかありますから、通学路として作られたのでしょう。
撮影地点のMapion地図


(19年6月23日撮影)

(『見明川…2』につづく)

外輪式手動船外機(!)の思い出

今を去ること、20ン年前の思い出話です。何分昔のことなので、細部がよく思い出せないところもあり、恐縮ですが、お付き合いください。

父に連れられて、今はなき晴海の国際展示場で開催されていた、ボートショーを見に行ったときのことです。
新進らしい、アルミボートメーカーのブースの片隅に、奇妙な機械が展示されているのを、父が発見して「こいつは面白いな! 買ってみるか?」と、笑いながら私に言いました。

グレーに塗られた、鉄板製のその機械を見ると…なんと、テコを手で押し引きすると、4枚羽根の水車が回転するという、手動船外機とでも言うべきものでした。
手で外輪を動かすという、発想の奇抜さと、まるで工作機械のような外観に、私もすっかり乗り気になり、二つ返事で承諾。父が、こういうものに興味を示すこと自体、珍しかったせいか、このときのことは、今でもはっきり思い出すことができます。

FI2617755_1E.jpg話だけでは説明が難しいので、画力のなさも省みず、エンピツをなめなめ、ポンチ絵を描いてみました。
買ったときの情景は、鮮明に覚えているのですが、こうして絵を描いてみると、現物のディテールの記憶が、情けないことにほとんどありません(泣)。
特に、クランクやフレームの構造があいまいで、この絵の通りでは、理屈に合わないところもあるかと思いますが、どうかご勘弁ください…。

普通の小型船外機と同様、トランサムにCクランプで取り付けます。クランプにはヒンジがついており、本体を左右に振って、方向を換えることができました。水かきはご覧のとおり、鉄板を組んだ単純なもので、ロッドを避けるため、左右二組に分かれていました。

洗練されたところが微塵も感じられない、武骨そのもののデザインに、かえって惚れ込んでしまったあたり、このころから好みが変わっていないのだなあ、と、苦笑するばかりです。

頑丈な木箱に、完成状態で梱包されてきたコレを、長さ3mほどの、FRP製テンダーボートに取り付け、当時の母港があった湾内を、走り回ってみました。

なにしろ、結構な面積の水かきが、絶え間なく水を叩き、すくい上げるのですから、音はかなりのものです。おまけに、盛大に水しぶきが上がるため、その目立つことったら…(笑)。ガババン、ガババンと音を立て、豪快?に進む小さなテンダーは、沿岸の人たちにとって、もう珍奇な見世物(笑)だったと思います。

嬉しくなって、何度か走り込んでみると、子供なりに、いくつかのことがわかりました。
駆動のからくりと、重量がある分、オールで漕ぐより、はるかに力がいること。
オールなら、惰力で岸につけたりといった芸(?)ができるのにくらべ、外輪を止めると、水かきが抵抗となってしまい、惰力がほとんど効かないこと。

また、水かきが一枚板なのも、ロスが大きいように思えました。水かきが水面から出るとき、大量の水をすくい上げてしまうため、水の重さの分、余計な力がいるからです。水かきの面積をもっと小さく、先端部分だけにしたら、水はけが良くなり、もっと軽い力で回せるのにな…と、考えたものです。

この考えは、のちに、実物の外輪船の構造を、詳しく説明した記事に出会って、間違いではないことがわかりました。(外輪の実物は『上川丸に会いにゆく…2』を参照)
高速の外輪船になると、水かきが可動式になっており、ロッドによって、水に入ってから出てくるまで、垂直な姿勢を保つような構造に、作られているものもあったそうです。
外輪も、単純なようでいて、スクリュープロペラと同じく、効率を追求した歴史があったのですね。

手動船外機のその後ですが…。
さすがに、船舶免許を取ってエンジン付きの艇に乗るようになってから、すっかり使わなくなり、海辺にあった親戚の家に預けておいたら、その家が火事にあって、いっしょに焼失してしまいました(泣)。

きちんと保管しておけば、珍物として、皆さんにご覧に入れることができたのですが…。まあ、長じて、川を走る外輪船が好きになり、外輪そのもののハンドルを名乗るようになるとは、考えもしなかったころから、外輪に親しんでいたというお粗末です。

この、恐らく空前絶後と思われる、「ポータブル外輪」を作っていたメーカーが、どうしても思い出せません。
数種類のアルミボートと、この手動船外機(確か、チェーンで駆動する、プロペラ式のものもありました)を掲載した、メーカーのパンフレットを持っていたのですが、なくしたのか、探しても見つからないのです。

ボートのラインナップも変わっていて、四角い横帆と櫓(!)がついたカタマラン(双胴船)、キャンプに使う、テントを乗せたようなハウスボート、平面のみで構成された、重ねて収納できるアルミボートなど…。
その珍妙さ(失礼)が、かえって興味を引き、いかにも造船の経験がない業者が、新規参入したといった感じで、強く印象に残っているのです…。

どなたか、ご存知の方はおられませんか?

