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続・船モドキ

FI2351956_0E.jpg(『平成6年・塩浜のバラックマリーナ』のつづき)
アルバムをひっくり返しついでに、すでに紹介した「船モドキ」の、別アングル写真をお目にかけます。
詳しい説明は以前の記事をご覧いただくとして、改めて見ても、やはり異様です。特に左端の漁船ですが、マストをやけに高く継ぎ足して、既成のアルミはしごがくくりつけられているところを見ると、マスト登り訓練でも、させようとしていたのでしょうか。

FI2351956_1E.jpgこの看板群、前回訪ねたときより、イラストが入ったりと立派(笑)になり、文字に色も使われ、数段の進歩が見られます。バラック的な雰囲気からは、ぜんぜん脱していないのですが…。

左下、「(ボランティア組織)」とカッコつきなのが、なんか控えめで好ましいです(笑)。

FI2351956_2E.jpg看板の真裏にあった、ささやかな桟橋もお目にかけます。
ポンツンの上にちょこんと乗ったボート、恐らく足舟にしようとしているのでしょうが、ローボート(オールなどで漕ぐボート)ならともかく、なんと言うんでしょう、小型のヨットが乗っているあたり…。
もちろん、セールもセンターボードもありません。よしんば「船モドキ」までたどり着けたとしても、下半身はずぶ濡れですし、あんまり足舟としては役に立たないと思うのですが、余計なお世話かな…。

しかし、デジカメのない時代とは言え、皆さんにお見せしたくなるような、肝心なシーンの写真があまり見当たらず、ヘンなモノを撮ってばかりいた当時を思うと、本当にヒマだったのだなあと、なんかタメイキが出てきましたわ…。
(この項終わり)

(6年8月3日撮影)
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平成6年・塩浜のバラックマリーナ

FI2351953_0E.jpg以前、平成6年夏に、京葉線・市川塩浜駅近くの「船モドキ」に惹かれるものがあり、旧愛艇でわざわざ訪ねたことを紹介しましたが、その折、すぐ横にあった、小さな私設マリーナに、一晩お世話になりました。
今もあるのかどうか、近くにいながらこちら方面に縁がないので、確認していませんが、こちらも「船モドキ」に劣らず強烈な印象でしたので、ここで改めて紹介したいと思います。

当時の手帳を見ると、どうやらここを訪れたのは、8月3日だったようです。
浅瀬を避けて東方に大回りし、「船モドキ」の周りを回って堪能したのち、時間も遅くなったので、こちらに碇泊させてもらえないかしらと、泊地の中に入りました。
ブイに繋がれたフネブネの間を、こわごわすり抜けていると、桟橋で作業中の男性から、「オーイ!こっちへつなげ!」との声が。
桟橋に達着して、フト前を見ると、同型艇の改造タイプが…。いきなり親しみをおぼえました。

FI2351953_1E.jpgもやいを取ってくれた男性は、禿げ頭で、全身赤銅色に日焼けした、潮っ気たっぷりの雰囲気。「こっちへお入りなさい」と、案内されるまま、雑然とした桟橋を抜け、護岸を上がって管理小屋へ。

護岸の上から、振り向いて撮ったのがこの写真ですが、碇泊しているフネ、フネ、船体は日焼けし、ウォーターラインには海藻がつくなど、みんなイイ感じにくたびれていて、当時すでにポンコツ寸前であった旧愛艇も、すっかり溶け込んで(笑)、まるで昔からここに碇泊していたようです。
でも、桟橋はもうちょっと、片付けてほしいなあ…。

FI2351953_2E.jpgこれが管理小屋です。「不法投棄防止会」「番屋」「夜間パトロール中」などと壁に書かれた、ベニヤにブルーシートをかぶせたもので、まさにバラック…。

左にあるドアから、中に招き入れられると、窓も明かりもない部屋に、テレビだけが光っていました。発電機の音がするところから察するに、電気が来ていないのでしょう。
冷たいサイダーをふるまわれながら、ご主人の話を聞いていると、「こうやってアンカーを打ってブイを固定する。ブイの設置費と年間使用料で××円…」と、図面を見せながら説明し始めたのにビックリ。私が年間契約で係留しに来たと、勘違いされていたのです。
「一泊だけ、係留させていただきたいんですが…」と恐る恐る切り出すと、「なあんだ、じゃタダでいいよ!」拍子抜けしました。

FI2351953_3E.jpg管理小屋の周りには、護岸に沿っていくつかの陸置艇がありました。上下架施設が見えないので、どうされているのか質問すると、「用があるときだけ、クレーン車を呼んでくる」とのこと。ナルホド。
こちらも色あせた艇に、草むした周りの風景がマッチ(?)して、鄙びたというか…場末の雑然とした感じです。

