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樟脳舟

FI2617489_1E.jpg(『長瀞渓流下り…2』のつづき)
岩畳で舟を下り、名物のお饅頭を食べながら、長瀞駅に至る、土産物屋街をぶらぶら散策。どの店の軒先にも、ツバメの巣があり、ヒナたちが可愛らしい顔を並べているのが印象的でした。

街外れまで来ると、小ぎれいなおもちゃ屋さんがあり、ブリキのおもちゃが並ぶ店内を拝見していると、なんと樟脳舟のセットを発見。
「長瀞みやげ」と書かれているところが、にくいじゃないですか。神社の縁日で、いなせなテキヤの兄さんが、ホーロー引きのバットに薄く水をはり、くるくると樟脳舟を動かして見せていた、子供のころが思い出されました。もちろん即決で購入。

一見、ずいぶん前の在庫のようでしたが、私の子供のころと、さほど変わらない値段で売ってくださり、かえって恐縮してしまいました。

FI2617489_2E.jpg上の写真の、左の袋の中に入っていた、樟脳舟船隊(?)です。

フラッグシップたる、一番大きな屋形船(??)のボリューム感が嬉しくなるほど、小さな舟ばかりですが、和式の一枚帆あり、ジブとメインを掲げたヨットあり、さらに水鳥さん(???)まで入っているというサービスぶり。
水鳥さんの左、パイプをつぶしたような、上部構造(でもなんでもない?)のついた最小の舟は、何を表現しているのでしょう?!(ハテナが多くなってしまいましたが…)

派手なようでいて、セルロイド独特の、やわらかな色合いが目に優しく、素朴な外観と相増して、ホッとした気分にさせられました。
同じ合成樹脂でも、スチロール系などのプラとは、質感が全く異なります。

FI2617489_3E.jpg二つ折りで入っていた説明書も、簡にして要というか、あっさりしていますね。

子供のころの経験では、ナフタリンでも走ったような気がするのですが。ただ、本物の樟脳と比べて、油分の拡散が弱いのか、よく走らなかったのを憶えています。

ガラスや陶器の方がよく走る、というアドバイスも的確です。塩ビやプラの容器では、製造時、金型から抜くための離型剤が残っていることが多いため、油分が水面に広がりやすいことを、指しているのでしょう。

新聞紙で水面の油分を取る、という下りも懐かしいですね。昔は、湯船の湯をそんなに換えなかったので、新聞紙を浮かせてから、そーっとはがし、水面の垢やホコリを取り除いたものでした…。

(この項おわり)
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長瀞渓流下り…2

FI2617488_1E.jpg(『長瀞渓流下り…1』のつづき)
荒川橋梁を過ぎると、流れはにわかに速くなり、露岩が白く波を立てる、まさに渓流そのものの情景が、広がってきました。
小さな落差をひとつ越えるたび、船首が派手にしぶきを上げるので、舷側に備えられたビニールを持ち上げて、濡れるのを防ぎます。いや~、爽快爽快!

可航幅は狭く、二人の船頭さんは、忙しく棹や舵を操りながらも、ユーモアたっぷりの語り口で、沿岸の奇岩など名勝を説明してくれます。
ここはラフティングの名所なのでしょう、ヘルメットとライフベストに身を固め、カヌーやインフレータブルに乗った人が多く見られ、手を振ってくれたり、元気に挨拶を返してくれる人もいました。

FI2617488_2E.jpgいくつかの早瀬を越えると、流れは次第に緩やかになり、水深の増した川面は、美しい深緑色となってきました。

長瀞の「瀞」は、流れの緩やかな澱みを指す言葉だそうですが、まさに字面そのものの、静謐で美しい風景が広がり、思わず手を水面に伸ばして、水の冷たさを確かめたりもしました。

FI2617488_3E.jpg昨年も訪れた、岩畳の船着場に到着しました。3㎞弱の行程は、本当にあっという間で、もっと乗っていたい感じがします。

ここは、船着場のすぐ近くまで、旅館や土産物店が軒を連ねる、なかなか賑やかな観光拠点で、秩父鉄道の長瀞駅も近く、現代に生きる「河岸」といった雰囲気です。

船頭さんにお礼を言って、舟を降りると、係の方が出迎えてくれ、岩畳が珍しい一枚岩の露岩であること、土の下はすぐ岩なので、米が育ちにくく、最近まで饅頭(野菜煮などを入れたもの)や、うどんほか、粉製品を主食とせざるを得なかったことなど、この地の歴史について、興味深いお話をしていただきました。

FI2617488_4E.jpg興味をそそられて、船頭さんが使っていた棹の先端を、撮ってみました。
棹は直径5cmほどの竹で、先端に塩ビパイプのような部品を介して、木製の部分がはめ込んでありました。

横からネジででも留めるようにしてあるのか、固定の方法がいま一つ解りませんでしたが、磨り減ったら、適宜交換できるようになっているのでしょう。

FI2617488_5E.jpg長瀞の街をぶらぶらして、お土産を物色していると、遠くから汽笛の音が聞こえてきたので、いそいそと長瀞駅へ。
運の良いことに、C58型蒸気機関車の牽く列車がやってきたのです。