最近の江戸川閘門

FI2617754_1E.jpg前後しますが、去る5月13日は、よんどころない用事があって、旧江戸川流頭部、江戸川閘門を通過してきました。
過去に「平成7年8月・江戸川…2」ほかで紹介したとおり、私とこの閘門のつきあいは、もう15年になります。何しろ、閘門通過初体験の相手ですから、思い入れも格別なのですが、最近はあまり、遊びに来れずにいました。

こちらは、閘門のはす向かい、千葉県側にある河原水門。
船溜を守る水門ですが、この日はなぜか閉まっていました。
撮影地点のMapion地図

FI2617754_2E.jpg江戸川水閘門…などと、改まって呼んでしまいましたが、ここは私の、土木バカとしての原点のような場所。
立ち並ぶ水門の支塔、閘門の土堤で葉を茂らせる桜…。若干増改築はされたものの、ほとんど変わらぬ姿でいてくれるのは、嬉しい限りです。

この日はご覧のとおり、あいにくの曇り空でしたが、吹く風は優しく、水面も穏やかでした。

FI2617754_3E.jpg閘室から排水中。以前にも書きましたが、都内にある、他の2閘門(扇橋、荒川)とくらべ、排水がソフトで、船に優しい(?)感じがします。
昭和18年竣工ということを考えると、櫓櫂舟が多く利用することを念頭に置かれて、設計されたのかもしれませんね。

下流側の扉体は、近年改修されて、構造にも木材が張られるなど、ちょっと洒落た雰囲気になりました。

FI2617754_4E.jpg先客が出たあと、タンデムのPWCと一緒に、閘室に進入。初めて通ったときと同じように、側壁を手でつかんで、満水までのひとときを過ごします。

写真右手にも見えますが、閘門の周囲は見事な桜並木があり、春先は、近在の花見客で賑わうそうです。一度桜の時期に来て、閘門の晴れ姿を写真に収めたい、と思いつつ、もう幾星霜…。
撮影地点のMapion地図

FI2617754_5E.jpgちょうど満潮時だったこともあり、水位差は50㎝ほどでしょうか、あまり「上がった」という実感のないまま、注水完了。ちょっと物足りない感じがしました。

昔と違って、電子音になったサイレンの音とともに、上流側の扉体が上がり始めました。

あ、またカサを忘れちゃった…。


(19年5月13日撮影)

5月27日の巡視船

(『中川…11』のつづき)
FI2617753_1E.jpg例によって、帰り道に晴海埠頭をのぞいてみると、大型巡視船数隻が接岸中でした。

この日は羽田沖で、海上保安庁の観閲式が行われていたので、招待者の下船時間に間に合えば、巡視船の雄姿を楽しめるだろうと、寄り道してみたのです。(『平成19年度海上保安庁観閲式及び総合訓練』参照)

たくさんの下船者をかきわけるようにして、岸壁に近づき、まずはヘリコプター2機搭載型巡視船、「やしま」を一枚。総トン数5,259t、僚船「みずほ」とともに、「しきしま」が竣工するまで、海上保安庁最大の巡視船でした。
撮影地点のMapion地図

FI2617753_2E.jpgこちらは189総tと、ぐっと小型の巡視船「あかぎ」。鹿島灘に面した、茨城海上保安部より来航した船です。

後ろには、以前、臨検を受けたこともある、「おりおん」型監視取締艇らしき姿も見え、乗組の方が手を振ってくれました。(過去の記事『京浜運河を散策する…1』参照)


FI2617753_3E.jpgこちらは北の護り、函館海上保安部所属の、ヘリコプター1機搭載型巡視船「つがる」。客船待合所のデッキから撮ってみました。

「やしま」と比べて、船橋が小柄な分、重心が低そうな印象で、一昔前の船らしい、落ち着いた魅力があります。


FI2617753_4E.jpg「つがる」の、ヘリコプター甲板を見たところ。観閲式の最中は、甲板上に広げられていたのでしょう、たくさんのパイプ椅子を片付けている最中でした。

3,221総tと、「やしま」よりかなり小柄ですが、やはりヘリコプター甲板付きの巡視船というのは、機動力がありそうで、頼もしい感じがしますね。

FI2617753_5E.jpg巡視船たちから離れて、埠頭公園で休憩していたら、腹に響くようなエンジン音が。音のする方を見ると、夕日を浴びて出港する、巡視船「あかぎ」が遠ざかっていくところでした。

30ktを超える高速巡視船が、続々建造されている昨今、「あかぎ」の最高速力28ktも、もはやお世辞にも「高速」と言えなくなった感がありますが、やはり一般の船から見ると、これだけの速力を出すエンジンは、桁違いの大馬力です。
結構な距離から、私の腹を揺さぶってくる(笑)重低音に、そのパワーの威力を、見せ付けられたような気がしたものです。
撮影地点のMapion地図


(19年5月27日撮影)

5月27日の項の参考文献
運河論(矢野 剛 著) 巖松堂書店
東京の橋(石川悌二 著) 新人物往来社
月刊 世界の艦船 2006年7月号 海人社

(この項おわり)