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ちょっとお散歩…2

FI2617481_1E.jpg(『ちょっとお散歩…1』のつづき)
クローバー橋を真下から見上げてみると、交差部にラジエーターグリルのような、格子状のモノが取り付けられているのが見えます。
飾りなのか、それともフェンダーのような、船の接触に備えてのモノなのか、以前から気になっているのですが、果たして本当は何でしょうか?

クローバー橋を右折、横十間川に入り、大島橋をくぐります。
横十間川は、かつては単に十間川、または亀戸天神にちなんでか、天神川とも呼ばれており、「小名木川…2」でも触れましたが、南半部は親水公園化されて、現存していません。

FI2617481_2E.jpg横十間川は、両岸に鋼製や木製の、親水歩道が設けられており、生活道路としても機能していて、歩行者だけでなく自転車も頻繁に通り、なかなか活気のある河畔です。

本村橋を過ぎ、清水橋(下写真)が見えてくると、二人乗りのカッターに行き合いました。
こちらもデッドスローで、回転数が低いため、気づき難かったこともあるのでしょうが、お二人とも漕ぐのに夢中で、まったくこちらを向いてくれません。しかたなく、「すいませーん、ちょっと右に切っていただけると、ありがたいんですが!」と声をかけたら、「おおっ?」といった感じで、やっと気づいてくれました。

FI2617481_3E.jpg首都高7号線が見えてきました。高速道路は、かつての竪川の上に作られており、橋脚の間をのぞくと、竪川跡に設けられた排水溝と、窮屈そうなトラス橋、松本橋が見えます。
竪川は、江戸時代、明暦の大火の3年後、本所一帯の開発のために掘られた運河だそうで、現在通船できるのは、隅田川に繋がる、西端の約1kmのみとなっています。
隅田川東岸を、碁盤の目に走る運河は、「大横川」「横十間川」や「竪川」のような、「タテ」と「ヨコ」を冠したネーミングが、特徴のひとつですが、この区別は、江戸城から東方を眺めて、南北に走る水路がタテ、東西に走る水路をヨコと見なしたのが、その謂れだそうです。

FI2617481_4E.jpg首都高の北側、旅所橋近くの西岸には、カッターの艇庫がありました。先ほどの二人乗りカッターも、ここから来たのでしょう。

青い鋼桁橋は、京葉道路の松代橋です。すぐ向こうには、総武線の電車が見えました。 横十間川を、まだ半分ほどしか進んでいませんが、北十間川を回る時間はないので、ここで回頭し、小名木川に戻りました。

(18年5月6日撮影)

(『ちょっとお散歩…3』につづく)
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ちょっとお散歩…1

FI2617480_1E.jpg水郷を訪問した翌々日、5月6日は、お馴染みのお散歩コースを、うろついてみました。
風は強かったのですが、まずまずのお天気でしたので、休航中のブランクを取り戻さんと、5月1日に引き続きの慣熟航行…「お散歩」を称するにしては、ちょっと気負った(笑)お出かけですが。近場とはいえ、まだご紹介していないところも少なくないので、ご覧いただければ幸いです。

まずは荒川に出て、河口近くの赤いローラーゲート、新左近川水門を撮影。新左近川は、マリーナや親水公園があることで知られている、荒川最下流の支派川です。

荒川河口を、今まで数え切れないほど通過したにもかかわらず、この水門の写真を、一回も撮っていないことに気付いたのです。
今まで、いかに漫然と川を走っていたか、バレバレですね…。
撮影地点のMapion地図

FI2617480_2E.jpgあまりの強風におぞ気を震い、荒川閘門から、江東内部河川に逃げ込むことに決定。
喫水の浅い木っ端ブネですから、断続的に襲う突風で、当て舵も効かないくらい、スルスルスルと横流れ! 思わず「おまえはカニか!」と、愛艇に向けて突っ込みを入れたくなるほどです。(自分の舵さばきが、上手くないだけ…)

閘室に入ったら、突風からも開放されて、一息つけるだろうと思ったらさにあらず、むしろ風が渦巻いていて、係留した艇は突風に振り回され、ガンネルの角が、側壁にガンガンぶつかる始末…。壁にボルト留めしてあるゴムのフェンダー、間隔がもうちょっと狭いと、ありがたいんですが…。
ボートフックを振り回す泡を食った姿を、地元の皆さんに、橋の上からたっぷり見物されるという、なんとも恥ずかしいていたらくです。