ロッドや車輪が、油でピカピカに拭かれた機関車を前に、踏み切りにあふれる、黒山の人だかりに混じって撮影。ちょっとトクをした気分でした。


★長瀞で、渓流下り舟を営業している会社は複数あります。詳しくは以下のサイトをご覧ください。中でも「荒川ライン下り」のサイトは、造船の模様が掲載されていて、なかなか楽しめます。
長瀞ライン下り」(長瀞町観光協会サイト
長瀞ライン下り」(秩父鉄道サイト
荒川ライン下り」(荒川ライン下り会社サイト)


(18年7月2日撮影)

(『樟脳舟』につづく)

長瀞渓流下り…1

FI2617487_1E.jpg『長瀞の観光船』で紹介しましたが、昨年は舟を目の前にしながら、乗れずに残念な思いをした、秩父市は長瀞にある、有名な木造和船での渓流下りに、念願かなって乗ってきました。

親鼻橋上流の河原にある船着場には、すでに何艘かの舟が、舳先を連ねて待っていました。写真のように、河原の一部が掘りこまれて、舟入りが造られており、ちょっとした河港のおもむきです。
戸立て造りの頑丈そうな舟は、全て地元で建造されているそうで、写真のものは定員24名。船首に竿を持った船頭さん、船尾には長い櫂舵で、舵を取る船頭さんが乗って、2名で舟を操ります。

渓流下りは、親鼻橋の基点から、高砂橋近くの終点、約6kmの間で運航されていますが、今回は親鼻橋から、長瀞駅近くの中間点、岩畳まで約3km、時間にして20分ほどの区間を乗船しました。

FI2617487_2E.jpg筋骨隆々の、頬髯も男らしい船頭さんが、竹竿を持って乗り込むと、いよいよ出発です。
船頭さんの金剛力に、太い竹竿がびゅうんと音をたててしなり、方々に顔を出す岩を、巧みに避けて舟を操る妙技に見惚れました。

出港直後、岸のそこここに立つ釣り人さんに向かって、船頭さんは一人一人「すいませーん!」「こんにちはー!」と、丁寧に声を掛けています。
私としてはピンとくるものがあり、「やっぱり(釣り人が)うるさいんですか?」と尋ねると、
「釣り糸切ったりなんかしたら、そりゃもう凄いもんだよ!この前なんか、3万円請求されちゃった。なんだか、最近のルアーやら針やらって、高いんだってね~」
「それ、会社が払ってくれたんですよね?」
「ううん、自腹」
…な、なにか納得がいかない…。あちら(釣り)は趣味、こちらは仕事、そしてこの水面は、地元の大切な観光収入源である航路、のはずですが。まあ、釣り人さんも、地元にとってはお客さんには違いないので、穏便に済ますということなのでしょうか。

FI2617487_3E.jpg舟は流れに乗って、結構な早さで進み始めました。同乗の人も口々に「意外と早いね」と驚いています。

水は美しく澄んでおり、水底の岩や、泳いでいる魚が、手に取るように見えます。それだけに、ある種恐ろしくもあり、いまにもゴリゴリと、舟底が岩を噛まないかしらと心配していたら、さっそく「ガリガリッ」と鈍い音が!
船頭さんは落ち着いたもので、「水深30cmあれば大丈夫だよ、それに(船体には)グラスファイバーを塗って、丈夫に作ってあるから」と言いつつ、手を休めずに竿を右へ左へと突いていきます。

右手には、水位観測塔が見えてきました。頑丈そうなコンクリート製の外観と、異常に高い脚部分に、この流域の厳しさを、かいま見たような気がしました。

FI2617487_4E.jpg国道140号線の親鼻橋です。この橋をはさんだ上流と下流に、3つの会社が川下りの基点を持っています。
撮影地点のMapion地図

先ほどの船頭さんの言葉が、印象的でした。「水深30cmあれば大丈夫」、つまり通船できる…。
かつての関東地方には、高崎、前橋や栃木といった、驚くほど上流部まで河岸、つまり川の港が点在していました。どんな細流でも、舟と積荷を浮かすだけの水深があれば、人馬のそれとは、比較にならない輸送力を発揮できたのです。
船頭さんの一言で、水運全盛時代を体験しているような気がして、なんだか感動してしまいました。

FI2617487_5E.jpg古風なレンガの橋脚を持つ橋は、秩父鉄道の荒川橋梁。背高のっぽの古い桁橋に、霧にけむる背後の山々がよく似合い、まさに深山幽谷のおもむき。

秩父鉄道のサイトによると、長さ167m、水面からの高さ20mだそうです。華奢に見える橋脚も、近づいて見ると、水切り部に石材を使うなど、水流の激しさを物語る重厚な造りで、一瞬、船上ということを忘れて見入ってしまいました。

(18年7月2日撮影)

(『長瀞渓流下り…2』につづく)

よりによって…

FI2617486_1E.jpg…大潮の干潮時に、海老取川を通過するハメになってしまうとは。(注・ぼやいているように読めますが、半ば楽しんでいる部分もあり)
去る6月24日、ふたたび横浜方面を訪ねたのですが、あの海老取川と、多摩川を通過する時間が、最大干潮時にドンピシャ!

