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小名木川…4

FI1998268_0E.jpg(『小名木川…3』のつづき)

東深川橋の下から、青いトラスの西深川橋を望んだところです。

西深川橋は、橋の下をポンツン式の遊歩道が通っていて、徒歩で、橋の裏側を眺めることができます。親水施設も、いろいろ種類が豊富になってきましたね。


FI1998268_1E.jpg高橋が見えてきました。先ほどの新高橋の銘板で、お気づきの方もおられるでしょうが、「たかばし」と読みます。右側に見える桟橋は、水上バスの高橋のりばです。

そういえば、さんどさんの「追跡日記」(ニフティ・デイリーポータルZ)で、「高橋のりば。佐藤君でも乗れるのかが気になる。」という爆笑モノのキャプションつきで、紹介されていたのを思い出しました。
早速同乗のBさんにも披露して、「鈴木君や山田君の立場はどうなるのか?」なんて、バカ話の応酬をしつつ、艇を進めました。

余談になりますが、いまや姓としても一般的な「高橋」、もともとの意味は、「(船の通航に便利なように)桁を高くした橋」なんだそうです。水上交通と密接な関わりのある名前なのですね。

FI1998268_2E.jpg三径間の青いローラーゲート、新小名木川水門までやってきました。

ちょうど水路幅きっちりに設計されていて、左右にコンクリート堤防がないせいか、周りの風景にもしっくりとなじんで、好ましい雰囲気です。
船舶は右側通航ですから、右径間を通っていくべきなのでしょうが、行き会い船もないので、ここは堂々と、真中を通ることにしました。

FI1998268_3E.jpg小名木川の終点…イヤ、隅田川を基点とすれば始点ですね。この萬年橋は、小名木川の第一橋として、恥ずかしくない威容を誇っています。
そういえば、神田川や日本橋川なども、隅田川に面した第一橋は、立派に作られていますね。震災復興計画の成果なのでしょう。

以前ご紹介した、旧中川端の「江東区・中川舟番所資料館」で知られる、江戸時代の舟改めの番所は、最初は、この萬年橋近くにあったとのことです。
撮影地点のYahoo地図

FI1998268_4E.jpg隅田川の広い水面に出ました。東京の水路の銀座通りも、月曜の午前中とあって、船影はまばらです。

少しづつ、明るくなりつつある曇り空に、清洲橋の曲線美が映えて、平日であることを忘れさせます。
わずかな時間でしたが、閘門を二つくぐり、運河を抜け…都内での出来事とは思えない、心からノンビリした、浮世離れしたひとときでした。
水路好きのボート乗りらしからぬセリフと、思われるかもしれませんが、なんべん艇を出しても、この気持は変わりません。
それだけ、楽しめているということなのでしょうし、また、陸(オカ)と水面との距離が、まだまだ遠いという、証しであるのかもしれません。(小名木川の項、おわり)

(17年10月3日撮影)
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小名木川…3

FI1979059_0E.jpg(『扇橋閘門』のつづき)
閘門を出ると、東側より広々とした水面が広がり、清々しい気分です。これより、潮の満ち干につれて水面が上下する感潮水域となります。

前方のトラス橋は新高橋です。(この手前の、新扇橋は写し忘れ…)隅田川に接する河川の、戦前製の橋は、近い雰囲気を持ったものがいくつか見られますが、これらは確か、関東大震災の復興事業で、同時に計画されたものだと、ものの本で読んだ覚えがあります。(不確かで申しわけないデス)

FI1979059_1E.jpg新高橋の手前は、大横川との交差点です。これは南側水路を見たところで、工事中の足場が組まれている橋は、扇橋です。

ここから、大横川を南に下ると、仙台堀川との丁字路から大横川南支川と名前を変え、州崎南水門を経て、汐浜運河に出ることができます。
「出ることができます」などと書きましたが、低い橋や狭い水路が連続するところですので、自艇での走破はチョット…。JO_NA_KAさんやamieさんのインフレータブルに、おまかせするとしましょう。

FI1979059_2E.jpgこちらは、大横川の北側を見たところです。遠くに見える第一橋は猿江橋。

直進すると、隅田川方から伸びてきた竪川につながり、竪川は竪川水門で隅田川に合流しています。


FI1979059_3E.jpg新高橋の橋詰に近い、親水歩道の柵には、白木に墨書された、なかなか立派な木の銘板がありました。

水路に向けて銘板を設けるところが、さすが小名木川。こんな小さな心遣いでも、ボート乗りとしては嬉しく思えるのです。


FI1979059_4E.jpg新高橋をくぐると、大富橋が現れました。
空を圧する下路式トラスやアーチも、橋のデザインが楽しめると言う点では、大好きなのですが、重厚なトラスをいくつか見たあとで、このようにシンプルな桁橋を目の当たりにすると、水路上空の見通しがよくなったように感じて、ナゼかさっぱりしたような気持ちになりました。