「番屋」のご主人は、このマリーナ?の管理のほか、ゴミや廃船の、海岸への不法投棄を監視するのが主なお仕事で、地方自治体からの許可?ももらっていると、説明してくれました。真偽は分かりません。
ほかにも、いろいろなお話をしてくださったと思うのですが、何分、12年も前のことですので、詳しいことは、残念ながら忘れてしまいました。
ただ、あの暑かった夏、「船モドキ」と同じくらいの「?」な印象は鮮やかで、今でもあんな雰囲気で、ノンビリとマリーナ業?をやっているのかなあ、と思うと、なんだか面白い気もします。

(『続・船モドキ』につづく)

廃される水辺

FI2325385_0E.jpgふと思いついて、艇上から見た、廃船や廃墟の画像を集めてみました。
持ち主の方(がいるかどうかは解りませんが…)に、ご迷惑がかかるといけないので、場所や撮影日時は伏せますが、いずれも都内の水路です。

沈没が迫っている、上屋つきのポンツン。
水鳥が、びっくりしたような顔でこちらを見ているのが、妙に可笑しく思いました。

FI2325385_1E.jpg水面に張り出している部分が、崩壊寸前の民家。
干潮時で、露出している脚の乾いた木の色が、なにか裏寂しい雰囲気だったのが印象的でした。

ぜんぜん毛色は違うのですが、学生時代、明治時代の廃墟に惹かれて、山中の遺跡探検をしたことを、突然思い出しました。水路でも廃墟に「ひゅっ」と、吸い寄せられてしまうとは。

FI2325385_2E.jpg外艫から朽ちつつある屋形舟。

遠くから見た限りでは、廃船に見えなかったのですが、近づくと、脱落した部分が垂れ下がっていたりして、凄絶な空気が漂っていました。



FI2325385_3E.jpg護岸越しに見た廃屋。
庭にも、長い間人が入っていないのでしょう、剪定されない木が生い茂り、護岸ごと家を呑み込んでしまいそうに見えます。

東京の水辺も、親水歩道などが整備され、最近だいぶこぎれいになりましたが、こういう未整理状態の風景に出会うと、荒んだ感じはするものの、一面ホッとしてしまうのも確かです。
都会の真ん中なのに、人気の感じられない静けさが、ちょっとミスマッチで、快いせいかもしれません…。

FI2325385_4E.jpg木製クルーザー。
手を入れれば、まだ航行できそう…と思ったら、カディの窓からのぞく、ぶら下がった洗濯物干しが目に入り、全く別の用途に供されていたことが、彷彿されました。

廃墟も、廃船も、いらなくなったモノなのだから当然ですが、静かです。
水面の静けさが割と好きなので、同じ水辺にある静かなモノとして、これらに惹かれたのでしょう。

あ、水路も、通船路としてはいらなくなったモノだから、静かなんだ。
書いていて、今気づきましたよ! (ちょっと悲しいけれど…)

中川の屈曲区間…2

FI2317631_0E.jpg(『中川の屈曲区間…1』のつづき)
奥戸街道の、本奥戸橋が見えてきました。

いくら使い捨てカメラでの撮影とは言え、すでに屈曲は5つを数え、この手前の平和橋も、撮り逃しているところを見ると、澪が読めずに、結構緊張していたのかもしれません。

川幅が広く、清々しい感じに撮れているので、いまひとつ伝わりにくいかもしれませんが、やはり曲がりくねった川というのは、船に乗る身からすれば、見通しが効かないだけに不気味なものです。
相変わらず岸近くには、暗岩のようなものがところどころ顔を出しているので、仕方なく水路の中央を進むのですが、内側に浅瀬がある恐れも拭い去れず、あまりスロットルを開ける気にはなれません。
撮影地点のYahoo地図

FI2317631_1E.jpg6度目の大きな曲がりにさしかかかると、緑の桁橋、奥戸橋が姿を現しました。

艇上から見ると、水路はほとんど、直角にコキッと曲がっているように見えました。内側にはまたも、杭かコンクリ塊が飛び出しているのが見えたので、船足はますますしぼられてしまいます。

のろのろと艇を歩かせていると、背後から爆音とともに、小型のセンターコンソーラが、えらいスピードで追いついてきました。
まあ、気の抜けたこと。地元の人にとっては、鼻歌混じりですっ飛ばせる川なのでしょうが、こちらの慎重な(いや、臆病な)走りが、恥ずかしくなるくらいです。
気が抜けついでに、せっかくだからとこのボートに声をかけ、艇長にわけを話して先導をお願いすると、幸い快諾してくださいました。

