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浦和博物館

FI2260038_0E.jpg昨日1月26日、仕事で浦和を通過したところで、ちょうどお昼休みの時間になりましたので、かねてから訪ねてみたかった、さいたま市立浦和博物館に寄り道してみました。

堂々たる市立病院に隣接しているので、そのささやかさが際立ってしまう、入場無料の博物館ですが、建物は、明治11年に浦和宿に建てられた、師範学校校舎・鳳翔閣の一部を復元したものだそうで、小粒ながら風格のあるものです。
撮影地点のYahoo地図

FI2260038_1E.jpgこの博物館を訪ねたかった理由は、国の指定史跡でもある、見沼通船堀の展示が、非常に充実していると聞いたからです。
館内を拝見すると、なるほど通船堀関連の展示が、1階部分のおよそ半分を占めていると言ってもいい過ぎではなく、当時の品やパネル、模型を駆使して詳細に説明されており、市の誇る史跡として、後世に伝えるべく、研究されているさまが実感できました。

見沼通船堀については、これまでもたびたびお話しましたが、江戸時代に造られた、わが国の閘門つき運河の草分けの一つで、2箇所の閘門を設けて、約3メートルの水位差を克服しました。
写真は、右が関枠部(門扉)の大型模型、左が、江戸時代の見沼通船堀全体を情景としたもので、音声による説明を聞くことができました。

FI2260038_2E.jpg写真右のパネルには、「日本各地の閘門式運河」と銘打って、4つの閘門が写真とともに紹介されていました。
一見してオヤ、と思ったのは、以前こちらでも触れた、岡山の吉井水門(見沼通船堀より、52年前に完成した閘門)が紹介されているにもかかわらず、手前ガラスケース内の説明文では、「…見沼通船堀は日本で最初の閘門式運河といわれます」と、書かれていることです。

何か理由があってのことか、詳しくは解りませんが、もし、吉井水門の方が先、と判明する以前に書かれた解説が、そのままになっているのだとしたら、ぜひ訂正していただきたいと思います。

FI2260038_3E.jpg最後は、恒例(笑)のオトナ買い。
購入した書籍は5冊、ほか無料配布のパンフレットを数冊頂戴しましたが、「こんなに本が売れるのは、初めてです」と、職員の方々をてんてこ舞いさせてしまいました。申しわけありませんでした。

水路に関係するものは、写真の「見沼―その歴史と文化―」(さきたま出版会・¥1,143-+税)、無料配布の三つ折「国指定史跡 見沼通船堀」の2つ。同じく無料の、博物館オリジナル小冊子「埼玉県師範学校(鳳翔閣)とアカンサス」は、今回の項目を書くに当たり、参考とさせていただきました。

「見沼―その歴史と文化―」は、浦和地域の地質から説き起こし、太古から近代まで、実り豊かな土地を目指して、歩んできたこの地の歴史が、豊富なカラー図版とともに解りやすく記されています。
特に見沼関連の史料は圧巻で、中心人物である、井沢弥惣兵衛の業績の数々はもとより、通船堀閘門の実測図面、芝川・代用水流域に広がった、明治以降の通船会社の消長など盛りだくさん。読み物としても濃厚で、関心のある方には大いにお勧めしたい一冊です。

さいたま市立浦和博物館HP

(18年1月26日撮影)
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水路のオモチャ!

FI2251098_0E.jpg例によって、私だけが、知らなかっただけなのかもしれませんが……こんな素晴らしいモノがこの世に存在するとは、今まで知りませんでした。下のリンク先をご覧下さい。水路のオモチャです!

AquaPlay 『 アクアプレイ』 (子どもの本とおもちゃ 百町森

し、しかも閘門まである! 乳幼児向け玩具とは言え、ストラクチャーのバリエーションが豊富なこと、デザインの素晴らしいこと…まったく、使いものにならないくらい、ハートを鷲づかみにされてしまいました。

解説によると、スウェーデンの幼稚園の先生(ダールグレンさんという名前が、あちらの舶載砲の銘柄を思い起こさせて、フネ好きとしては妙なところで泣けてきます)が考案したとのこと。浮かんでいる船は無動力で、水路の樋にはめ込まれた水かき(パドルホイール)で水流を起こすしかけのようです。

小さい子供の世界に、無粋な遊び方ではありますが、最近は、安価な超小型のラジコン船舶模型が売られていますので、それ用の航路?として活用するのも、面白そうですね。模型のフネで、閘門通過が楽しめるなんて、考えてもみませんでした。
厳寒期の水路航行は、コレで済ませようかしら…(笑)。