小名木川の小さな旅の終点はもうすぐ。あと4つの橋と、水門を一つくぐれば、「大川」(隅田川)の川面が見えてきます。
(17年10月3日撮影)

(『小名木川…4』につづく)

扇橋閘門

FI1952047_0E.jpg(『小名木川…2』のつづき)

小名木川橋を過ぎ、グレーの古いトラス橋・小松橋の間から、透かし見るようなかたちで、扇橋閘門を望んだところです。

都内の、しかも市街地の真ん中にあるせいか、多くの人にその存在を知られ、東京近辺のボート乗りの方々にも、おそらく最も利用されている扇橋閘門ですが、残念ながら、詳細なデータを掲載した印刷物やサイトは、ついぞお目にかかったことがありません。(私が知らないだけかも?)
管理・運営されている、都建設局・河川部のご担当者さんは、通行可能時間や利用上の注意など、ぜひサイト上に掲載して、宣伝に努めていただきたいものです。

有名な閘門ですので、いまさらの感がなきにしもあらずですが、当ブログには初登場ということもあり、東側から西側への閘門通過のプロセスをご覧に入れます。

FI1952047_1E.jpg閘門に艇を近づけると、監視カメラの視界に入ったのでしょう、さっそくスピーカーから「現在先着船が閘門を通過中です。しばらくお待ちください。」のアナウンスが。

信号は左岸の護岸側面、電光掲示板は右岸に取り付けられており、どちらも橋をくぐったところにありますので、最初は少し見づらいかもしれません。
扇橋閘門は、確か10数年前に作られたと聞いていますが、前後を、戦前からある小松橋と、大横川との交差点に扼されているため、少々余裕のない構造になったのでしょう。踏み切りのせいで延長できない、電車のプラットホームを思い起こさせますね。

しばらくすると、ザーザーと音を立てて排水が始まり、門扉が開くと、漁船型の小型艇が現れました。東京都のマークをつけた、河川管理の艇のようで、閘室を出ると早速、乗り組みの方が長い柄の網で、ゴミ拾いをはじめました。

Bさんと二人で感心したのは、乗り組みの方が、門扉から滴る水を避けるため、カサをさしていたことです。先ほどの、荒川閘門の出入りの際にも、降り注ぐ水に悩まされた私たちは「そうか!うまいことを考えるね!」と、思わずヒザを打ったのでした。

FI1952047_2E.jpg閘室内に入るとアナウンスがあり、「後扉」と大書きされた、東側門扉が降りてきます。

閘室側壁には、係留用の環が設けられているのですが、ちょっと汚れているということもあり、また、「係留するように」との、具体的な指示もなかったので、操船で船位を保持することにしました。荒川閘門と、指示のやり方に、若干の違いがあることが解りますね。

以前にも書きましたが、閘室内で係留したのは、荒川閘門が初めてで、他の閘門(と言っても、2つしかありませんが)では、操船でカバーするか、立って両手で壁につかまるか(先代愛艇は、エンジンの爆音がかなり大きく、閘室に反響して、うるさかったのでエンジンを止めたこともあり…)していました。

FI1952047_3E.jpg閘門管理棟です。

最初に見た時は、かなり立派なビルに見えたのですが、荒川閘門の管理棟を見たあとでは、ちょっと質素な感じがします。
ただ、閘室から見た感じとしては、こちらのほうが目線が近いので、意志の疎通もしやすそうな安心感はありますね。
閘室から出る際は、いつもこちらに向かって、大きく手を振るようにしています。

FI1952047_4E.jpg注水が完了し、「前扉」と書かれた西側門扉が上がりはじめました。

門扉が上がりはじめるのに合わせて、ディーゼルエンジンらしい爆音と、排気臭がしたので、Bさん「これ、エンジンで動かしてるのかね?」と言いました。
こういう類のモノは、制御しやすい電動が普通ですので、まさかと思いましたが、本当のところはどうなのでしょうか? 単に、この近くでクルマがアイドリングしていただけだったりして…。

音を立てて門扉から滴り落ちる、しずくの滝を前に、Bさんと顔を見合わせて「次からはカサだよねえ」と苦笑い。皆さんも、小名木川から荒川に抜ける際は、カサの用意をお忘れなく!

