FC2ブログ

八筋川樋管の工事

(『冬の与田浦畔』のつづき)
FI2618316_1E.jpg与田浦の西側水面から分かれて、さらに西に向かい、横利根川に突き当たって終わるエンマの一つ、長島川の終端部に来ました。こちらに来るのは、初めてです。

道はここで高度を上げ、横利根大橋で横利根川を渡るのですが、ちょっと見ておきたいものがあったので、橋詰で側道に入りましょう。しかし、入口に立ち並ぶ看板を読むと、少々不吉な予感が。「八筋川樋管新設工事」とあります。まあ、工事中の様子も興味があるので、とりあえず道の奥へ。

FI2618316_2E.jpg長島川の果ては、側道を入ってすぐでした。正面に見える、白い住宅のような建物が、どうやら排水機場のようですね。まだ建って間もない、ま新しい感じです。

与田浦をはじめとする十六島の内水は、江東内部河川の一部と同じく、土地の低さに合わせて、人為的に水位を下げた水域。数ヶ所ある排水機場は、欠かせない施設です。

FI2618316_3E.jpg側道をさらに奥へ進み、横利根川の岸から東を見たところ。波板張りの、工場のような建屋が、旧排水機場のようです。

見たところ、施設は排水機場と樋門のみで、閘門はもとからなかったようですが、もっと昔は、横利根川に通船できたのでしょうか。



FI2618316_4E.jpg横利根川と接する部分は、工事たけなわで雑然としており、フェンスの内側は法面造成の準備か、掘り返されていました。

向こうに見える樋門を撮ってみたかったのですが、残念ながら近づくのは無理そうなので、この写真でガマンすることに。工事は今年3月末までとのことなので、桜の季節には、すっかり様変わりしていることでしょう。

FI2618316_5E.jpg樋管のすぐ上流側に見える、横利根大橋。その名のとおり、横利根川最大の橋でもあります。ちなみに横利根川、この橋を含めて、道路橋は3本のみ。

穏やかな天気に恵まれて、この日の水郷ドライブも、楽しく過ごすことができました。ふたたび横利根川を渡って、十六島を離れ、帰路へ…。
撮影地点のMapion地図


(21年1月3日撮影)

(この項おわり)
スポンサーサイト



冬の与田浦畔

(『冬の扇島閘門…2』のつづき)
FI2618315_1E.jpg大割水路沿いに南下し、与田浦畔は水生植物園前の、観光サッパ乗り場にも寄ってみました。(過去の記事『仲江間をゆく…1』ほか参照)

サッパは一艘ももやっておらず、にぎやかな船頭さんたちの姿も、もちろん見られませんでした。う~ん、残念。

FI2618315_2E.jpg昨年の正月に訪ねたときは、潮来の乗り場は営業していたことから、こちら与田浦もやっているのでは…と期待していたのですが、さすがに松の内は休業でしたか。

前回、無理をお願いして、仲江間を走ってもらったときのお礼をしようと、写真をプリントして持参していたのですが…。仕方がありません、いずれまた機会があったら、ご挨拶にうかがうとしましょう。

船頭さんたちの声が聞こえない待合所は、がらんとして寂しげでしたが、周りはさっぱりと片付いていて、新年らしい清々しさがありました。

FI2618315_3E.jpg桟橋前に座り、杭の列の間から、空を映す与田浦を眺めて、しばしを過ごしました。サッパが行き来する、にぎやかな与田浦もいいけれど、こんなに穏やかな表情を見るのは初めてなので、ちょっと感動。

以前、「ふたたび水郷へ!…10」で聞いたところによれば、サッパは船頭さんの個人所有とのことでしたので、ここにもやっていた数艘も、今は各々の家の近くの岸辺へ、帰っているのでしょうね。
撮影地点のMapion地図


(21年1月3日撮影)

(『八筋川樋管の工事』につづく)

仲江間をゆく…4

(『仲江間をゆく…3』のつづき)
FI2618106_1E.jpg水門の間を抜けると、ふたたび続く、一直線の水路…。両岸に盛られた、ま新しい土と砕石の色が、白い護岸と一緒に、消失点へ吸い込まれてゆきます。

利根川の向こう、香取神宮を控える低い山並みが、次第に近づいてくるのを感じつつ、ひたすら南下。


FI2618106_2E.jpgしばらく走ると、護岸と道の土盛りがぷつりと途切れ、昔ながらの、水際まで草で覆われた岸辺になりました。

水路の幅が広がったところを見ると、どうやらこの護岸は、道の拡幅のためのものだったようですね。


FI2618106_3E.jpgいにしえの水郷を想わせる、草深い水辺となったところで、再び橋が現れました。

十六島の中心に広がっていた湖沼、与田浦は、土地改良によって埋め立てられ、大幅に縮小されましたが、かつてはこのあたりまで水面が広がっており、当然仲江間も、もっと短い水路だったわけです。
撮影地点のMapion地図