写真を見ると、もう人が歩いて渡れそうな雰囲気ですが、さすがに澪筋の浚渫はきちんとしており、水路中央部は充分な水深(私の艇にとって、ですが)がありました。

過去の経験から、干潮時でも、デッドスローで気をつけながら航行すれば、まず事故には至らないという、確信はありましたが、大潮の干潮は初めてです。同乗のHさんに、私の緊張感を気取られないよう、平静を装ったつもりでしたが、それでもかなり怖い思いをさせてしまったようで、もうしわけないことをしました。
(海老取川・多摩川については、今年5月のエントリをご参照下さい)

FI2617486_2E.jpg最微速で約20分をかけて、無事多摩川を横断。
多摩運河に入る直前で、「アレ?なんだか後ろに引っ張られるな?」という感じのところが一回あったので、船外機のガード先端が、ちょっと触洲していたかもしれません。とはいっても、600回転前後のデッドスロー、それに底質は砂か泥ですから、まず破損することはないでしょう。

多摩運河に入ると、ガランガシャンと耳をつんざく大音響が…。
なんと、球形ガスタンクの解体作業でした。珍しいので、物見高く撮影に及びましたが、写真で見ると、まるで、タンクが異次元に侵食されているように見えて、工事の騒々しさとはほど遠い雰囲気に撮れました。

FI2617486_3E.jpg京浜運河というと、私の中では、「外海よりマシだが、とにかく風通しがよくてガブる水路」といった印象でした。
ところがこの日は、気温30度を越す夏日にくわえ、風もなく、波も実におだやか。こんなに優しい表情の京浜運河は、初めての経験です。

これも珍しいので、ついカメラを向けましたが、どこかに船積みされていくのでしょうか、東急の電車が、埠頭にズラリと並んでいるところです。
日本の中古電車は、よく整備されているので、海外でも評判が良いと聞いたことがあります。第二の人生を、どこで送るのでしょうか…。

FI2617486_4E.jpgこちらは帰路、満潮時で水量もタップリ!(笑)の海老取川・多摩川口です。1段目の写真より、少し手前の位置から撮りました。
砂州もすっかり隠れて、もう全く別モノのよう、さすが大潮と、大自然の力の偉大さ(笑)に脱帽しました。

前述の通り、この日は海象もおだやかだったので、羽田沖を通った方が、速度も出せて早く到着できたのでしょう。わざわざ苦労して、浅いところを通らなくても…と考えるのが普通です。

まあ、そこは、水路好きの業深さ(笑)と、いったところでしょうか。

(18年6月24日撮影)

ちょっとお散歩…5

FI2617485_1E.jpg(『ちょっとお散歩…4』のつづき)
旧大島川唯一のトラス、東富橋です。桜並木のある親水護岸は、本来の河岸より前進して設けられているので、橋の全貌を見ることはできません。
江東区の水路で、交差点に、目標となりやすいトラス橋が設けられるのは、震災復興以来のパターンのようですね。(仙台堀川と大横川の交差点もそうです。『寄り道』をご参照下さい。)

交差点の北側にあるのは、汐見橋。こちらもお見せしたいのですが、今回は残念ながら右折して、平久水門に向かいます。
撮影地点のMapion地図

FI2617485_2E.jpg平久川に入り、右折すると、少し斜になった形で、東に向かう水路が見えます。これもやはり旧大島川(現大横川)で、桜並木こそないものの、親水護岸も整備され、明るい雰囲気です。

かつては、洲崎遊郭に隣接していたこともあり、殷賑を極めた時代も、あったことでしょう。




FI2617485_3E.jpgうーん、両端が切れてしまいましたが、ほかに写真がない…お許しください。もうひとつのトラス橋、平久橋です。
小名木川などのトラス橋に比べて、ぐっと規模は小さいのですが、歩道上のランプケースを見ると、なかなか凝った形をしており、ほかのトラス橋と、変わらぬ手間が掛けられたことが感じられます。

下は、中央にバルコニーのある、時雨橋。小さな子供が盛んに手を振っていたので、こちらも負けじと、力いっぱい手を振り返しました。

FI2617485_4E.jpg水門を背にして、なにやら由来のわからない珍妙なオブジェを、親柱風に設けているのは、石浜橋です。
橋自体が、Ⅰ型鋼で簡単にできるせいでしょうか、渡る人から見えるところのみ、妙に豪勢になっているのが、水面から眺めると、少々不釣合いに見えます。

以前もご紹介した、平久水門をこわごわくぐって帰途につき、本日の「お散歩」は終了。
この水門、そのスタイルや、中途半端な規模?に惹かれるものがあり、時々立ち寄るのですが、くぐったのは今回が初めて。好きなのですが、どういうわけか、くぐるのだけはためらわれるのです…。
なんでだろう?

(18年5月6日撮影)

(この項おわり)