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閘門のリンク集

FI2042049_0E.jpg「閘門」でGoogle検索してみて、ヒットしたものの中から、興味深かったもの、役に立ちそうなものをいくつか掲げます。
「」内が、ヒットしたページのタイトル、()内がサイトのトップページです。

廃止されて、記念物となったものも含めて、全国の閘門の外観、スペック、通航方法や通航時間、休日などの、必要な情報が一覧できるサイトがあると楽しいのですが、お役所でもまだ、そういった動きはないようですね。
とりあえず、このリンク集でご辛抱下さいね(笑)。


こうして、各地の閘門サイトを見て回っていると、クルマにインフレータブルか、小さなカートッパーを積んで、全国の閘門めぐりというのも素敵だなあ、と妄想しますが、愛艇の出航日数すらかせげない昨今、妄想のままと終わりそうですなあ…。


★「水門・閘門ガイド」(利根川下流河川事務所
★「日本の閘門式運河」(国士舘大学文学部・地理・環境専攻
★「石井閘門」(宮城県
★「富岩運河・中島閘門」(とやまねっと・富山商工会議所
★「三栖閘門資料館
★「船頭平閘門」(木曽川文庫
★「鍋川閘門」(独立行政法人・水資源機構・旧吉野川河口堰管理所
★「満願寺閘門と小阿賀樋門」(阿賀野川河川事務所・阿賀野川アラカルト
★「大河津洗堰を船で通過されるみなさまへ」(大河津分水路 洗堰・可動堰
★「加藤洲閘門・舟の通過」(かすみがうら*ネット
★「近代遺産を訪ねて:九州発・三池港閘門」(読売新聞
★「新・旧北上川の分流地点・脇谷洗堰」(Mr Kappaの北上川ガイド・見どころ・歩きどころ

また、こちらは、閘門そのものではありませんが、検索結果を何とはなしに見ていたら、川走りがお好きな方のブログを発見!
across the road
小名木川はじめ、東京近辺の水路はもとより、イギリスの運河のお話もあります。narrowboatさんの著書も読んでおられるようですね。

(写真は豊洲水門、17年6月5日撮影)

【追記】昨日、「水門工学」(技報堂出版)という本を書店で発見。ぱらぱらと見て、専門的な記述が多いものの、治水の歴史や、技術の変遷についての読み物は、趣味的に見ても滅法面白く、早速購入しました。

わが国の水門や運河の歴史について、書かれた項目を読んでいたら、「吉井水門は1679(延宝7)年竣工した、わが国最古の閘門」という下りがあり、「1731(享保16)年に完成した、見沼通船堀より、さらに半世紀近くも前にできた閘門があったのか!」と、興奮しましたが、図版が入っていません。
そこで検索してみると、いくつかヒットしましたので、こちらもご紹介します。

★「県指定史跡 倉安川吉井水門」(おかやまの埋もれた歴史発見
★「吉井川」(河川局 百科事典 日本の川

この「水門工学」の技術史の項で、盛んに引用されているのが、矢野剛著「運河論」という本で、引用の仕方を見ると、どうも、今なおこれを超える運河の研究書は出ていないようなのです。
こちらも、読みたくてたまらないのですが、発行が戦前ということもあり、入手は困難だと思われます。(でも読みたいなあ…)

【さらに追記】こちらは、以前から気になっていたのですが、紹介するのを忘れていました。

★「郷愁をそそる流れ 創成川」(札幌市北区役所HP
★「創成川ルネサンス」(カムイミンタラ.net

これらによると、慶応2年から明治7年にかけて、札幌市内に開削された運河、創成川には、全長約15kmの間に、8ヶ所の閘門があったそうです。
国内で、1本の運河に、連続して閘門を設けたのは、見沼通船堀くらいだと思っていましたので、これが本当だとしたら凄いものだと、知った当時は驚いたものです。
今のところ、当時の閘門を撮影した写真や、工学的な視点で細部を説明したサイトが発見できず、起工・竣工年や閘門数も、サイトによってまちまちな部分がありますので、詳しいことは解りません。書籍をあたってみた方が早いのかも…。

【まだ追記】先日、ダム研究家・灰エースさんのサイト「ダム好きさん」を拝見。その内容の濃さ、素晴らしさにも驚きましたが、河口堰も守備範囲とされていて、その中の佐賀県・六角川河口堰に、閘門が併設されているのを見て嬉しくなり、掲示板でお尋ねしたところ、親切にご教示いただきました。以下は灰エースさんにお教えいただいた、閘門付き河口堰です。灰エースさんに、改めて御礼申し上げます。