暴れまわる艇と格闘しながら、ふと前方を見ると、閘室の両端に、新しい電光掲示板が設けられているのが、目につきました。排水が始まると、電光掲示板には、現在時刻と、「あと2.0m」、「▼水位下降中」という3種類の表示が順にあらわれます。
横断歩道の信号に、ときどき付いている「信号待ち時間表示器」を、思い起こさせるものがありますが、おかげで待機中も退屈しませんでした。イヤ、閘門通過自体が楽しいので、電光掲示板がなくても、私の場合退屈はしませんが…。

FI2617480_3E.jpg小名木川に入ると、家並みで風もいくらかさえぎられ、ようやく一息つけました。
番所橋をくぐってしばらくすると、両岸の段差部分に、人工芝かカーペットのようなものが敷かれ、昨年10月の「小名木川…1」に掲載した画像と比べてみると、だいぶ様変わりして、さっぱりした感じになっているのが見て取れました。
次に訪れるときには、きっと素敵な親水歩道が、出来上がっていることでしょう。

FI2617480_4E.jpg10月に通過したときは気づかなかったのですが、単に草が生えている、とばかり思い込んでいた土手は、ツツジが植えられていたのですね。

今年も、桜の時期にお花見水路行が実現できず、残念に思っていたところだったので、新緑と紅い花弁の目に沁みるようなコントラストには、すっかり嬉しくなりました。初夏の青空にツツジのお花見も、乙なものです。

FI2617480_5E.jpg左を見ると、横十間川の水門橋の上には、端午の節句を祝うたくさんの鯉幟が、折からの風で元気良く力泳中!
5月らしい、さわやかな光景の連続に、水路のお散歩気分も盛り上がります。

横十間川にも、少し入ってみましょうか…。デッドスローのまま、面舵を切りました。

(18年5月6日撮影)

(『ちょっとお散歩…2』につづく)

魅惑の水郷…6

FI2617479_1E.jpg(『魅惑の水郷…5』のつづき)
橋や建物が所々に見えるものの、開けた風景の中を、ひたすらまっすぐに走る水路は、まるで遠近画法の見本のようで、果てしがないような錯覚におちいります。

十二橋と違い、全区間をエンジンで航行したため、かかった時間はさほどではありませんでしたが、こちらも、今までに経験したことがないタイプの水路でしたから、新左衛門川とは、また別の感動がありました。
見渡すかぎりの広大な沖積低地を、無数のエンマと、そこを行き交うフネブネで美田にしてきた、この水郷の歴史が、髣髴できるようだったからです。かけがえのない、日本の水路情景の一つが、ここに守られていたことが、実感できました。
なお、この水路の名前を、船頭さんに聞くのを忘れてしまったので、ご存知の方がおられたら、ご教示いただきたいと思います。

右の写真は、途中で出会った、おそらく灌漑用水路のスライドゲート。
とっさのことでしたので、あまりいい写真が撮れず、正面の銘板もよく判別できませんでしたが、おそらく扇島水門と思われます。この直後にも同じような水門があり、二重になっているようでした。間違っていたらごめんなさい。
撮影地点のMapion地図

FI2617479_2E.jpg私にとっては、夢のようだった水郷遊覧を終え、船頭さんにお礼を言って、サッパを降りました。近いうちに、ぜひまた来てみたいものです。

日もすでに傾きかけましたが、せっかく水郷まで来たのだから、アレもぜひ見ておこうと、某所にクルマを走らせました。
で、到着してまず目に入ったのが、この「閘門」バス停! 利根運河の「運河駅」のように、水路関連の普通名詞が、そのまま名前になっているのがなんとも言えず、イイ感じです。
時刻表を見ると、残念ながらあまり本数はなく、利用しやすいとは言えないようですが。
水門ファンはもうおわかりでしょうが、その「アレ」とは…。

FI2617479_3E.jpgそう、横利根閘門です。
横利根川が、利根川に合流するところに設けられたこの閘門、コンクリート製の堤体に、赤レンガと石材でお化粧した姿は、水郷の緑豊かな情景と相増し美しく、つとに有名です。
大正10年に完成したものが、自動化、扉体交換など改修を重ねながらも、今日まで現役で稼動していること、横利根川と利根川の、いずれからも水圧を受けてもよいように、マイタゲートを二重にした、複閘式となっていることなど、特徴の多い閘門でもあります。

現在は、利根川側に、堤防と横利根水門が設けられたため、逆流防止の役目からは開放されていますが、水位差のある際の通船は、依然として閘門に頼っており、周囲は美しく公園化されて、稲敷市民の憩いの場となっています。

