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厳寒期航行?に挑戦してみました

FI2617613_1E.jpg申しわけありません。
先日の記事で、「休航宣言」をしておきながら、年の瀬も押し詰まった本日、出港してしまいました…。

何度も触れたように、私は極端な寒がりなのですが、昨年同様「水路分欠乏症」が限界に達したのか、南極越冬隊もかくやと思わせるほど着ぶくれて、悲壮な決意(でもなんでもありませんが)のもと、もやいを解いたのです。

幸い、最高気温9℃とはいえ、穏やかに晴れわたる好天で、寒さで涙目になりつつも、きれいな水と、鏡のような水面を、堪能することができました。

FI2617613_2E.jpg本日うろついた水路のご紹介は、年を越して、次回よりとさせていただきます(さすがに、寒くて消耗したので…)が、とりいそぎ2つの橋をアップしたいと思います。
上は豊島橋【Mapion地図】、下は新神谷橋【Mapion地図】。いずれも隅田川上流部の橋です。

以前より、何度かトラックバックさせていただいた、千秋さん(ブログ『◆筆の向くまま 気の向くまま 勝手気ままに 徒然雑記◆』)の企画記事「隅田川に架かる橋」で、まだ未収録だったのが、この2つの橋だからです。だいぶ前からお約束していて、お待たせしてしまいました。さっそく、トラックバックさせていただきます。

ううう、体が冷えたので少し休みます…。
では今度こそ、皆さん、良いお年をお迎えください。

(18年12月31日撮影)

【追記】2段目、誤字を訂正しました。
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またもお絵描き

FI2617611_1E.jpg前回、川蒸気を描いてから、お絵描きにハマってしまい、皆様の失笑もかえりみずに、第2作をものしてみました。
東京近辺の方にはおなじみ、現代の河川交通の主役でもある、曳船と艀(はしけ)です。タグボートとダルマ船、と呼んだほうが、通りがいいかもしれませんね。小さな曳船が、大きな艀を力強く引っ張っていくさまは、腹に響くようなエンジンの音とともに、血が湧き立つような魅力があります。
子供のころは(お恥ずかしいことに、今もそうですが)、ゴロロロロ…というエンジンの音が聞こえると、橋の欄干から身を乗り出して、曳船の排気の匂いや、盛大な曳き波で騒ぐ水面に酔いしれたものでした。

曳船から伸びる曳索(ロープ)は、本来ならもっと長いのでしょうが、絵的に見て間が抜けそうなので、ぐっと短くしてみました。
もっともそれ以前に、この絵をタイトル写真にはめ込もうとすると、えらく小さくなってしまい、何が描かれているのか、さっぱりわからないというていたらく…(泣)。
う~ん、艀付きでは左右幅が大きすぎたようです。埋もれさせるのも忍びなく、せめて、こうしてご覧いただこうという次第…。

FI2617611_2E.jpgというわけで、ちょっと寂しいのですが、タイトルに使えるのは、曳船のみとなりました。

絵を描くのはともかく、そのあとの加工のしかたが、最初はどうにもやり方がわからず苦労しましたが、一人でゴチャゴチャといじり回していたところ、なんとかキレイに切り抜き、貼り付ける方法を発見、快哉を叫んだものです(素直に入門書でも買いに行けば良いのでしょうが、何かイコジになっていた気が)。

次は高瀬舟を描きたいなあ…。

「ポンポン大将」が見たい!

FI2617610_1E.jpgもう、十数年前の話だと思うのですが…テレビで「なつかし番組総集編」みたいな特番をやっており、見るとはなしに見ていたところ、船員服の桂小金治が写った、白黒のスチール写真が大写しになりました。

オッ、と思って見入っていたら、何枚かのスチールとともに主題歌が流れ、「ポンポン大将」という、川船の船長が主人公のドラマであること、昭和30年代に放送されたことなどが説明されました。
動画(?)はなくスチールのみで、しかも紹介の時間は、ごく短かったのですが、「川船を題材にしたドラマがあったのか!」と、胸をときめかせたことを覚えています。

なにしろ、川船どころか、海洋ものすら珍しい、わが国のテレビドラマですから、まだ水運業が盛んであった時代に、放映されていた番組とは言え、驚きました。
話が脱線しますが、唯一、リアルタイムで見た海洋もののドラマが、海上保安庁を題材にした「海風をつかまえて」(村上弘明、渡辺梓主演、テレビ東京系、毎週日曜21:00~21:54、平成3年)で、海上保安官や巡視船の活躍に熱狂(笑)したものです。
(「『海風をつかまえて』放送リスト」を参照させていただきました)

それからしばらく、「ポンポン大将」のことは忘れていたのですが、川走りに熱を上げ始めてから、そういえば…と思い出し、「写真の1枚でも見られないかしら」と検索して(『ポンポン大将』でのGoogle検索結果)みたり、本を探したりしてみたものの、断片的な情報のみで、今もって出会うことはかないません。

60年代『テレビ番組』」(60年代 懐かしの宝箱)によると、NHKで毎週日曜・18:00~18:25に放送されていたこと、昭和35年から38年まで続いた、結構な長寿番組だったことがわかりました。
また、主題歌の一部は、こちら(J-WAVE CD ONLINE『なつかしいテレビ主題歌 ベスト』)で試聴することができます。希望が湧いてくるような明るい歌で、全く見たことがないにもかかわらず、「いい番組だなァ…」と、お約束のホロリ(泣笑)。

川と船を舞台にした、下町人情劇…(らしい)。かつての水運や、船乗りの生活に興味がある者としては、ぜひ拝見しておきたいドラマです。なんとかして、見ることができないものでしょうか…。

とりあえず、次の航行からは、「ポンポン大将」の主題歌を歌いつつ、橋をくぐろうと思います!
♪今日もとおるよあ~の橋の~し~た~♪

…アブナイですか?