FI2317631_2E.jpgしかし、パイロットは身軽で大馬力のフィッシャー、もう早いこと早いこと。こちらは上部構造を背負った、鈍重なバウカディ、その上川走りブネだからと小馬力のエンジンしか積んでいませんから、わずかな距離でも、ついて行くのに一苦労です。

というわけで、アッという間に、屈曲区間を脱出してしまいました。
写真は、新中川から、環七通りの青砥橋を望んだところです。

スピード狂のフィッシャーにお礼を言うと、艇長は「気をつけてなっ!」と大きく手を振って、腹に響くような爆音とともに、中川の上流に消えてゆきました。恐らく大場川のあたりにでも帰るのでしょう。
あ、あの、係留船も多いのですから、スピードの出し過ぎには気をつけて…。

FI2317631_3E.jpgすらりとした斜張橋、高砂橋の下流側まで来ました。橋の背後には京成線もちらっと見えます。
先ほどまでの小心さはどこへやら、ここまで来れば勝手知ったる水路と、急にリラックスした気分になり、ゆるゆると新中川を下っていったのでした。

お恥ずかしいことに、極めてだらしない例ではありますが…このときのように、通りがかった艇に快く助けてもらうたび、オカでは経験できなかった、フネ趣味の醍醐味を味わった気分になります。
バイクやクルマを趣味とする方たちにも、恐らく似たような仲間意識はあるのでしょうが、水の上という、人にとっては極めて心もとない環境が、困っている同類を捨て置けない気持ちを、倍してかき立てるのかもしれません。
陸上ではなんでもないことが、水の上ではちょっとしたドラマになりうる、そう言えると思います。(歯が浮くね…)

あ、自分の名誉のためにお断りしておきますが、私も、もちろん助けられてばかりではなく、他艇を救助したことも何度かあるのですよ。
そんな、子供がエッヘンと威張るような、自慢話もしたいのですが、またの機会に…。
撮影地点のYahoo地図

(この項終わり)

(16年7月18日撮影)

中川の屈曲区間…1

FI2317624_0E.jpg少し以前の写真を引っ張り出して、まだご紹介していない、荒川東岸のほうの中川の一部、屈曲を繰り返す区間をご覧に入れたいと思います。西岸の旧中川は、以前(ごく一部ですが)ご紹介済みですね。荒川放水路開削で、東西に分断された中川の、東の片割れというわけです。
使い捨てカメラでの撮影で、あまり画質がよろしくありませんが、どうかご容赦ください。

まずは荒川から、中川水門をくぐって、堤防1本隔てた中川へ。
撮影地点のYahoo地図

FI2317624_1E.jpg中川に入って左折すると、すぐに見えてくるのが、4径間の上平井水門。マルーンとグレーに塗装された扉体がなかなか瀟洒で、4枚が常時全開でも、あまり圧迫感がないあたり、好ましい水門です。

この向こうは、綾瀬川と中川の合流点です。上平井水門をくぐったら、面舵を取って、中川の上流へと進入…。

FI2317624_2E.jpg上平井橋を過ぎた直後の、川面の様子です。

さまざまな河川が、うねうねと乱流しつつ入り乱れていた、太古の関東平野の姿を髣髴させる、数少ない河川である中川のこの区間…。まずは大きく右カーブ。
屈曲の内側には、ご覧のとおり係留船がちらほら見え、桟橋なども作りつけられているようです。

係留船の存在は、この水路に、可航水深があることを物語っているので、ある種ホッとさせられる風景ではありますが、他人事ながら、増水時はどうなってしまうのか、気になってしまうのも確かです。
…みなさん、どうされているのですか?
撮影地点のYahoo地図

FI2317624_3E.jpg曲がりくねった川は、カーブの外側、岸ぎりぎりに澪筋があるのが常なのですが…アウトコースに目をやると、コンクリの塊らしきモノが、いくつか頭を出していて、ギョッとさせられました。

江戸川中流部や、多摩川下流部と違い、曲がりなりにも(まさに!)都市河川、そんなに慎重になることはないかな? と考え直し、係留船も浮いていることだしと、カーブ内側を航行することに。
もっとも、隅田川だって、屈曲部は内側に州ができているくらいですから、この旧中川だって、浅くなっていることには違いはないのでしょうが…。
小心者の悲しさ、やはり得意のデッドスローで、こわごわ進むことと相成りました。
(16年7月18日撮影)

(『中川の屈曲区間…2』につづく)

【20年1月14日追記】かなり時間が経ってからで恐縮ですが、河川名称に間違いがあったので、お詫びするとともに、タイトル・本文とも該当箇所を訂正します。旧タイトルは「旧中川(荒川東岸)…1」で、「旧中川(荒川東岸)…2」も同様に訂正しました。