FC2ブログ

がっかりしたけれど…2

(『がっかりしたけれど…1』のつづき)
FI2617947_1E.jpg屋外展示の家々の中をのぞいてみると、どの家も造りに合わせて、お正月の飾りがしてありました。

写真の家は、床の間に花瓶に生けた松と、幣や鏡餅が飾られており、大切にされている感じが伝わってきます。
前回の訪問時にも触れましたが、復元または移設された建築群を、外観だけでなく、内部まで当時の日常を再現しようという、博物館側の心意気が見て取れるようで、展示物を眺めている気がしない、と言っても言い過ぎではありません。

FI2617947_2E.jpg賑やかなお囃子の音がして、獅子舞の一行が家々をめぐり始めました。
小さな子供の中には、お獅子を見たとたん、火がついたように泣き叫ぶ子もいて、見物の輪からどっと笑いが起こります。

お囃子の方々も、相当年季が入っているのでしょう、流れるような見事な音色を味わうことができ、ここでも、往時の浦安が目の前によみがえったような、楽しい気分になれました。

FI2617947_3E.jpgこちらは、「青べか物語」の作中でも、主人公「蒸気河岸の先生」が通う店の一つとして出てくる、天ぷら屋「天てつ」のモデルである、「天鉄」を再現したもの。
内部は、山本周五郎と「青べか」に関する展示がされた、休憩所になっています。

目を引かれたのは、「天鉄」ではなく、その前の路上で繰り広げられていた、これ(↓)…。

FI2617947_4E.jpg…ベーゴマです。
ちゃんと、ゴム引き布をバケツにかぶせた土俵で回しているのも、久しぶりに見ましたが、興じる子供たちの腕前が見事で、ちょっと感動させられるものが…。

彼らの雰囲気も、これまたイイ感じでして、しぐさや物言いが、何と言うか…実にストレート(笑)で、大人が声をかけようものなら、ピシャッと言い負かされそうな迫力すらあり、勝負は真剣そのもの!
まさに、「青べか」に出てくる少年少女…「長」や「おたま」が、現代にタイムスリップしてきたように思える、元気な腕白くんたちでした。

FI2617947_5E.jpgそんなわけで、最初はがっかりさせられたものの、やはり和船のいる水辺を再現した展示は楽しく、前回とは違った表情も味わえて、帰るころにはすっかり上機嫌になっていたのですから、安上がりなものです。

しかし、見るにつけ欲しい気持ちがつのるのが、このベカ舟。川や運河を乗り回すには、大きさも手ごろだし、何よりオモテフナバリ(船首近くの横木)に、帆柱を立てられる穴が開いているのが魅力です。
これで江戸川や見明川(過去の記事『見明川…1』以下のシリーズ参照)を、のんびり帆走してみたいですねえ…。

(20年1月6日撮影)

(この項おわり)
スポンサーサイト



がっかりしたけれど…1

FI2617946_1E.jpgお正月休みも、終わりに近づいた1月6日。
ふと、一昨年3月に訪ねた、浦安市郷土博物館で、船大工氏に「今度は焼玉(エンジン、左の写真参照)を動かすから、またぜひ来てください。」と言われていたのを思いだし、久しぶりに浦安を訪ねることにしました。
お休みの日は、確か14時から運転を行うはず、と、勇んで博物館へ。
(過去の記事『浦安市郷土博物館…1』以下のシリーズ参照)

ところが…、いざ博物館の入口に立ってみると、「お正月のイベントで獅子舞を行うため、焼玉エンジンの運転はお休み」とのアナウンスが!

イヤ…………、あらかじめ問い合わせなかった、私が悪いのは言うまでもありませんが……。さすがに、ガックリきていると、私の落胆ぶりが、あまりにも大きかったせいでしょうか、係の方が「遠くからいらしたんですか?」と、声をかけてくれました。

ここで、「ええ、パラグアイ(他意はありません)から来たんですが…これを逃すと、もう一生見られないと思うと…ううう(泣)」などと一芝居打てば、焼玉エンジンを特別に動かしてくれそうな、そんな期待を持たせる発言ではありましたが…。私はあいにくと、ウソをついてまで自分の欲望を満たすような、心根は持ち合わせておりません。
「いえ、近くですから、またうかがいます」と応えて、とりあえず展示を一回り見ようと、館内へ入りました。

FI2617946_2E.jpg家族連れで賑わう館内を巡り、昔の浦安市街を再現した屋外に出ると、焼玉エンジンを納めたトタン小屋はもとより、展示のフネブネもお正月の装いで、沈んだ気分も晴れてきました。

