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江戸川走破の快挙!

FI2617508_1E.jpg川めぐりをされているボートオーナー、ブログ「友へ」の管理人でもある、amieさんよりお知らせをいただき、ビックリしました。
江戸川を、最上流である関宿まで、モーターボートで走破した記事を、発表しているサイトがある、というのです。
「E-na」は、国交省・江戸川河川事務所が発行するウェブマガジンですが、しばらく遠ざかっていたら、こんな素敵な記事が掲載されていたのですね! お知らせくださった、amieさんに御礼申し上げます。

全長60キロメートルを走破 江戸川を船で行く」(『E-na江戸川河川事務所

私が、この遊びを始めたきっかけが、大水運時代へのあこがれから、江戸川を遡行して利根川に出たい、という欲求がそもそもであり、何度か江戸川遡行に挑戦して、あえなく敗退したことは、すでに何度かお話しました。

その後、掲示板上で、「利根川から江戸川経由で、東京にボートを回航した記事が、ボート雑誌に掲載されている」という投稿を読んで、オッと思ったことはありましたが、実際にその雑誌を読むまでは至らず、そのままになっていました。

若いころに比べれば、だいぶ気が萎えた(?)とは申せ、江戸川とは縁浅くない私ですから、やはりこの記事を見ると、血沸き肉踊るものがあります。

amieさんが、江戸川河川事務所に問い合わせられたところによると、取材に使用した艇は、25ft12人乗り、機関は60ps2機がけとのことで、私の艇(21ft8人乗り)よりだいぶ大型であり、エンジンも強力なものを使っています。航行当日は、平常時の3倍の流量で、水深も0.5~1m高い日を選んだとのこと。
全長60km、往復120㎞以上ある江戸川を、わずか7時間程度で、往復して来られたとは、操船者の技量が高いこと、装備が良いこともさることながら、日頃からデータを集め、丹念に研究された賜物だと思います。
(河川の水位については、観測施設のデータが、各河川事務所・工事事務所のサイトで、公開されていることが多くなり、昔よりはるかに楽になりました。ネット様々であります!)

増水し、流速も速い江戸川ですから、エンジンの出力に余裕があった方がよいのは、言うまでもありませんが、2機がけ艇を選ばれたあたりに、船長の慧眼を感じたのですが、うがち過ぎでしょうか? 
川での、エンジンの停止は即、流されて座洲なのですから…2機なら、1つが故障しても、もう1機で操船できますが、単機ですと、エンジン停止が、遭難に結びついてしまうわけです。

いや~、しかし河川事務所も、粋な計らいをしてくれますね。こういう、ちょっと冒険心をくすぐるような記事があると、普段あまり関心のない、ボートオーナー諸兄も、ひとつ川でも走ってみるか…と来るのではないでしょうか。
川での船遊び、ますます盛り上がってきた感じですね。

記事を読んで、私も久しぶりに、江戸川中流部の景色が、見たくなってきました。
そういえば、かつて走った時は、釣り人さんの悪罵の声に悩まされた場所も、いくつかあったなあ…。今回の「E-na」の記事の方々は、大丈夫だったのかしら?

(旧江戸川、浦安付近、18年8月5日撮影)

【9月28日追記】すでに、お読みになった方も多いと思いますが、上記の記事をお知らせくださったamieさんが、9月17日、増水時の江戸川遡行に早速挑戦、見事、関宿閘門を越えて、利根川に出られました。おめでとうございます! 詳細は「友へ」をご覧ください。
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すごい人気だ通船堀…3

FI2617507_1E.jpg(『すごい人気だ通船堀…2』のつづき)
前後しますが、こちらは実演に向かう途中で写した、通船堀西縁の、復元一の関で、上流側から見たところです。

東縁と同様、かたわらにはベンチや説明板を配した、休憩所となっており、写真でもおじさま方が、熱心にのぞき込んでいるのが見えますね。

FI2617507_2E.jpg下流側から、同じく一の関を見たところ。
桜並木はあるものの、どちらかというと開けた風景の東縁とは異なり、うっそうとした竹林が覆いかぶさる西縁は、深山幽谷の趣すらあり、対照的な雰囲気です。ちなみに、西縁の全長は、東縁よりかなり長く、650mほどあります。