上の写真は、利根川側門扉を堤防上より見たものです。本やサイトで、くり返し見た情景が目の前に広がるのは、何度経験しても、感動があるものですね。
下は横利根川方を撮ったものですが、こちらは釣り人さんが集中しており、ある種鬼気迫る雰囲気(笑)で、話し声を立てるのすらためらわれ、早々に退散しました。
撮影地点のMapion地図

FI2617479_4E.jpg嬉しくなって、閘門の周りをうろうろしながら写真を撮っていると、いきなりアナウンスがあり、つづいて、なにか脳天気な感じ(笑)のする曲が流れ、利根川方の門扉が左右に開き始めました。
運良く、通過する艇が来たのです。喜び勇んで門扉に近づき、何度もシャッターを切りました。

二組のマイタゲートが、長いロッドに引かれて、水面にゆるゆるとした渦を作りながら開くさまは、メカニカルな面白さがありながら、一方で生き物じみた動きにも見え、興味深く見学しました。なにしろ、マイタゲートが作動するのを見るのは、これが初めてなのです。思わず、目を大きく見開いてしまいました。

作動のメカニズムは、よくあるローラーゲートより複雑そうで、門扉が二組ということもあり、もっと騒々しいものかと、思っていました。ところが、露出したギヤやチェーンの音もさほどでなく、全体としてはむしろ静かなのです。
これは、ローラーゲートが、吊っているワイヤーから戸当たりに、重量を支える部分が変わる際、どうしてもゴーンと、大きな音がしてしまうのに比べ、マイタゲートは、閉じても開いても、重量を支えるのはヒンジだからでしょう。

FI2617479_5E.jpg閘室の中は、法面に木枠が組まれ、船の接舷に便利なように造られていました。横利根川のむこうに見える、大規模店がなければ、大正や昭和初期の写真と、ほとんど変わりはありません。
もちろん、何度も改修はされているので、昔のままの眺めではありませんが…。
下写真の、石造りの台の上に鎮座した門扉の駆動部分や、その下のバルブハンドルらしきものも、よく見ると最近のモノだったり、あるいはモーターライズされていたりと、決してそのままではないのです。

ただ、雰囲気を壊さない配慮は、ある程度されているため、パッと見た感じでは、「近代化改造」と悟られることはないでしょう。やはり、水郷の象徴のひとつとして、大切にされているのですね。

いや~、1日に3つも閘門が見られる日なんて、そうそうありません。しかも、どの閘門も、動くところを見ることができたのですから…。
ゲップが出そうな満足感を胸に、夕暮れの水郷大橋にハンドルを切り、帰路についたのでした。


素晴らしい水路と、いくつもの楽しい閘門に恵まれた、平水域の理想郷、水郷!
やはり、百聞は一見にしかず…イヤ、本で何度も読んで、百聞したからこそ、実際に体験した時の喜びも、何倍にもなったのかもしれませんね…。

前にも書きましたが、レンタルボートを借りて、自ら舵を取り水郷を探検したら、それはもうイージーかつ楽しいでしょう。
また、余裕があったら、自艇を陸送して、水郷のマリーナまで持ってくるのも、いいかもしれません。

でも、心のどこかで、「それは反則なんじゃないか?」という声が、あるのも確かです。東京から、指呼の距離にある水郷…やはり、水路を自力で航行して、愛艇とともに訪問できる、そんな水路環境がととのう日を、待ちたいと思います。

いつになるかなあ…。

(18年5月4日撮影)

(この項終わり)

魅惑の水郷…5

FI2617478_0E.jpg(『魅惑の水郷…4』のつづき)
注水が終わって扉が上がり、先着のサッパから順に閘室を出ます。例によって、扉から落ちるしずくを警戒し、カメラを懐に隠し、首をすくめたのですが、扉が小さいせいか水切りが良く、ほとんど被害なし。
外ではすでに一艘のサッパが、接岸して扉の開くのを待っていました。

常陸利根川の水面に出てから、加藤洲閘門を振り返ると、扉には水郷の象徴、菖蒲が描かれていました。水門の扉に、絵が描いてある例は多いですが、これはなかなか洒落ていて、別格という感じがしました。

小さくても、気配りの行き届いた加藤洲閘門…もしかしたら、日本で一番オシャレな閘門かもしれませんね。

FI2617478_1E.jpg常陸利根川の水面に出ました。
霞ヶ浦から外浪逆浦までの、決して長くはない流れですが、豊かな水を湛えた川面の雄大さに、さすが水郷の顔と、感心したものです。