FI2618106_4E.jpg耳もとが常にビュウビュウと鳴り、舟がときおり横流れするほど、風は強いのですが、少しも危険を感じさせないのが、内水路のありがたさ。これが海だったら、私の艇では難航するほどの、細かい三角波が立っていたことでしょう。

前方には、集落が見えてきました。

FI2618106_5E.jpg家並みが近づいてくると、仲江間の終点も間近。過去の記事「仲江間の小さな閘門…1」でも紹介した、自然堤防の微高地上につくられた、水郷独特の集落です。

前回は、陸上から訪ねたあの小閘門を、今度は舟上から味わうことができる! あのときは、こんなにも早く願いが実現するとは、思ってもいませんでしたから、嬉しさもひとしおです。

(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…5』につづく)

仲江間をゆく…3

(『仲江間をゆく…2』のつづき)
FI2618105_1E.jpg板子の上に立ち上がると、両岸の道より目線が高くなり、360度の眺望が楽しめます。水を湛えた水田が広がる、初夏の水郷風景…。

このあたりの道は、最近新たに土を入れて、さらに砕石を敷いて改良したようですね。そういえば、水際の護岸も、コンクリートの色が新しく、竣工して間がないようです。

FI2618105_2E.jpg前方に、エンマを挟んで立つ一対の水門と、排水機場らしい建物が見えてきました。エンマの十字流ですね。

おや、工事のためなのか、足場のような簡単な橋が渡してあるようです。桁下がすごく低そう…。せっかく来てもらったのに、「ここで引き返す」なんてことに、ならなければよいのですが。

FI2618105_3E.jpg近づいてみると、幸い水門の近くだけ、護岸が高くなっているとは言え、橋が低いことには変わりありません。

不安になって、船頭さんの方を振り返ると、「ああ、大丈夫。頭下げといてね」と言いつつ、エンジンを絞って、無造作に通過終了。こんな低い橋をくぐれるなんて、オーニングのない、オープンのサッパでなければ、できない芸当です。

FI2618105_4E.jpg東側の水門です。ご覧のとおり3径間で、中央の扉体だけ開いていました。

銘板は確認できませんでしたが、十六島の土地改良が、昭和39年から開始されたことを考えると、築40年前後と言ったところでしょうか。



FI2618105_5E.jpg西側の水門も。このように、同型の水門が対面して設けられているのは、珍しいのではないでしょうか。

周囲には、建物らしい建物もないこともあり、水門好きとして見ても、なかなか乙な眺めです。
撮影地点のMapion地図


(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…4』につづく)

仲江間をゆく…2

(『仲江間をゆく…1』のつづき)
FI2618103_1E.jpgいよいよ仲江間へ進入!
入口からしばらくの区間は、船溜として利用されており、写真のように一隻分の通航幅を残して、すき間なく舟の列が続きます。

子供たちの釣りを、すっかり邪魔してしまったようで、ちょっと罪悪感が…。ごめんなさい。

FI2618103_2E.jpgこれはサッパと言うより、屋形船と呼んでいいくらいの大きさです。このあたりでは、大型船の部類なのではないでしょうか。出艫(後部の張り出し)に、エアコンの室外機が見えます。

繋留されたフネブネを見ていると、どれも傷みが目立ち、現役を退いてだいぶたったような雰囲気で、明るい風景の中だけに、ちょっと物悲しさが漂っていました。

FI2618103_3E.jpg繋留舟の列が途切れてくると、前方はるかに橋が見えてきました。

仲江間閘門の近くまで、掛け値なしの直線水路、周りの風景も、まるで漫画の地平線さながらに起伏が乏しいだけあって、橋の出現がものすごいイベントになります。


FI2618103_4E.jpg両岸の道路の土盛りが、次第に高度を増してゆき、橋詰のレベルと一致する…。これも水郷ならではの眺め。

かつての水郷は、エンマからさらった泥土を少しづつ盛って、営々と数百年をかけて、生活空間を広げてきた土地。考えてみれば、水郷という土地そのものが、「土木工事」の結果のようなものです。長年の積み重ねが、素晴らしい風景を生み出したのですね。

FI2618103_5E.jpg橋をくぐると、いよいよ仲江間の本領発揮。天地にさえぎるもののない、爽快そのものの水路風景が広がりました。

これぞ水郷!
これぞエンマ!
いにしえの水郷観光全盛時代、十六島を貫通して、佐原~潮来を結ぶ唯一のルートであった仲江間は、まさに内水路の華だったことでしょう。そこを、当時のように舟でゆくことのできる喜び…、例えがたいものがありました。
撮影地点のMapion地図

(20年5月6日撮影)

(『仲江間をゆく…3』につづく)