(写真は本文とは関係ありません。旧中川にて、17年10月1日撮影)

岡田式渡船

FI2242769_0E.jpg河川舟運のひとつのかたちとして、渡し舟がありますが、以前から興味を持って、本を探したり、ネット上で検索したりしていましたら、「岡田式渡船」というものが目にとまりました。

改めて検索しなおしてみて、いくつかのサイトを拝見、中でも、比較的分かりやすく解説されているのが、下に掲げさせていただいた、3つのサイトです。

★「全国で使われた渡船の革命 岡田 只治」(岐阜県図書館
★「那賀川 那賀川橋付近」(那珂川空中写真国交省 四国地方整備局 那珂川河川事務所
★「海外にも進出した 岡田式渡船」(飛騨 美濃ふるさと自慢しょうしん

両岸に渡した、ワイヤー等をたぐって運行する、渡し舟があることは知っていましたが、これはさらに進歩した方式で、舟を川の流れに対し、斜めの姿勢で滑車と結ぶことにより、流れの力を利用して、急流でも安全に、しかも無動力で渡河させることができるというものです。帆船が、帆に風を斜交いに受け、キールと舵で横流れを防ぎつつ切り上がってゆくのと、原理は全く同じものですね。

小規模なものなら、僻地でも手に入る資材で、容易に建設できるのがこの発明のミソなのでしょう、大陸まで普及したというのも、頷かされます。
橋をかける資金もなく、さりとて急流に舟を渡すのも困難という地域の住民にとっては、まことに、偉大な発明であったに違いありません。

原理は理解できたのですが、滑車から舟に伸びるワイヤーの、取り付け方や支持方法、舵の操作はどうしたのかなど、細部の構造までは述べられていませんでした。(支持部が一ヶ所だけでは、船体を流れに対して、斜めに保持するのは難しいように思います。舵があれば話は別ですが…。)
もっと詳しく知りたいと思っていますので、この渡船の詳細が載っている本や、サイトをご存知の方がおられたら、ぜひご教示いただきたいものです。

(写真は本文とは関係ありません。汐浜運河にて、17年6月5日撮影)

樋門

FI2223537_0E.jpg昨年、新芝川を遡行したとき、見かけた小さなローラーゲートです。
こんなかわいらしい水門を見ると、艇を突っ込んで、くぐってみたいという衝動に駆られますが、残念ながら、通船できる構造ではありませんでした。

専門書をひもとくと、このように、堤防の土盛を貫通して、通水する水路のことは、樋門とか、樋管と呼称されるそうです。
水門は、堤防の一部を構成する(堤防を切断するかたちで設けられている)もののことを指すそうで、我々素人から見れば、似たようなモノながら、きちんと区別されているのですね。
トラス構造のある面を、川面の方に向けて設けられているので、新芝川に排水する水路の設備であることは、見当がつきましたが、銘板の類が見えず、名前は解りませんでした。

帰宅してから検索してみると、芝川河川改修計画のあらまし(『芝川第1調節池彩の国 見沼たんぼ』)の、流量配分図に、「毛長川排水機場」があるのが解り、位置的に見て、ゲートの背後にある建物が、排水機場と考えてよいように思えました。

このゲート自体のデザインは、シンプルで、とりたてて特徴もない外観ですが、その役割を思うと、不思議なもので、また違った愛着が湧いてくるようになりました。
土木構造物趣味?も、なかなか奥が深いです…。

(17年11月13日撮影)

【追記】川の辞典」(水のきれいな綾の川より)によりますと、「高さが2m以下のものを樋管、2m以上のものを樋門」と呼ぶとのこと。ナルホド!

夕暮れの東雲水門

FI2205971_0E.jpg昨日、1月8日午後に、今年初めて愛艇の掃除に行ってきました。

午前中一杯用事があり、マリーナ到着が遅かったので、出航はできませんでしたが、エンジンをアイドリングしながら、すみずみまでキレイにほこりを落としてやり、海苔のついたもやいも洗って、今年一年、無事航行できるように願いつつ、掃除を終えました。

帰路は少し寄り道をして、東雲橋の上から、暮れなずむ空をバックに、東雲水門を撮影。時間が遅すぎて、結果はごらんの通り失敗に終わりましたが、水門の電光掲示板や、信号灯の緑色が闇に映えて美しく、夜の水門も、なかなかいいものだと思ったものです。
撮影地点のYahoo地図