★「長良川河口堰ホームページ
★「筑後大堰管理所

【もっと追記】灰エースさんに、再びご教示いただきましたので、追記いたします。鍋川の閘門は、上ですでにご紹介しましたが、今切川河口堰にも閘門があるのですね。
また、私にとって、身近な閘門が掲載されているサイトも、ご紹介させていただきます。(以前、扇橋閘門のサイトが見当たらない、などと書きましたが、やっぱり、私が知らないだけでした…)

★「旧吉野川・今切川河口堰の特徴」(旧吉野川河口堰管理所
★「江戸川水閘門施設概要」(八広の爺ちゃんママチャリ漫遊記
★「扇橋閘門扇橋閘門通船要領」(東京都江東治水事務所水門と排水機場を見てみよう

横須賀、5月29日

FI2022099_0E.jpgなかなか出航もできそうにないので、撮りためた画像のファイルをかき回し、久方ぶりにフネ見物の数枚をお目にかけます。お付き合い下さい。

だいぶ前になりますが、日露戦争の事実上の決戦となった、日本海海戦から100周年の今年5月は、海軍ゆかりの地の横須賀でも、さまざまなイベントやシンポジュウムが開かれました。
特に5月29日の日曜は、横須賀新港で、自衛艦の一般公開があることを聞きつけ、フネ好きとしては、これを逃す手はないと、数年ぶりの自衛艦拝観と相成りました。

お邪魔したのは、最新型の護衛艦「たかなみ」と、潜水艦救難母艦「ちよだ」(写真下)。晴れてはいましたが、少々肌寒い強風下、まさに「天気晴朗なれど波高し」と言った風情で、満艦飾もはためいています。

撮影地点のYahoo地図

FI2022099_1E.jpg親切な乗組みの方々の解説を受け、「たかなみ」の、最新型艦らしい航海機器や、「ちよだ」が搭載する救難潜水艇にも、大いに興味をそそられたのですが、このときは、どちらかというと、艦内に貼り出された標語や、浴室など、生活臭のある区画に惹かれるモノがありました。

「食事前に全く手を洗わない人、水を少しかけるだけの人が多数見受けられます。
健康を害してまで節水に努める必要性は無いと思います。前の人が手を洗わなかったら注意するなど、乗員の意識改革にご協力下さい!
 たかなみ
 衛生科」
「たかなみ」の食堂の前にある、手洗所に貼られた注意書きですが、フネと言う閉ざされた空間の中で、集団生活をすることの大変さが、伝わってきますね。

左の2枚は、上が「たかなみ」の食堂入り口に貼られた、ケッサクなお品書き。(隣のポスト、郵便マークが付きながら『目安箱』とは?)下は「ちよだ」の艦内神社です。お賽銭箱が備えられていたので、折角だからと、連れと二人でお賽銭を入れてお参りをしたら、奥の部屋から出てきた隊員の方が、妙な顔をしてこちらを見ていました…。

FI2022099_2E.jpg「たかなみ」後部のヘリコプター甲板では、ロープワークを教えるコーナーがあったり、制服を着せてもらって、写真を撮るサービスがあったりと盛況でしたが、航海科の隊員による実演があるとのことで、黒山の人だかりに混じって拝見。

右側に立つ、2人の「水兵さん」は、ずいぶん若く見えましたが、りゅうりゅうたる信号ラッパの演奏振りと、目にも止まらぬスピードで交わされる、信号旗の動きはまったく見事。
背筋の伸びた姿勢の好さ、張りのある声とともに「さすがホンモノの海の男!」と、最近体力の衰えを感じる、木っ端ブネ船長は感心しきりです。

FI2022099_3E.jpg自衛艦拝観のあとは、記念艦三笠前の桟橋から、最終の渡船「シーフレンド1」で猿島へフラリと。ここの渡し船も、しばらく見ないうちに、ずいぶん立派になりましたね。

ご存知のとおり、かつては旧海軍の要塞であり、また、東京湾では希少な自然の島である猿島は、島全体に要塞の遺構が点在し、ちょっとした探検気分が味わえます。
今回、久方ぶりに訪ねたら、遊歩道や説明板が整備されて、探検と言うよりは、屋外博物館のおもむきでした。

今を去ること、もう20年近く前になるのでしょうか、最初の一泊航海の目的地が、猿島を望む三笠前の、某マリーナ所有の桟橋でした。
天気があまりよろしくなくて、三角波の立つ中、友人と二人でずぶ濡れになって、なんとか剣崎、久里浜、観音崎の難所をかわし、三笠前に飛び込んだときは、大げさではなく「命が助かった!」という気持ちだったのを、今でもよく憶えています。

その時は、まさか約10年後、自分が川走りフリークとなって、この横須賀沖を素通りし、何回も東京まで往復する身分になろうとは、夢にも思っていませんでしたねえ…。

(17年5月29日撮影)