対岸は潮来、水郷観光の拠点であるホテル街があり、河岸沿いは華やかな雰囲気です。薄緑色の水門は、潮来の目玉である前川を守る、前川水門。細長い箱のような扉は、シェル式ローラーゲートという形式のスマートな扉体で、やはり観光地ならではの気遣いが見えますね。

船頭さんによると、前川にも「新十二橋」があるとのこと。うーん、この調子だと、そのうち近所の川に、「新々十二橋」「本家十二橋」(笑)とか、どんどんイミテーションが増えたりしませんかね?
撮影地点のMapion地図

川の中央に出て西進し、潮来大橋をくぐります。いや、爽快爽快。自分で舵を握っていない分、周りの風景をめでる余裕がありますわ…。(欲を言えば、自分で舵を取りたい気持ちはあるのですがね!)

FI2617478_2E.jpgおや、たくさんのプレジャーボートが…。
一見、単なる船溜りかな、とも思ったのですが、陸置保管艇があるようなので、マリーナで間違いないでしょうね。なにしろ、広大な内水面を擁する水郷地帯、たくさんのマリーナがあることでも有名です。
こういうマリーナで、ボートレンタルしていたら、借りてみるのも楽しいかも…。

我々のサッパは、徐々に速度を落とし、左に舵を切りました。進路の先には、加藤洲閘門によく似た、やはり小型の閘門が。周りにはほとんど建物がなく、ポツンとした感じなのは、だいぶ雰囲気が異なりますが。
大割閘門というそうです。
「あそこを通るの?」「そうだよ~」と船頭さん。いや~、二つも閘門を通れるなんて…。「一粒で二度おいしい」とはまさにこのこと、本当に乗ってよかった!

船頭さんによると、繁忙期は、二つの閘門を通って一周などせず、十二橋の往復だけで済ましてしまうそうで、そういう意味でも幸運だったようです。

FI2617478_3E.jpgいま一艘のサッパと、大割閘門の閘室に進入。排水が済むまで、二艘の船頭さん同士が、お国訛りで四方山話をしていました。のどかな空気が、よりいっそうノンビリする感じです。

加藤洲閘門に比べると、ご覧のとおりぐっと簡素で、側壁はコンクリート打ちっぱなし、操作用の把手を納める樋も、パイプのみと実用一点張り…イヤ、これが普通ですね。
二つの閘門を見比べて、船頭さんの言った、繁忙期は十二橋の往復のみ、というのがなるほどと実感できました。こちらはあくまで、閑散期のオプションコースなのでしょう。もちろん私にとっては、もう楽しくてたまらないコースですがね!

我々の後から、バス釣りのプレジャーボートも入ってきて、こちらは一般の艇も通れることが解りました。先ほど与田浦で見かけたボートも、こちらから入ってきたのでしょう。
撮影地点のMapion地図

FI2617478_4E.jpg大割閘門を出ると、与田浦側には、お客さんを乗せた5隻を下らないサッパが、長蛇の列をなしていました。これで繁忙期ではないのだとしたら、書き入れ時には、一体どれほどの舟が、この閘門を通るのでしょうか…。
ちょっと見てみたい気もします。たくさんの舟に通ってもらって、もし閘門に心あらば、冥利に尽きると、涙をこぼすかもしれません(笑)。

閘門の隣は、小洒落た住宅だとばかり思っていたら、排水機場でした。こういうあたり、この町の人はほんと、気配りが細やかだなあ。

あとは、ほぼ一直線の水路を、一路与田浦へ。
コンクリート法面の護岸ですが、広々とした風景の中を走る、美しい水路です。
地面と水との距離が近いのも水郷らしく、行き合い舟も多く活気にあふれるさまは、現在進行形で必要とされている水路を実感させました。
どちらかというと、閑散とした水路ばかり走ってきた自分には、そこがなんとも嬉しく、幸せな気分になったものです。

(18年5月4日撮影)

【20年1月14日追記】大割閘門を通って、与田浦に至る水路は、大割水路というそうです。

(『魅惑の水郷…6』につづく)

魅惑の水郷…4

FI2614791_0E.jpg(『魅惑の水郷…3』のつづき)
橋かと思ってふと見上げると、藤棚が。青空をバックに、よく手入れされた藤が映えてなかなかきれい。これも、十二橋のうちの一本なのかしら?
そういえば、水路の素晴らしい風景に、すっかりのぼせ上がって、橋を数えるのを、忘れてしまっていました…。