西縁は、一の関のみの復元で、しかも実演をすることはできませんが、岸に護岸などしないあたり、往事をしのばせるには、充分な配慮がなされていると言ってよいでしょう。

FI2617507_3E.jpg一の関のかたわら、下流側に立つ石碑。

右側が、切れて写ってしまいましたが、台座の石は、舟型にこしらえてありました。




FI2617507_4E.jpg実演会場を離れた後は、芝川縁をちょっとお散歩。

八丁橋のひとつ上流には、木の欄干がついた、素朴な感じのコンクリート桁橋があり、のどかな風景です。

撮影地点のMapion地図


FI2617507_5E.jpg今回、実演会場入り口でいただいた、パンフレットと団扇。

パンフレットは、「見沼代用水路と 国指定遺跡 見沼通船堀」という、1色刷り中綴じ8ページのもの。
内容は、代用水路・通船堀の歴史や、閘門についてのほか、周辺の絵地図なども掲載され、図版も豊富で読みやすく、配布物としては大変良い出来だとは、思うのですが…最後のページ、「日本各地の閘門」なる表で、ちょっと引っかかりました。(また?とお思いでしょうが、ごめんなさい、書いちゃいます…)

この表には、高瀬川から江戸川まで、ほぼ時代順に全国27ヶ所の閘門が掲載されているのですが、門扉形式や構造の記述に、間違いが非常に多く、また閘門と判定しづらいものまで入っており、首をひねりました。
また、表のタイトル横にある「キャナルネット調べ」なる、団体名らしい名前も気になりました。一見NPOか何かの名称に見えましたので、「運河研究者の集まりかしら…」と、若干期待して検索したのですが、それらしい団体は、ヒットしませんでした。ご存知の方、おられたらご教示下さい。

ボール紙の団扇は、表面は実演中の写真に、「見沼通船舟歌」の歌詞をあしらっており、裏面には、通船堀の通航方法が、説明文とともに図解されていました。
当日は薄曇りで、小雨がときおりぱらつくような天気でしたが、蒸し暑くもあったので、大変ありがたく、使わせていただきました。

いや、通船堀の人気ぶりには驚かされましたが、こんなにも多くの人に愛され、保存・継承されてゆく、水運の土木遺産がここにある、という認識を新たにでき、安心したと申しましょうか、仕合せを分けてもらったような、そんな休日でした。

(18年8月27日撮影)

(この項おわり)

すごい人気だ通船堀…2

FI2617506_1E.jpg(『すごい人気だ通船堀…1』のつづき)
人垣の間から、背伸びしてなんとかカメラを構え、注水中の閘室に浮く、艜(ひらた)を撮影。ちょうど、起倒式の帆柱を立てる、実演をしているところでした。
これは、通船堀実演のために復元されたもので、ふだんは、鈴木家にあるガラス張り舟蔵に、展示されているものです。人が乗っていますが、実物の二分の一に縮小された、模型と言ってよろしいものです。

艜と呼ばれる種類の舟は、各地にありますが、この舟は、見沼・芝川流域に独特の形のようですね。

FI2617506_2E.jpg満水に近くなった閘室を、今度は帆柱をたたんで、櫓漕の実演をする艜。
以前の実演では、満水状態から、角落しを抜いて水位を下げ、芝川と水位が合ったところで、舟が一の関をくぐるという、一連の動作を実演してくれたようなのですが、今回は、舟はすでに一の関をくぐっており、堰上げて、水位を上昇させるのみの実演でした。つまり舟は、閘室の中を、往復して見せるに留まったのです。

施設の老朽化など、事情は何かあるのでしょうが、ちょっと残念でした。

FI2617506_3E.jpgこの盛況ぶりでは、角落としの着脱作業をこの目で見るのは、あきらめた方が良さそう…と、周辺をお散歩。

通船堀東縁の最上流、かつてここにあった、堰の雰囲気を出したと思われる橋が。
橋の右手には、解説板などを配した休憩所と、手洗所が併設された建物、それに通船堀全体の模型もケース入りで飾られているなど、ちょっとした屋外博物館のおもむきです。

FI2617506_4E.jpg橋のすぐ向こうが、見沼代用水東縁です。
利根川から遠く、見沼の広大な地を潤してきた水路は、満々と水を湛えて、今なお現役。

手前の小さなスライドゲート(のハンドルだけ見えます)が、通船堀への取水口です。


FI2617506_5E.jpg帰りに、すこーしだけ空いたようなので、一の関が堰上げられている様子を、どうにか撮影できました。ええ、どうにか…(涙)。

私が出遅れたせいで、ロクにご紹介もできなかったので、ご興味のある向きは、「通船堀に寄り道…3」の末尾に掲載した、通船堀関連の各サイトをご覧下さい。(情けなや)

(18年8月27日撮影)

(『すごい人気だ通船堀…3』につづく)