ベカ舟たちのミヨシ近くには、小さな松飾と、半紙にちょこんと乗せられた鏡餅が備えられ、拭き清められた白木の船体とあいまって、清々しい雰囲気に包まれています。

FI2617946_3E.jpgちょっと嬉しくなったのは、水路にもやう打瀬舟が、二つ折りの状態とは言え、弥帆と本帆を上げていたこと。

船体の大きさに比べると、大面積の帆を持っているのは、もちろん網を引くためでしょうが、これで追手帆走(ランニング)したら、ファインな船型もあって、素晴らしい速度が出たことでしょうね。

FI2617946_4E.jpg弥帆…ヨットで言うと、ジブといったところ。セミ(滑車)や、帆桁と帆の取り付けなどがよくわかります。
帆を上げたところを見てしまうと、和船好きとして、ぜひ帆走を体験してみたいものだという欲望が、ムクムクと湧きあがってきました。私の艇に、こんな帆をつけてみたら…なんて、無理があり過ぎる妄想をしてみたり(笑)。

私は、動力船への興味が強くあったので、帆走経験は子供のころに、ホンのかじった程度と、極めて乏しいのですが…。それでも、良い風を捉えて快走したときの感覚は、例えがたい快感として、強く印象に残っています。

FI2617946_5E.jpgほどなくして、水路では「もやいの会」会員による、ベカ舟の体験乗船が始まりました。短い水路ですから、ほんの20mほどを2往復するだけですが、さすが経験者、櫂を棹のように巧みに使って、見事な操船ぶりです。

船頭さんのサービスで、舟をわざと揺らしたり、橋の手前ギリギリで停めたりするたび、乗っている子供たちから、大きな歓声が上がります。
ちなみに、最初は一艘でお客をさばいていたのが、たちまち希望者で長蛇の列ができ、急遽二艘目が出動、往時の境川を髣髴させる賑わいとなりました。
短い水路とは言え、やはり舟に乗って水の上に出るということは、老若を問わず楽しめる何かがあるようです。子供たちの笑顔に囲まれて、老船頭の顔も輝いて見えました。

(20年1月6日撮影)

(『がっかりしたけれど…2』につづく)

物流博物館で小躍り

いや~、見つかって嬉しかったのと同時に、今まで知らなかったことが、こんなに悔やまれたことも、そうそうありません。

何のことかと申しますと…。去る15日(土)に、なんとなく検索結果を流して読んでいたら、物流博物館なるものがヒットしたのです。(もしかしたら、過去、どなたかに教えていただいていたかもしれません。忘れていたらごめんなさい。)
最初は、さして期待していなかったのですが、展示内容をよくよく眺めてみると、私の大好きな、明治の利根川筋を走った川蒸気、通運丸の模型や、同船を描いた有名な錦絵が展示されているのを見て、「おっ」と色めき立ったのが運のツキ。

期待して訪ねたら、ちょっとガッカリ…といった経験も少なくないので、「まあ、物流の博物館だから、水運に関する展示が少しくらいあっても、おかしくないか…。」と、少しはすに構えつつ読み進むと、「販売している書籍など」のページを開いてビックリ!「川の上の近代」という大冊の図録はもとより、なんと通運丸の細密ペーパークラフトまで売っているじゃないですか!
こんな近くにありながら、知らなかったことが、川っプネ好きとして本当に恥ずかしく、かつ悔やまれました。これだけでもゼヒ、買いに行かねば!

さらにその図録は、物流博物館はじめ、3つの博物館が合同で開催した特別展、「川の上の近代―川蒸気船とその時代―」の集成本であること、またこの特別展が、6月17日まで開催されていたことを知るに及び、悔悟の念はますます深まりました(泣)。
特に、特別展のポスター(pdfファイル)のカッコ良さを見てしまった日には、自分のツボにはまったモノを見損ねた悲しさから、人生を3年くらい損したような気すらしたものです…。
(リンク先は特記以外、すべて物流博物館HPより)

FI2617909_2E.jpgというわけで、いても立ってもいられず、翌16日はもう横っ飛びに物流博物館を訪問。
都営地下鉄の高輪台駅から、歩いて10分ほど。静かな住宅街に建つ博物館の建物は、ご覧のようなレンガ色のキューブで、重厚ながら、こぢんまりとした印象でした。