扇橋閘門のYahoo地図
(17年10月3日撮影)

(『小名木川…3』につづく)

【追記】4段目、『他の閘門(と言っても、2つしかありませんが)』と書きましたが、これはもちろん、わが国の閘門が、扇橋閘門と合わせて合計3つしかない、と言う意味ではなく、私が利用したことのある閘門が、他に2つしかない、という意味です。
廃止されたものも多いですが、全国各地には、稼動中の閘門がたくさんあります。リンクさせていただいている、「河川ネット」や「尼崎閘門」をぜひご覧下さい。
【さらに追記】2段の6行目、「大横川」と書くべきところを「竪川」と誤記していました。お詫びして訂正します。

小名木川…2

FI1938430_0E.jpg(『小名木川…1』のつづき)

貨物船のトラスをくぐると、珍しい十字型の橋である、クローバー橋が見えてきました。小名木川と横十間川の交差点に架けられた人道橋です。
橋の周囲は、親水歩道も整備されつつあるようです。

撮影地点のYahoo地図

FI1938430_1E.jpg横十間川の、小名木川を境にして南側は、親水公園化されていて、船舶が入ることはできません。

三連のアーチ橋は、水門橋です。ゴボゴボと出て来る排水は、泡が立って、残念ながらあまり水質はよくないようですね…。


FI1938430_2E.jpg北側の横十間川は、ご覧のように、大島橋近くまで親水歩道があり、通航が可能です。

ただ、荒川閘門の完成記念イベントで、都建設局の方に伺ったところでは、最近底質より、基準値を上回るダイオキシンが検出され、底質の拡散を防ぐ、「原位置固化処理工事」は施したものの、船舶の通航により撹拌・流出する恐れもあるので、なるべくなら通航しないでほしい、とのことでした。
(都建設局『横十間川の底質のダイオキシン類対策について』)

FI1938430_3E.jpgクローバー橋を過ぎると、扇橋閘門の待機所も兼ねているのでしょう、水路の幅はぐっと広くなり、高層マンションの谷間とはいえ、清々しい雰囲気です。

遠方には小名木川橋が見えてきました。



FI1938430_4E.jpg小名木川橋の下より撮影したものです。

ここ、扇橋閘門に隣接した水域は、桟橋や杭など繋留設備が並び、写真のように数隻のダルマ舟(無動力の被曳船)がもやっています。
このような「仕事をするフネ」を目にすると、「ああ、この水路は、まだ必要とされているんだなあ…」と、妙な安心の仕方をしてしまうのです。

撮影地点のYahoo地図
(17年10月3日撮影)

【追記】本文若干修正しました。

(『扇橋閘門』につづく)

小名木川…1

FI1936533_0E.jpg帰路は、小名木川を利用して、楽しみながら戻ることにしました。
写真は、旧中川より、小名木川を隅田川方に向かって望んだところです。

ご存知の通り、小名木川は江戸の初めに、隅田川と旧江戸川を結ぶかたちで開削された水路です。
その初期には、行徳産の塩を、江戸まで安全に輸送するために、作られたと言われていますが、後に、銚子~江戸間を中心とした、大水運網が確立すると、関東物流のメインラインの一つとして、機能するようになりました。

撮影地点のYahoo地図

FI1936533_1E.jpg江戸初期の海岸線の少し内側を、舟運に便利なように作られた小名木川は、見事なまでに一直線、実に見通しがよく、走りやすい水路です。
見通しがよいのは、旧中川近くの番所橋から、左の写真に見える丸八橋(丸八通り)まで、およそ1km近く、橋が架かっていないこともあるでしょう。

なぜか、小名木川東半部は橋に乏しいのです。水運全盛時には、帆柱をたたまなければいけなくなるからと、橋を架けさせなかったといいますが、まさか現在まで、そのお達しが残っているとは、考えにくいのですが…。
途中で、泡をたてながら、勢いよく排水している水門を見つけました。どうやら、親水公園化した、仙台堀川からの排水のようです。

撮影地点のYahoo地図

FI1936533_2E.jpg人道橋である、砂島橋に来ました。この付近の向かって左岸には、警戒塗装をした、円柱の繋留設備が立ち並んでいます。

この円柱、「待避所」と書かれているのですが、岸近くには瓦礫が堆積して、とても円柱の間に、水深が確保された空間があるとは思えません。

撮影地点のYahoo地図

FI1936533_3E.jpg青いガーダーの進開橋(明治通り)が見えてきました。
同乗のBさんは、「進開橋」の語感から、「この橋、勝鬨橋みたいに開くのかね?」と言いましたが、もちろん違います(笑)。
クルマでこの橋の上を通過すると、橋の前後は非常に急な坂になっていて、江東地区がいかに土地が低いか、よくわかります。

撮影地点のYahoo地図

FI1936533_4E.jpg総武線の亀戸から分岐した、貨物線のトラス橋です。
写真左岸に広がる小名木川貨物駅や、汐見運河畔の越中島貨物駅に至る、貨物専用線を通しています。かつてはその末端は、石川島や晴海まで伸びて、水運と陸運の結節を担っていました。

広大な敷地が、びっしりと線路で埋められていた小名木川駅も、最近、本線一本を残して、すべての線路や設備が取り外され、越中島も、貨物駅としての機能は失われ、レールと整備用車輌の保管センターとなったとのことです。
(17年10月3日撮影)

(『小名木川…2』につづく)