すごい人気だ通船堀…1

FI2617505_1E.jpg(『通船堀に寄り道…3』のつづき)
…というわけで、本日午前9時30分ごろに東浦和駅に到着。徒歩で通船堀東縁を目指したのですが…。

駅前の混雑ぶりに、まずビックリ。なんでも、見沼田圃のハイキングツアーがあるとかで、では通船堀の方はそう混まないかなと、高をくくっていたら、こちらも大盛況! 
会場に向かう、通船堀西縁の遊歩道は、途切れることのない人の列が…。皆さん、この日を楽しみにしておられたようです。

FI2617505_2E.jpg芝川を渡った、通船堀東縁の入り口は、大勢の警察官が交通整理にあたり、物々しくも、期待に満ちた雰囲気。警官が途切れない列を、会場に誘導しています。

入り口では、通船堀を解説した、パンフレットや団扇を配る人、記念スタンプのテントも設けられ、賑やかです。

FI2617505_3E.jpg一の関と二の関の間も、とても入り込める隙間はなさそうな盛況…。

う~ん、もっと早くに来た方がよかったかなあ、と後悔した反面、あまりの大人気に、嬉しい気分にもさせられました。沿道の農家や、料理店が出す露天も、地元を挙げたお祭りらしい雰囲気がよく出て、好ましく思いました。

FI2617505_4E.jpg二の関に隣接した、「にのせきばし」の上も、たくさんの見学者でごらんの通り。もはや立錐の余地もないほどです。






FI2617505_5E.jpg私が、何とか見つけた隙間?がここ。二の関のかたわらで、角落としの着脱実演が行われる、一の関はごらんの通り、はるか彼方です。

解説のアナウンスを聞いていると、すでに実演は始まっているのですが…そのディテールを伺い知ることは、ほとんどできませなんだ…。

(18年8月27日撮影)

(『すごい人気だ通船堀…2』につづく)

通船堀に寄り道…3

FI2617504_1E.jpg(『通船堀に寄り道…2』のつづき)

一の関と二の関の間、近代閘門で言えば閘室に当たるところに、暗渠が口を開けて、豊かな水量を流しているのが、目に入りました。
これもきっと、代用水東縁からの流水なのでしょう。


FI2617504_2E.jpg上の写真の開渠部分が、これです。

柵がちょっと、厳重すぎる嫌いがありますが、住宅の間を、石垣風の護岸で一直線に抜ける水路は、落ち着いた雰囲気で、なかなかいいものです。



FI2617504_3E.jpg二の関左岸の、休憩所らしい小スペースには、「皇太子殿下行啓記念樹」と記された標柱が…。
植樹がまだ若いところを見ると、最近来られたのかな、と標柱を検分したら、本年2月14日といいますから、ごく最近ですね。

皇太子殿下といえば、英国留学中に、かの国の水運について研究されていたそうで、それを知って以来、親しみを感じていたのですが、ちゃんと自国の水運史にも、興味を持ってくださるとはサスガ、と、ますます身近(?)に思えてしまいました。
皇太子殿下行啓の詳細は、「皇太子さま見沼通船堀をご視察」(さいたま市・市政トピックス)に報じられています。

FI2617504_4E.jpg今回、笑わせていただいたのが、コレです。「にのせきばし」の近くに掲げてありました。

「通船堀そば」! いずれ、機会があったら、ぜひ食べてみたいと思っているのですが、左の地図を見ると、どの店も通船堀からはかなりの距離があり、気軽に行けそうな感じがしないのが、ちょっと残念…。

FI2617504_5E.jpg最後になりましたが、まあ、グッドタイミングと申しましょうか…「寄り道」したかっきり一週間後に、年に一度の開閉実演が行われる、との看板やポスターが、そこここに掲げられているではありませんか!

次の日曜は、出航して近場を回ろうかしら、と予定していたのですが、ここは一度、この目で見ておかねばと、次週の再訪を決定。

…で、先ほど帰ってきまして、この文を書いているわけです(笑)。

(18年8月20日撮影)

(『すごい人気だ通船堀…1』につづく)

【追記】本項を書くにあたって、浦和博物館で購入した「見沼 その歴史と文化」、無料配布物「国指定史跡 見沼通船堀」を参考にさせていただきました。(書影はこちらにあります。)

また、ご参考までに、見沼通船堀関連のリンク集を、以下に掲げます。
見沼通船堀」(さいたまの歴史散歩
見沼通船堀」(藤木 亘の『小さな画室』
見沼通船堀舟唄」(見沼のほとり
見沼通船堀」(見沼代用水土地改良区