要所に石材をあしらった、明治の洋館風味の造作は、30年ぐらい経つと味わいのある古び方をしそうで、ちょっと楽しみでもあります。

FI2617909_3E.jpg正面、天端近くに掲げられた、石造りの銘板。目立つ看板類がなく、ちょっと見ただけでは、博物館と気づかないほどです。

物流博物館について」にあるように、当館のそもそもは、日本通運が企業として設けた史料室が出発点。通運丸は、日通の前身である、内国通運が運行していたのですから、まさにここが総本山というわけで、まことにうかつではありました(涙)。
なにしろ、各地にある通運丸の復元模型の中で、最も古いものが、当館所蔵の模型(写真はこちら)だというのですから、さすが本家は違います。

FI2617909_4E.jpg入口脇に立てられた、手書きのご案内は温かみがあり、いい意味で、企業の史料室らしい雰囲気を残しているような気がして、好感が持てました。

なお、撮影はフラッシュ撮影以外、禁止されてはいませんが、当然ながら、展示物の掲載には許可が必要なので、館内の様子はこちら(物流博物館展示内容)でご覧ください。
私が特に楽しめたのは、一階の「物流の歴史展示室」でしたが、地階には、「物流ターミナルのジオラマ模型」や、物流に関するゲームがあったりと、お子さん連れでも充分楽しめる内容です。

FI2617909_5E.jpgで、今回の戦利品、通運丸ペーパークラフト。スプラッシャー(外輪カバー)のロゴと旗を取り替え、煙突の白線を未装着にするだけで、木下の外輪蒸気船「銚港丸」にもなるというサービスぶりに、川舟狂としてはただ涙、ナミダ。

思った以上にディテールも細かく、印刷の色もなかなかリアルで、作る前から武者震いがしますわ! きちんと完成するかどうか、不安ではありますが、お正月休みは、もうひっちゃきになって作りたいと思います!

(19年12月16日撮影)

(『川蒸気本の決定版』につづく)

通運丸がいた!

8月の半ばだったでしょうか、訪ねてきた友人C君が、「江戸東京博物館でやっている、『後藤新平展』の模型はすごい、一見の価値ありです」と、買って来た図録を前に、熱っぽく語ってくれました。

後藤新平といえば、内務大臣・帝都復興院総裁在任中の震災復興事業が、真っ先に思い出される人物です。今なお活用されている数々の橋や、街路、運河の整備と、土木好きとしても見逃せない、数多くの仕事を成し遂げたことは、つとに知られています。

どれどれ、と、C君が差し出す特別展の図録をめくっていると…なるほど、橋梁や街路、団地や小学校と、さまざまな完成予想模型の写真が掲載されており、当時の水準から見れば、どれも超細密と言ってよい、立派なものです。

模型の中で一つ、目が釘付けになったものがありました。工業地帯に囲まれた、運河の十字流に、なんと、外輪蒸気船が浮いている! 通運丸だ!
この一事で、矢も盾もたまらなくなり、次の休日、さっそく江戸東京博物館を訪ねたのです。

FI2617830_1E.jpg右の写真が、その模型「小名木川運河改修状況模型」。当時の工業地帯であった、江東地区の運河と、橋梁改修の様子を示したもので、小名木川と大横川の十字流一帯を模型化したもので、昭和5年ごろの製作。
二つのトラス橋、新高橋と新扇橋が架かっているのが、小名木川。桁橋である、猿江橋と扇橋が見えるのが大横川です。(現在のこの地点の様子は『干潮時にすり抜けろ!…7』参照)

立ち並ぶ工場や、市電が走る街路の様子はもとより、艀がびっしりともやう河岸も、細部まで表現されており、船頭たちの声が聞こえてくるようです。活気にあふれた水運の時代が髣髴でき、感動ものでした。

FI2617830_2E.jpg十字流のあたりを見ると、いたいた! 通運丸は早とちりだったかな、とにかく川蒸気を写真に収めようと、感度を上げたり、ズームを効かせたりと、がんばってみたのですが、一番できのいい写真がコレ(泣)。

当然ですがフラッシュは禁止、しかもガラス越しとくれば、致し方ありませんが、スプラッシャー(外輪覆い)に平べったい客室と、小さいながらディテールがちゃんと表現されていただけに、惜しいことをしました。

ともあれ、昭和初期に至ってなお、東京の水路を外輪蒸気船が現役で走っていたこと(または、少なくとも復興局の担当者には、そう認識されていた)が、この模型で再確認できたことが、何よりの収穫でした。

明治10年以来、通運丸を運行していた内国通運は、大正8年、東京通船に持ち船と一切の権利を売却しているので、時期的に見て、銚子まで行くような長距離航路があったとは、考えにくいのですが、地域的な運行は、昭和に入っても続けられていましたから、「青べか物語」に出てくるような、江戸川下流部と東京を結ぶ、区間航路の船だったのかもしれません。