(隅田川、18年8月24日撮影)

岸辺を眺める

FI2617608_1E.jpg今さらではありますが…これまでご紹介した水路の写真を見ると、橋の写真がほとんどを占めており、進行方向から真横を見た写真――岸辺の風景を写したものが、あまりにも少ないことが、気にかかっていました。

理由は色々と考えられますけれど…まあ、橋が割と好きで、撮ったときに絵になりやすい(例え、簡素な桁橋であっても)というのもありますが、何より、位置の特定がしやすく、のちの記録としても、実用的であるためです。

前に、震災復興橋には、十字流や丁字流を示すため、トラス橋のような「目印の橋」が設置されていたことに触れましたが、目線の低い水面から、自分の位置をピンポイントで割り出すには、橋が最も効果的な標識であることが、実際走ってみて追体験できたわけです。

FI2617608_2E.jpgまた、人の速足くらいの速度である、デッドスローで走っていても、幅の限られた水路を進むということは、意外と気の抜けないもので、左手で舵を取りつつ、右手でカメラを構えて撮れるものが、いきおい前方の風景になってしまう、というのもあるのでしょう。

というわけで、数少ない岸辺の写真から、最近のものを2枚掲げます。ご覧のとおり貯油施設と、工場か倉庫らしい、モルタル造り風の建屋です。

いずれも、秋とはいえ、強い日差しを浴びて、ちりちりと焦げそうな風情なのに惹かれて、カメラを向けたものですが、こうして眺めていると、満潮線に貝がびっしり付いたコンクリート堤防にも、ちょっとノスタルジー?を感じている自分に、気がつきました。

子供の時分、友達の家に遊びに行き、どこかは忘れましたが、「川へ行こう」と誘われたときのこと。
細い路地を抜けて、目の前に立ちはだかる、巨大な壁に驚きつつも、友達のまねをしてよじ登り、壁の上に立った瞬間、緑色の広大な水面が、眼下に広がったときの感動と、壮快感。よじ登った護岸のコンクリートが、陽に焼けて熱かったのも気持ちがよく、護岸に座り、足をぶらぶらさせて、飽きることなく水面を眺めた想い出…。

そう言えば、前に母港としていた、三浦のマリーナにいたときも、フナムシがときどき顔を出す、湾口を望むコンクリート防波堤のうえで、日を浴びながら昼寝をするのが好きだったっけ…。

コンクリート堤防が、懐かしく、身近な存在に思えるのは、そんな原風景があったからかもしれませんね。

(平久運河、18年10月9日撮影)

本船

FI2617607_1E.jpg晴海埠頭の北端、太平洋セメントの岸壁に接岸する、本船2隻を撮ったものです。

本船とは、ありていに言えば、大きなフネ…厳密には小型船舶の範疇に入らない、航洋船のことを指しますが、ここに写っている2隻は、本船の中でも最小型、おそらく満載でも数100tくらいの船でしょう。

もちろん私の艇から見れば、見上げるように大きな船なのですが、「沿岸航路の独航船は、乗組員は船長以下2名というのも珍しくない」、なんて話を聞くと、ちょっと身近に思えてしまいます。船尾に船橋や機関をまとめた、そのこじんまりとした造作にも魅力を感じて、ついカメラを向けてしまうタイプなのです。
撮影地点のMapion地図

FI2617607_2E.jpg後ろの船のアップです。前にもやう船(『第一たかお丸』という船名でした)よりさらに小型で、かわいらしい感じすらしますね。甲板上に、丸い圧力容器のようなものが見えるので、ガスタンカーでしょうか。

印象的なのは、写真では見えにくいかもしれませんが、船首に赤い「龍」の一文字が大書きされていること。「船体は汚れても、心意気だけはこのとおり!」と、見栄を切っているように思えて、気に入ってしまいました!

よく見ると、船橋上のマストが、前に倒されています。背後にもチラと見える、晴海大橋をくぐるために、倒したのでしょうね。はて、この船よりはるかに背の高い、第一たかお丸は大丈夫だったのでしょうか。もしかしたら、干潮時しか通れないのかしら…。人ごとながら、心配になりました。

石川島の造船所が移転したのも、晴海大橋の建設が契機だと聞きましたし、本船にとってはやはり、やりにくい環境になってしまったようですね。ちなみに、本船が運河まで入ってくるのは、東京ではここ春海運河と、江東区の砂町運河・砂町北運河だけです。特に後者では、幅ぎりぎりの新砂水門を、盛んに汽笛を鳴らしつつ通過する、スリリングな光景を見ることができます。

(18年10月9日撮影)

【20年1月19日追記】二段目、「晴海運河」は間違いなので、「春海運河」に訂正しました。