江戸時代に、十二橋を初めて紹介した、「利根川図誌」(岩波文庫より、最近復刻)によりますと、「加藤洲十二の橋は、川の兩邊に民家ありて、家ごとの通行橋也。もとより十二なるが、時として十三になる事あれば、また一橋闕くること極めて出來るとなり」とのことです。つまり、私的な橋なので、「十二橋」の看板通りにはいかず、増えたり減ったりすることもよくある、と。ちょっと楽しんでいる風にも読めますね。

下写真の橋は、護岸と同じような、石造りの橋台なのが、珍しく感じました。
大利根分館で買った、「利根川文化研究・8号(94年12月)」の、「『利根川図誌』と水郷十六島」(米谷博)という記事を読んだら、十二橋のかかる加藤洲地区は以前、道路が新左衛門川の東岸にしか設けられていなかったため、西側の家が、道に出るために各戸で橋を渡したのが、その始まりとありました。

FI2614791_1E.jpg左手に、先ほどのものより、少し広い舟入りが。家が迫っていないせいか、陽光が降り注いで、草も茂り、のどかな雰囲気です。こういうところに、自艇を繋いで暮らすのもいいなあ、などと妄想。
もしかしたら、かつてのエンマ(水路)を埋めた、その痕跡かも知れませんね。

舟入りの近くには、板に手すりを一本渡しただけの、簡素な橋が。かつての水郷の写真集にも、このタイプがよく出てきます。
船頭さんのお話では、少し前までは、こういう橋がほとんどだったのだが、近年、観光用にだいぶ架け替えたとのこと。まだ何本かは残っているので、昔をしのぶことができます。
そういえば、護岸を木の杭と板から、石積み(大谷石だそうです)にしたのも、平成になってからだとか。雰囲気をなるべく壊さずに、つねに整備を怠らない姿勢には、頭が下がる思いです。

水路はゆるい右カーブを描き、木や生垣が行く手を隠しています。十二橋の水路は、思ったよりカーブが多く、家並みや生垣で見通しをさえぎられるので、次に何が出てくるか解らず、ドキドキさせてくれる面白さがありますね。

奥に見える橋には、また看板がかけられているようです。
「ここからエンジンをかけてよろしい」という看板かな?だとしたら、出口も近いのでしょうか。

FI2614791_2E.jpgいきなり閘門です

木の影になっていたので、まさに唐突とも言える、出現のしかたにまず驚きました。
さらに、周囲を民家と橋に囲まれた、余裕のないギッシリ具合が、まるで住宅密集地の路面電車のようで…住人の方には失礼ながら、私にとって、こんな楽しい「国道のある風景」ならぬ「閘門のある風景」は、かつてありません。
しかも、このコンパクトにまとまった、閘門らしからぬ可愛らしさは、どうでしょうか!たたみかけられるように、同時多方向から意表を突かれ、手放しではしゃいでしまいました。
ううん、十二橋、あなどれない…。最後までやられっぱなし(?)とは!
撮影地点のMapion地図

FI2614791_3E.jpgこの閘門、加藤洲閘門といって、ウェブ上でも何度か紹介されており、その存在や、門扉の形は知っていたのですが、まさかこんな素晴らしい(笑)ロケーションとはつゆ知らず、いやホントに、ビックリするやら嬉しいやら。

すでに先着のサッパが一艘いて、右の壁に貼りつくようにして、閘門から出てくる舟のために、道をあけています。
通船操作は、左の写真にある、吊り皮のような把手を引いて行います。船頭さんによると、ふだんは無人だが、繁忙期になると人が一人ついて、操作してくれるとのこと。
やがて、可愛らしい扉が上がると、中から行き合い舟が続々と出てきました。対岸の潮来から来たのでしょうか、やはり開放型の舟は、我々だけのようです。

FI2614791_4E.jpg閘室は、外から見た印象より広くできていて、一回の操作で、サッパ10艘くらいは楽に通過できそうでした。
さすが、景勝地水郷と思ったのは、閘室の側壁が、緑色のタイルで飾られていること。右上に立てられた、「水郷佐原」の標柱も派手過ぎず、観光地らしい心遣いが感じられました。

プレジャーボートで、この閘門を通れるかしらと思ったのですが、閘門だけならまだしも、新左衛門川の水路が、今までご覧に入れてきたとおりですから、全幅のあるボートでは、まず無理ですね。
やはり十二橋と加藤洲閘門は、サッパの天下なのでしょう。和船しか通れない水路!いいなあ。

考えてみると、ひとのフネで閘門を通過する(笑)のは、これが初めてだなあと、変なところで感慨深いものが…。
水位差は約1m、扉の向こうは、霞ヶ浦の落とし水を湛える、常陸利根川です。

(18年5月4日撮影)

(『魅惑の水郷…5』につづく)