それにしても、この川蒸気、なぜ大横川の方を向いているのでしょう?
千葉方面と東京を行き来する船なら、小名木川を走ったほうが自然のように思えるのですが…。単なる置き間違いかしら? 
もしかすると、大横川や竪川に、寄港地を設けていた時代も、あったのかもしれないなあ、などと、楽しい妄想がふくらんでしまいます。

FI2617830_3E.jpgこちらは、水路とは関係ありませんが、やはり素晴らしい模型でした。昭和5年に作られた「昭和通街路模型」。
図録では、予定されていた地下鉄や共同溝など、断面まで作り込まれた、正面からの写真が掲載されていたので、側面から見てみました。

こうして、ビルの間からのぞきこむと、思ったよりリアルに見え、当時の街に迷い込んだようで、ゾクゾクするような感動がありました。
街路樹で区切られた、センターリザベーションの市電軌道…現存していたら、さぞ素敵な街並みとなっていたことでしょうね。

FI2617830_4E.jpg博物館で購入した図録です。
「日本の近代をデザインした先駆者 生誕150周年記念後藤新平展図録」。編集・発行は、財団法人・東京市政調査会、平成19年7月23日発行。

後藤新平の一連の事跡はもとより、関連する資料も多数収録され、カラー図版も豊富、印刷・編集、造本ともに美しく、申し分のない内容でした。


FI2617830_5E.jpg後藤新平展に合わせたのでしょう、月刊「東京人」の10月号でも、読み応えのある大きな特集が組まれていたので、こちらも購入。

今回採り上げた、小名木川や昭和通りの模型も掲載されています。




(19年8月26日撮影)

回船問屋のある街…2

(『回船問屋のある街…1』のつづき)
FI2617795_1E.jpg長押をふと見ると、「神徳丸」の銘が彫られた船名額が。
大型和船の船名は、現代の船舶と同様、船尾に表示されました。もっとも、直接船体に書き込んだわけではなく、一文字づつ書かれた板を取り付けて表示されましたが、この船名額は船室中央に掲げたもので、重厚な造りになっています。

こういうものが、特に説明もなく(係りの方に伺えば、説明してくれますが)、日常の延長と言った風情でそこにあるあたりが、ちょっとした感動でした。

FI2617795_2E.jpgこちらは、展示の体裁をとっています。船磁石に遠眼鏡ですね。本ではよく見ていても、実物を前にするのは初めてで、やはり興奮します。

遠眼鏡の手前のものは、おそらく、和紙に漆を塗ったものを張り重ねるという、一閑張りに似た技法で、作られたものでしょう。
船磁石は、木の挽きものの中に軸針を立て、板状の指針を乗せた乾式羅針盤で、方位の表示には時刻と同じく、十二支を用いていました。

FI2617795_3E.jpg今回拝見した展示の中で、最も感動したのがこれ。神社に奉納する船絵馬を、掛け軸に拵え直したものです。色彩の美しさもさることながら、乗組員の服装やしぐさ、索具の取り方まで細かく、しかも正確に描写されているのは、まったく驚くばかりで、食い入るように眺めてしまいました。

ヤマ(積荷)の上で針路をにらむ表(航海士)の表情、羽織を着た船頭(船長)の威厳のある姿は、静かな海を描いた絵とは反対に、航海の厳しさを感じさせます。
また、一見順風でらくらくと走っているように見えますが、索具の取り方に注意すると、右舷船首寄りから風を受けて、マギリ(逆風帆走)中であることが表現されています。
(すみません、嬉しくてコーフン気味です…)

FI2617795_4E.jpg写真撮影可、とのことでしたので、いくつか紹介させていただきましたが、やはり、全貌を掲載するのははばかられますから、あとは行ってのお楽しみということで…。まだまだ、興味深い展示が盛りだくさんです。

写真は、中庭に面した壁に吊り下げられていた、櫂と索具。
あ、このくらいの櫂、ウチの艇にもひとつ、欲しいなあ…(笑)。



FI2617795_5E.jpgこちらも、中庭に面した軒下に、吊り下げられていた櫓です。
展示物とは違った生々しさがあって、むしろ臨場感がありますね。…いや、コレも展示物…なのかしら?

この家のすぐ裏が、神通川の河口港であった時代…、岸辺にびっしりと舳艫を並べた、伝馬船たちの櫓音が、今にも聞こえてくるような雰囲気がありました。



(19年8月8日撮影)

(『中島閘門を目指して』につづく)